第十三話 きのこ狩りの男
「おい、聞いたか。次のレッドキャップ戦。相手はあのシモンらしいぞ」
「シモンって、もしかして『解放戦線』のシモンか? アイツ、剣闘士になってこの町に戻っていたんだ」
「やっぱりアイツがそうだったんだ。何度か闘技場で観たが、口元を隠していたからそうだと分からなかったんだよな」
翌日、アルパカの町は次のレッドキャップ戦の話題で盛り上がっていた。
シモンは俺が出した課題を練習中という事もあり、空いた時間で町の反応を見るべく外へ出る。町では予想通り口々に次のレッドキャップ戦の話題が囁かれていたが、その中に疑問を感じていた。
何故こうもアイツの名前が出てくるんだ? まるで有名人のような扱いである。
先日聞いた話ではシモンは下っ端ですらない言わば予備軍であった筈だ。それがどうして?
しばらく観察した所、どうやらこの話題は若者が中心のようだ。シモンがこの町出身である事を大々的に公表しているなら何となく分かる。だが、仮に俺がレッドキャップと戦うとなっても「誰だそいつ?」となるのが基本。明確な実績を残していない剣闘士なら普通はこんなものだ。シモンは剣闘士としての実績は俺と大差ない……というかまだ前座である。
そうなると考えられるのは、俺に対して話した内容は嘘……もしくは隠していた事があったとするのが妥当となるが……。
「なあアンタ等、シモンの兄貴の事を知っているのか? 良かったら話を聞かせてくれないか?」
悩んでいても仕方がないので、手っ取り早くシモンの事を話していた若い男に声を掛け、一杯奢るから話を聞かせて欲しいと頼み込んだ。
「何だテメエ? 白いのの使い走りか? テメエに話す事は何もねぇよ」
「逆だ。普段シモンの兄貴には世話になっているからな。兄貴の知り合いなら、一杯奢るくらいはしないといけないと思っただけだ。その辺で軽くどうだ」
「そういう事は先に言えよ。良い所を知ってるから、そこに行こうぜ」
最初は警戒感丸出しで取り付くしまもなかったが、シモンと面識がある事を教えると態度が一八〇度変わり、一気に親しげとなる。案外チョロイ。
場所を変え、立ち飲み屋のような屋台で二人から話を聞く。出てきた話は意外というか、予想通りというか、そうした内容だった。
「俺、シモンさんにはちょっとした恩があってね」
要約するとシモンは白い奴等のリンチから色付きを助け出した事があったそうだ。それも何度となく。今話を聞かせてくれているのもその中の二人である。
「あの時のシモンさん、マジ格好良かった。白いのに向かって堂々と啖呵切るなんて俺らにはできやしない」
「さすがはシモンの兄貴、大物感漂うな」
「だろ! そう思うよな」
誰もが白いのの横暴を見て見ぬフリをするこの町でシモンは違っていた。勿論、バックにギャングがいる事を利用してはいただろう。それでもこの町でそういった行動ができる人物は数少ない。そんな数少ない一人がシモンであった。
…………どうりでオーギュストからすれば目障りな色付きにしか映らなかった筈だ。シモンを目の敵にしていた理由がようやく分かる。
実はシモンから話を聞いていた時にずっと違和感を感じていた。オーギュストとの因縁もそうだが、何故見張り程度の人間が、しかもギャングの正式メンバーでもないのに逃げ回らなければいけなかったのか? その答えがきっとこれだ。
白い奴等の総意ではないと思うが、一部の人間にはシモンの存在は目障りであったのだろう。だからこそ逃げ回る必要があった。本人の自覚の問題もあるが、実は単なるチンピラではなかったというオチである。
それにしても「解放戦線」とはな……一体どこのテロ組織だよ。
「そんな恩人なら、闘技場で健在ぶりをアピールしてくれるだけでも嬉しいんじゃないか? 折角だから一緒に応援しようぜ」
レッドキャップとの戦いは負け試合が確定しているが、それでも必死に戦う姿を見せればコイツ等は喜ぶんじゃないかと思い応援に誘う。シモンにしても周りが敵だらけの会場よりは少しでも声援があれば、より一層気合いが入るんじゃないかという目論見もあった。
しかし、そんな俺の考えはある意味妥当な理由で拒否される。
「いや、俺達もシモンさんを応援したいのは山々なんだけど、それ以上にボロボロになる姿を見たくないんだよ。下手すると死ぬかもしれない。もしそれが現実になったらと思うと……」
「言いたい事は分かるが、それは剣闘士である以上は避けられないと思うぞ。けれどもこの町は医療設備がしっかりしているんだろう? そこまで心配する必要は無いんじゃないか」
この世界には回復魔法のような都合の良いものはないが、それでも錬金術を利用した効果の高い薬のお陰で、外科治療においては転生前の日本よりも治療技術が上になっている。しかも設備もしっかりしているので高い確率で合併症を併発する事もなければ、後遺症も残らない。
