第十二話 対戦決定
「デリック聞いたか! シモンがレッドキャップと対戦する話を!」
「おいホセ、それはマジな話か?」
「こんな事で嘘を言ってどうする。この町のスタッフは今この話で持ちきりだぞ。何でも明日には試合の日が町中に発表されるらしい」
「シモン……絶対に挑発に乗るなと言ったのに何してんだ」
あれから数日後、ホセが息を切らせてとんでもない情報を俺に持ち込んでくる。
やられた。考えていた以上に仕掛けが早い。
俺はと言えば今日まで、オーギュスト対策のヒントを得るべく、またもやアイダの商品で散財し、フィンと買い食いで散財をしていた。アイダには道案内をしてもらった時に、普段どの辺りにいるかをしっかり聞いておいたのが功を奏した形である。お陰で今では気軽に顔を見に行けるようになった。初めて会った時もそうだが、やっぱりアイダは凄く可愛い。もっと通い詰めて、この町にいる間に少しでも仲良くなれればと思っている。
オーギュストの件は気にはなるが、悩んだ所で効果的な対抗手段が天啓のように突然降って湧いてくる訳はない。良いアイデアのためには目線を変える必要が……苦しい言い訳だな。
事態の深刻さは理解しているが、本格的な仕掛けにはまだ時間的な猶予があるだろうと気分転換に外の空気を吸っていただけである。
とは言え、そんな緊張感の無い事ばかりをしていた訳ではない。これでも一応はシモンの行動には気を付けていたつもりだ。
だが、おはようからお休みまでシモンにべったりと引っ付いてはいられない。俺にもアイダの顔を見に行くという大事な用事があるし……いや、俺は立場上、幾つかの雑用を毎日こなさなければならないので、結構隙はあるか。その辺の事情をオーギュストが知っていたかは分からないが、シモンが一人の時を狙われた形と言える。
それにしても、オーギュストはシモンをレッドキャップに挑戦させるよう持っていったか。直接手を下さずに相手をズタボロにさせる。上手い手を考えたものだ。シモンのムキになる性格を手玉に取ったのが、手に取るように分かる。
このやり口なら、例え俺がその場にいても、どうにもならなかった可能性が高い。できた事と言えば、シモンの口を塞いで逃げるくらいが精一杯じゃないかと思う。そう考えると、レッドキャップとの試合は遅かれ早かれ決定していたのかもしれない。
……性格的な面は別にして、目的のために実現性の高い効果的なプランを実行する。オーギュストが結構なやり手である事が良く分かった。
「それで……デリック、どうするつもりなんだ?」
ホセには前もってシモンの事情を話しておいた。だからこそ、レッドキャップとの対戦が決まった事を教えにきてくれたのだが……そんな目で俺を見ないで欲しい。俺が何かをするとでも思っているのだろうか?
「いや、試合である以上は俺が何かできる範疇を超えている。一応は考え直すように話してみるが、多分どうにもならない。辞退する事は無理なんじゃないか? 現実的なのは、技を教えるかレッドキャップ対策を一緒に考えるくらいだぞ」
残念ながらこうなる。もう試合が決まったのだから、数多くの人達が今も裏で動いている。俺達剣闘士の試合は興行である以上、個人の意思で突然開催もできなければ突然取り止めにもできない。特にレッドキャップ戦ともなれば人気のカードである以上なおさらだ。動く人や物、金の事を考えれば、誰が何を言った所で決定は覆しようがない。
そうなると、現実的な問題へ目を向ける方が建設的である。恋愛や金の問題なら俺は全く役に立たないが、試合であるなら俺の知識や経験が役に立つ可能性はある。レッドキャップは無策で戦える相手ではない。
ホセだって裏方の仕事をしているのだから、こうした事情は分かっている筈である。余計な事をするとスタッフの人達が多大な迷惑を受けてしまう。
それなのに、
「ちぇっ。てっきりデリックの事だから『俺が代わりに出る』くらいの事を言うのかと思ったのに。まあ、普通に考えればそうなるよな」
こういう事を平気で言う。
どうやら普通の話はホセのお気に召さないらしい。どうしてここで俺を巻き込もうとするのだろうか?
