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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
六章

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 大樹海の存在があるからか、イルミーラは夏も冬も、気候はあくまで比較的だが安定して過ごし易い。

 ただそれでも、季節の病というのはどうしても存在していた。

 例えば今の時期、夏だと食中毒なんかは、……年中あるけど比較的増えるし、もう少し経って秋になるとキノコにあたったとか、実りと共に増えた魔物に怪我をさせられたとか。

 冬の時期はやっぱり風邪やその類の感染症が多くなって、単純に寒さに体力が低下して、元々の病が悪化する人も出る。


 錬金術師の店も、当然その時期に応じた品を揃えるから、季節の病には気を払う。

 そして夏のこの時期、僕が特に気にするのは、虫除けだ。

 ずっと昔、僕がこの世界に生まれるよりも更に前に、最も人間を殺す生き物は蚊で、次が他ならぬ人間だって言葉を聞いた事がある。

 もちろんそれは、蚊のか細い口の針で致命傷を負ったり、血を吸われ過ぎて死ぬって意味じゃない。

 蚊による病の媒介が、人を殺すって事だろう。


 今、僕が生きてる世界にも戦争はあって、人が人を殺している。

 それに劣らず魔物に殺されたり、飢え死にだって少なくない。

 だがやはり、蚊による病の媒介が原因で死ぬ人は、他の死因に劣らぬ程に、この世界でも多いのだ。


 蚊が病を媒介する事は経験則で知られてて、故に錬金術師はその対策を幾つも編み出してきた。

 また植物に関しては、錬金術で最も用いられる素材と言って過言じゃないから、それはもう盛んに研究されて、一部の植物に殺虫成分が含まれる事は、随分と昔から知られていたらしい。

 だからという訳ではないけれど、僕もイ・サルーテにいた頃は虫除けに関して研究し、オリジナルのポーションを完成させてる。


 虫殺しの花。

 少し物騒な名前だが、実際には白くて可愛らしいその花を、陰干しにして乾燥させ、薬研で砕いて粉末にしていく。

 この粉末を固めて香にすると、僕が知る蚊取り線香に似た代物が出来上がるのだが、もちろんそれだと錬金術のアイテムにはならないので、ここでもう幾つか手間を加える。

 黒錐豆の葉を、沸かした湯に加え、魔力を注いで変質させた溶液を準備し、燻製用の箱に入れ、先程の虫殺しの花の粉末を燃やし、箱の中を煙で満たす。

 すると発生した煙を、用意した溶液が吸い取りながら変質を促進させるので、十分に煙を吸わせてから箱から取り出し、黒錐豆の葉を取り除く。

 暫く放置して冷ますと、虫殺しの花が持つ殺虫成分を強力に増幅させた、殺虫ポーションの完成だ。


 この殺虫ポーションは、戸口に撒けば一ヵ月は建物に虫が近寄る事はないし、水場に一滴垂らせば、水中のボウフラが全滅し、そこから蚊が発生する事を防げるくらいに効果が強い。

 だからこそ、この殺虫ポーションは、取り扱いには非常に注意が必要だった。

 仮にこのポーションを使って虫を遠ざけた家に住んでいたなら、養蜂場、或いは畑にだって近寄らない方が無難である。

 身体に染み付いたポーションの香りだけで、蜜蜂はバタバタと死んでしまう。

 畑の作物にだって、中には蜂や蝶等の虫が花粉を媒介し、実を付ける物だってあるのだから。

 殺虫ポーションは、殺す虫は選べない。


 それに以前、この殺虫ポーションを販売した時、馬鹿な冒険者が森の魔蟲区でこれを使って、大変な騒ぎになった事がある。

 強力な殺虫効果を持つポーションなら、魔蟲を殺したり遠ざけたりする事ができると考えた冒険者は、魔蟲区にこの殺虫ポーションを振り撒きながら、森蜂の蜜を根こそぎ奪おうとしてしまう。


 魔物であっても魔蟲は虫の類だから、確かに殺虫ポーションは効く。

 身体が大きい分、死ぬまでには多少の時間は掛かるが、それでも魔蟲を殺すだけの効果は発揮される。

 だがその暴挙に怒り狂った森蜂は、自らを犠牲にしながらも大軍でその冒険者にしがみ付き、重量と熱でその冒険者を殺して、巣である蜜樹を守ろうとしたのだ。

 そして冒険者が死んだ後も、殺虫ポーションの効果が完全に切れるまでは、森蜂だけでなく他の魔蟲も怒り狂い、魔蟲区の外にも出てきて無関係の冒険者も襲ったので、非常に大きな問題となってしまった。


 実際、あの時は、殺虫ポーションを販売した僕にもその責任の一端があるからと、魔蟲区で死んだ冒険者の骸と、撒き散らされた殺虫ポーションの後始末をしに行く羽目になったし。

 以来、僕はこの殺虫ポーションを、店舗で販売はしていない。

 売るのは専ら、錬金術のアイテムではない蚊取り線香もどきのみ。

 これでも十分に効果はあるし、元々人を蚊の害から救う為に作った物が、逆に人に被害を与えてしまうようでは、何の意味もないと思ったから。


 では何故、今日はこうしてこの殺虫ポーションを作ったのか。

 それは今回の依頼主が、このアウロタレアの町の領主でもある、バーナース伯爵だったからに他ならない。

 彼は以前の、魔蟲区で起きた騒ぎを知っていて、その上で僕に、殺虫ポーションの作製を依頼した。


 ここ数回の氾濫が、魔人、魔獣と続いたから、或いは近く、魔蟲による氾濫も起きるのではないかと、そんな風に考えて。

 何でも僕が提案した氾濫の予測の研究に追加して、仮に魔蟲による氾濫が起きた時の為、対策の一手としてイルミーラの王家に渡す心算なんだそうだ。

 要するに功績を少しでも多く積み重ねて、僕がイ・サルーテより呼び寄せる、キューチェ家に所縁の錬金術師の推挙を確実なものにするのだという。

 後は、広い彼の屋敷が、普通の虫除けではとてもじゃないから間に合わなくて、殺虫ポーションに頼りたいってのも、少しあるんだとか。

 確かに殺虫ポーションを量産すれば、魔蟲による氾濫だったら容易に退けられるだろう。


 ただ魔蟲以外の普通の虫も、それが益虫であっても殺してしまうから、大規模に使うと、後が大変な気もするのだが……。

 しかし大勢の人々の死に比べると、養蜂やら農業やらの害は、やはり許容せざるを得なくなるのだろうか。


 まぁいずれにしても、これはもう僕の手を離れる。

 元々は人を助ける為に作ったこのポーションも、使い方を誤れば人に害を与えた。

 同じような誤りが、より大きな規模で起きぬ事を、願うのみだ。


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