当然怪我をしない事が理想ではあるが、治療体制が万全なので怪我を恐れる必要がないという触れ込みだ。だから俺達剣闘士は伸び伸びと試合ができる。
こうした環境である事をお客さん側は知らないのだろうか? もしくはコイツ等が「血を見るのが恐い」というタイプか? 後者なら納得できるがコイツ等が前者であるなら、俺の情報で安心して観戦ができるようになるだろう。
そんな楽観的な考えに駄目出しが入るかのように、話は俺の予想の斜め上へと進む。
「アンタ、もしかしてレッドキャップの試合を観た事がないのか? 今までレッドキャップと戦った色付きは、死なないまでも剣闘士を続けられなくなったのが大半だぞ」
「コイツ何も知らないんだな」とでも言いたげな呆れ顔で話された内容は衝撃であった。しかも、今の発言には重要な情報が入っている。
「なっ……もしかして医療設備がしっかりしているのは……」
「想像の通りだ。何とか一命を取り留めるためのものだな。レッドキャップと戦う事で死体の山を築いているようだと外聞も悪いしな」
つまりは俺とコイツ等には怪我に対する認識の違いがあった。
俺の「怪我を恐がる必要がない」という認識、これに間違いはない。だが、それはあくまでも重症化する前の話。片やレッドキャップ戦においては挑戦者は重症化するのが当たり前で、死の一歩手前まで行くケースが多々ある。それを何とかするのが、この町の医療設備の真の意味であった。
コイツ等は「レッドキャップ戦は死を覚悟しなければならない試合」だと言いたかったのだとようやく気が付く。
即ちシモンは死地に飛び込むようなものだ。だからこそ、コイツ等はシモンの応援に行きたくないと言っている。近い未来には処刑ショーが待っているだろう。
……これはマズイ。俺達が想定していた以上の危険度だ。付け焼き刃の対策がレッドキャップに通用する可能性は極めて低い。下手な小細工をせず全力でぶつかった方がまだマシかもしれないと考えてしまう。
「確認の意味で聞くが、これまでの挑戦者が弱かったという事はないよな?」
「そりゃ当然だろう……って、アンタ顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「大丈夫だ。じゃ、じゃあ、レッドキャップへの挑戦者がいなくなったという理由はもしかして……」
「これもアンタの想像通りだ。レッドキャップはやり過ぎるからな。幾ら剣闘士になったら死を覚悟しているとは言え、進んで死にに行くような真似は普通はしないだろ」
「マジか……」
考えれば当然の事だったのに俺が軽率であった。情報源としたフィンのような立場からすれば、「死ななかった」と分かればその後まで知る事はない。だから俺に無邪気に話していた。そう考えるのが妥当である。
仮に挑戦者が怪我で剣闘士を引退したと聞いても、その怪我の程度までは普通は気に掛けない。日常生活を送るのも困難となる怪我を負うとはまず考えない。きっと、剣闘士を辞めても普通の仕事をしていると考える筈だ。とんだカラクリである。
これならいっそ、試合で死亡した方がマシと言えるんじゃないか。剣闘士ができなくなり、補償もなく放り出されて後は野垂れ死になんて悲惨過ぎる。こんな事実を知れば、挑戦者がいなくなるのは当然だ。
今更ながら事の深刻さが分かり、身体に鳥肌が出てきた。オーギュストの高笑いが聞こえてくるようだ。アイツはきっとここまで知っていてシモンに試合をさせるのだろう。レッドキャップ自体をシモンもよく知らないのを計算の上で。なんて恐ろしい奴なのだろうか。
「だから、本当の事を言えばシモンさんにはレッドキャップとは戦って欲しくない。けど、もうどうにもならないしな。大事にならないよう祈るのがせいぜいだな」
「……あっ、ありがとうな。シモンの兄貴にはレッドキャップの危険さを伝えておくよ」
「ああ、頼むぞ」
もっと情報を揃えるべきだったと遅い反省をする。このままではシモンが無駄死にになってしまう。それを何とか回避しなければいけない。シモンはこんな所で殺させる訳にはいかない人間だという事もよく分かった。
不意にホセの言葉を思い出す。「代役」という二文字。あの時は拒否したが、本気で考えないといけないかもな。多分、シモンより俺の方が生存確率が高い……というか体格はシモンの方が圧倒的に上だが、足さばきが覚束ない現状ではレッドキャップ戦は相当厳しい。
問題は俺が代役をするにしてもシモン自身がやる気である事だ。やる気がなければ代役ができるという訳ではないが、シモン自身が試合をする気でいる以上、その選択は現実的ではない。