「俺を何だと思っているんだ。確かに切っ掛けは俺が作ってしまったが、今回はシモンとオーギュストの二人の問題だぞ。しゃしゃり出るのは筋違いだ。それに、仮に今の俺がレッドキャップと戦っても勝つ見込みは無い」
俺とスキンヘッドや髭面との一件。今回の騒動の始まりはここであった。アイダがひどい仕打ちを受ける羽目になっていたとは思うが、俺が余計な事をしなければ、騒動の経緯はまた違っていただろう。
それは本当に申し訳なく思う。ただあの二人の因縁、いやオーギュストの執念深さなら、何らかの形で似たような結果になっていた事は想像に難くない。
やり方が良いとは言えないが、今二人は過去の因縁を清算しようとしている。オーギュストは復讐という形で、シモンは過去へのケジメという形でだ。そのような状況に俺が無神経に介入する事は、二人にとっては余計なお世話になるんじゃないか。そんな思いがある。
けれども、ホセはどうにかして俺を巻き込みたいというか、あわよくばレッドキャップに勝って欲しいと考えているようだ。つまり、シモンではレッドキャップに勝てないという意味。何故そんな事を考えるか……単純にその方が面白そうだからだろうな。舌打ちをしながらも、口元がニヤついている事でそれが分かる。本当にコイツは……。
「マジか! デリックなら、また面白い事をしてくれるんじゃないかと思ったんだけどな……」
そう言えば、俺のデビュー戦をホセは観ているんだったな。あれを観たからこそこういう考えをするのかもしれない。当の本人は目の前で起きている事への対処が精一杯だったので、何が面白いのか全く分からないが、あの試合、ホセには衝撃的な内容に映ったのだろう。期待の眼差しが重い。
「そう言ってくれるのは嬉しいが買い被りすぎだ。俺はびっくり箱じゃない。それよりもまずは、シモンに話を聞くのが先だぞ」
「それもそうだな」
変な方向に話が流れそうだったが、事の真相を確認すべく、二人してシモンを探しに出た。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「すみません先輩。分かってはいたんですが、どうにもなりませんでした」
人気の少ない食堂でシモンを発見したが、俺を見るなり申し訳なさそうな顔で開口一番にこう切り出す。デカイ図体をしたシモンが小さく縮こまっているのが少し面白かった。
「済んでしまった事は仕方がない。それよりもシモンはレッドキャップに勝つ自信はあるのか?」
軽率な行動をしたシモンを責める気は元々俺にもなかった。正直な所、オーギュストの方が俺達よりも一枚も二枚も上手だったというだけである。
だからこそ、このままヤツの思惑通りの結果にならないようにするのが次の一手。前向きに「これからどうするか?」を考える必要があった。
「あると言えば嘘になりますが、実はオーギュストとの約束は『レッドキャップと戦う事』なんです。だから、勝つ必要はないんです。逃げ回って時間切れでの負けを狙うか、攻撃を喰らって気絶したフリでもすれば何とかなるんじゃないかと考えてます」
「念のために聞いておくが、出場辞退、もしくは不戦敗になるという選択肢はないのか?」
「それは無理ですね。オーギュストからも言われましたから」
「そうか……」
やはりオーギュストも馬鹿ではない。先回りしてシモンが「試合に出ない」という選択をしないように釘を刺すくらいはするか。自分は安全な所から出ないくせに本当に抜け目ない。多分、売り言葉に買い言葉で言わされたのだろう。その光景が目に浮かぶ。
「けどよ、デリック。観る側からすると面白くないけど、シモンもここまで考えているなら問題無いんじゃないか?」
落胆する俺とは違って、ホセは逆にシモンが思ったよりも冷静であった事を評価するフォローを入れる。要するにシモンは八百長試合をすると宣言しているのと同じだからな。そこは褒めても良いんじゃないかという主旨だ。
「ホセ……そうは言うけどな、そう都合良く事が運ぶとは思えないぞ。けれどもシモン、よく堪えたな。もしレッドキャップに勝つつもりなら、今この場でぶっ飛ばしていた」
俺自身もホセの言いたい事は分かるが、懸念はこの部分だ。レッドキャップという存在が考えている通りなら、相当上手く立ち回らないとこれは不可能である。むしろ、逆に怒らせて公開処刑になってしまう可能性も考えなくてはいけない。
とは言え、積極的に勝ちを狙いに行かないという考えは評価に値する。
「それにしても『負けても良い』という部分によく気が付いたな。やるじゃないか」
オーギュストからすれば、初めからシモンがレッドキャップに勝つという可能性はない。けれども、「勝つ事」を条件にすればシモンが乗ってこないと考えたのであろう。だから条件のハードルを下げた。しかし、その下げたハードルをシモンが今回逆手に取った形だ。
つまり、同じ負けるならボロボロになってまで戦う必要がないという話だ。
ただ、
「デリックの真似だな」
「……先輩のお陰です」
どうしてここで俺の名前が出てくるんだ? 気付いたのはシモンで、その場にいなかった俺は何もしていない。それなのに俺がシモンに悪知恵を授けたような体になっている。
「二人共、俺の事を誤解してないか? 詐欺師みたいに聞こえるぞ」
「そうだな。デリックの方が詐欺師より性質が悪いからな」
「ホセ、何言ってやがる」
「そんな事よりも、シモンの対レッドキャップ戦をどうするか考える方が先じゃないのか? 良いじゃねぇか。デリックのお陰で何とかなりそうなんだから」
「テ、テメェ……」
ホセの調子の良さには辟易するが、言っている事に間違いはない。確かに優先すべきは、これからシモンがどうするかだ。
「そうだな。ホセが言っている事は正しい。それじゃあ、具体的な戦いのプランを考えるか。その前にホセ、一つだけ」
「うん? 何だ?」
「やっぱりムカつくから一発殴らせろ」
「何でだよ!」
俺の一言にホセが抗議の声を上げるが、その辺は無視して頭に拳骨を振り下ろす。さっきまでのニヤけた面が涙目へと変わった。とてもいい気味だ。
「それじゃあ、まずはシモンがどの程度動けるか見ないとな。広い場所に行くか」
「ハイ」
負けるために戦う。何とも奇妙な話ではあるが、こうして俺達のレッドキャップ戦の対策会議が始まった。
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