第十一話 江戸から来た女
「武田は滅びます。死にたくないのです。」
「武田が滅びる…」
何でそんなこと…というか武田のものが目の前にいるのに言うか?普通。俺じゃなかったら切り捨てられていてもおかしくないぞ。
もしかしてこの結婚が嫌だったのか? 国に想い人がいたとか…
戦国時代の女性は主人の命令に絶対に従わなければいけない。この婚儀だって本人の望まないものだったろう。たしかにいきなり国元を離れて見知らぬ土地に嫁入りしなければいけないんだから酷だよな。
「武田が滅びるわけなかろう。今や武田は日本一の騎馬隊を持っているし、公方様を旗印に上洛を目指している。それに…」
俺はとにかくなだめようとする。落ち着けば少し話もしてくれるだろう。
「いえ、私は知っているのです。武田は、織田に…織田信長に敗れるのです。
そして、それは信玄公じゃない。あなた様です。」
俺はあまりの衝撃に言葉を失った。何でそのことを知っているんだ…
動揺しすぎて頭の中がぐちゃぐちゃになる。しかし、ある言葉が脳裏をチラついた。
「もしかして、未来から来たのか…」
俺はたえの肩をガッと掴む。
「きゃぁ」
「いつの時代から…いつの時代から来た?」
「離して‼」
たえは俺の手を振り払うと部屋の隅へと後ずさりするように逃げていく。
「あたしを手籠めにするっていうのかい。したければ好きにすればいいさ。」
荒々しく声をあげる。俺のことは怖くないと言わんばかりの表情を装っているが怯えているのは見て取れる。別に襲うつもりはないから怖がる必要はない…ん? この口調どこかで聞いたことがある。
何だっけ時代劇かな…大奥? いや違うなこれは…
「花魁…」
その言葉にたえはピクッと反応する。
俺は言葉を続ける。
「江戸の時代から来たのか? でもどうやって…どこから?」
たえは目を丸くした。何でそんなこと知ってんの?っていう目だ。
「どうしてそれを…」
「俺も未来から来たからさ。たえが生きてた何百年もあとの時代からな。」
たえは黙った。目の前の人間の言っていることが信じられないんだろう。
そりゃそうだ。俺だって逆の立場だったら信じっこない。
おそらくこうやって時代を飛んできた人間に会うのはたえも始めてなんだろう。
2000年代だったらタイムスリップ、転生というものは知識として持っているものだが、
江戸時代じゃそんな考えはない。自分が置かれた状況を理解できないはずだ。
たえはそれきり何も言おうとしなかった。
「今日は疲れただろうからゆっくり休んだ方がいい。また、明日話そう。」
たえの今の心の状態じゃ無理だと考えた俺はそう言い残して部屋を出た
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