「どうすれば良いんだ……」
二人と別れてから目的も無く歩き出す。いざ戦うにしても俺で何とかなるのか? いや、それ以前に代役をさせてもらえる訳ないだろうと、答えの見えない思考の袋小路に嵌り込んでしまっていた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
考えの纏まらない中、少しでもレッドキャップの情報を求めてフィンのいると思われる場所に到着したのだが……ここでとんでもない現場に遭遇する。
なんとフィンがガキ達にリンチを受けていた。姿ははっきりと確認できないが、俺の渡した帽子の色でそうだと分かる。
相手は四人。一人は質の良さそうな服を着た白いのと思われるガキ。そいつは少しリンチの現場から離れて満足げな表情でそれを見ている。残り三人は……多分、色付きだ。この前のスキンヘッドと同じく白いのの手下をしているのだろう。地面に背中を丸めているフィンを取り囲み、思い思いに蹴飛ばし、踏みまくっている。
「いい加減、さっき言った事は間違いだと認めたらどうだ。レッドキャップが負ける訳がないだろう」
「嫌だ! きっとシモン兄ちゃんはレッドキャップを倒すために帰ってきてくれたんだ! それなのに、どうしてオイラがレッドキャップを応援しないといけないんだ」
マジか……フィンでさえシモンの事を知っているのか。しかも勝つと信じている。これも予想外だ。
いやいや。そんな事で感心している場合じゃない。
ざっと周りを見る。自分達に火の粉が返ってくる事を恐れて町の連中は遠巻きに眺めているだけ。誰も助ける素振りをする人間はいない。
一歩踏み出そうとしてアイダの一件が頭を過ぎった。もしここで俺が余計な事をすると、またシモンに迷惑を掛けるんじゃないだろうか。そう思うと前に出した足が元の位置に戻ってしまう。
「勝てないからに決まっているだろう。負ける方を応援する意味なんて無い」
「シモン、悪い。全部終わったらメシ奢るから許してくれ」
最早脊髄反射のレベルである。何かがプツリと切れた。
ガキの戯言と言えばそれまでだが、今の一言が俺には許せなかった。俺がこれまでもがき苦しんだ事を全否定されたような気持ちになってしまったからだ。ガキの言葉に腹を立てる俺、超格好悪い。
瞬時に野次馬の最前列へと踊り出す。続いては、ポケットに残っている種を取り出して──
「誰だ! 今僕に何をした!!」
「はい、ちょっとごめんなさいね」
指弾で種を弾いた後は、フィンを取り囲んでいるガキの中に割って入って当たり前のように救出する。リーダーと思われる白いのが叫んで注意が逸れた瞬間だったので、あっさりと救出できてしまった。やはりこの辺がガキだな。これにてミッション完了。
「お前か! 今さっき変な事をしたのは」
「なあフィン、それはないんじゃないのか? ここで言う台詞は『デリックならレッドキャップを倒してくれる』だろう? ファン一号じゃなかったのか」
「えっ……デリック。何で?」
喚く白いのは無視してフィンの怪我を確かめながら、軽口を叩く。俺の言葉……というよりは俺の登場の方だろうな、眼をぱちくりさせて驚きの表情を見せていた。
それが面白くて、ついつい真面目に質問には答えず、
「そりゃ簡単な事だ。レッドキャップと戦うのは俺だからだ」
こうして更に混乱させる一言をぶち込む。
もう俺が何を言っているか理解できていないだろうな。目が点となり、口をもがもがさせている。これが見れただけで助けた意味があったというものだ。
「それはどういう──」
「おい、お前! 何とか言ったらどうなんだ!」
横目で牽制しながらフィンとのコントを続けていたが、焦れたのか、それともずっと無視していたのがお気に召さなかったのか怒り心頭で声を荒げてくる。
「ん? 俺の事が知りたいのか? そうだな……」
この場に割って入った時にもう覚悟は決めていた。どんなに考えても選択肢はこれが俺の中では一番最良だ。なら、派手に行こうじゃないか。ゆらりと立ち上がり、白いのの目を真っ直ぐに見据える。
「何ふざけた事を言ってるんだ、良いから早く──」
「レッドキャップ狩りの男デリック! アイツは俺の獲物だ!」
前口上を使うならこれ以上の場面はない。腹の底から声を出し、周囲全体に聞こえるように言い切る。さあ、これでもう後には引けない。
「はあ? お前馬鹿だろう」
だがそれはあくまで俺の中だけの事。聞いた相手がどう捉えるかはまた別である。ましてや現状レッドキャップと戦うのはシモンのまま。
俺のやりきった感とは裏腹に、白いのは呆れ顔でその言葉を全否定する。続けて残りの三人が笑い出すと、それは遠巻きに見ていた群衆にも感染。この場は一気に笑いの渦へと包まれてしまった。




