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第九話 旅のついでに

ブン ブンと木刀を振る音がミンミンという蝉の鳴き声と共鳴する。

この前の戦の反省を糧に俺はいつもより早い時間から剣術の稽古に取り組んでいた。

しっかし、戦国の世もあっちぃな。現代だったら長野は避暑地の定番なんだぞ。

アイス食いたい。それが駄目ならせめて炭酸でもいいから飲ませて欲しい。


熱中症になってはならんと俺が少し休憩しようと思ってたところにじいはせわしない様子でやってきた。


「若、剣術の鍛錬ご苦労様にございます。ちとお話が…」


「どうした、じい。」

木刀を肩において、左手で汗を拭う。


「早馬が参りましてな。どうやら、太郎様がこちらにいらっしゃるようで。」


「兄上が? なんの用で?」


「さぁ、それは私にも分かりかねます。」


遊びに来るのかな…

あっ、ちなみに兄上っていうのは俺の兄武田たけだ 義信よしのぶ 武田信玄の嫡男ちゃくなんだ。この前躑躅ヶの館に行ったときは、留守にしていていなかったんだよな。

久しぶりに会える嬉しさはあったが、俺はそれを素直に喜べないでいた。

戦国の世では、遠く離れた親兄弟が来るなんていうのは何かあった時が多い。

今みたいに交通網がある訳じゃないんだからそう簡単に移動できないのだ。


「それで、いつ来るんだ。」


「明日には着くとのことで…」


「明日⁉ 随分急な話だな。」

もしかしたら、ここに来るのが目的なのではなくてどこかに行く寄り道として来るのかもしれない。それならば合点がいく。


「とりあえず、豪華な食事を用意しといてくれ。あと、酒もな。あの人潰れるまで飲むから。

あと、アイス」


「あいす?ですとな。」


「いや、何でもない・・・・」


***************************************


「久しぶりじゃな、勝頼。元気にしておったか。 ヒクッ」


俺の目の前でもう既に出来上がってグデグデになっているのが武田家次期当主 武田 義信だ。まだこっちに到着して1時間も経ってないけど…

普段はこんなんじゃないが酒が入ると手がつけられなくなる。


容姿端麗 頭脳明晰—

細身でスラっとしているところは父に似てないが、頭が非常にキレるところは父親譲りだろう。少々気が弱い所があるが家臣団からも評価が高く、女性人気も高い。武田の次を担う者としての期待が大きい。

まぁ、それゆえのプレッシャーもすごいんだろうな。

酒が入ると一転して、からみ酒のうざい奴と化す。一種のアルコール依存である。


それでも、俺も小さい頃はこの人と一緒によくイタズラを仕掛けて遊んだものだ。

父上お気に入りの花器を俺が割ってしまったときは庇ってくれたっけ。年下の面倒見が良いという面も併せ持つ。


「そういえば、桃は食べたか勝頼?」


「桃ですか?」


「ほれ、この前送ったじゃろ。あれは結構よいものでな。」


ああ、あの桃兄上からのだったのか。確かにおいしかった。季節外れかと思ったがちゃんと水分たっぷりで・・・って俺が話したいのはそんなことじゃない。

俺は思い切って話を切りだす。


「それよりも、兄上。」


「なんじゃ。」


「今日はどうしてここにいらしたのですか。」


「ああ、そうじゃった。大切な話を忘れていたな。」

そういうと、兄上は姿勢を直して真剣にこちらを見つめた。

俺は唾をゴクッと飲み、兄上の口からでる言葉を待ち構える。


「父上からの伝言でな。」


「はい。」


「勝頼、お前も良いとしじゃ。嫁を取れ。」


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