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町から見て、森とは逆の東の郊外、僕が有する薬草畑の近く。
以前はサイローに剣を教える事もあったこの場所で、僕はヴィールと向かい合う。
何でもヴィールは、体術の師であるシュロット・ガーナーと、剣の師であるバルモアから、偶然にも同じ課題を言い渡されたらしい。
達成までに何年掛かっても良いから、月に一度はルービット・キューチェ、つまりは僕に対して試合を挑み、一本を取れと。
ヴィールが培養槽の外に出られるように、自由に身体を動かせるようになってから、まだ半年に満たない。
当初は歩行すらままならず、ディーチェと訓練してたのに……。
もうシュロットとバルモア、二人が揃って、僕にその成果を見せて構わないと思う程に、ヴィールは成長を遂げたのか。
正直、信じ難い気持ちはある。
ヴィールだって、毎日、全ての時間を武術に費やしてる訳じゃない。
錬金術を学んだり、アトリエの店舗で娼婦に化粧を施したり、孤児院の子供達と遊んだり、薬草畑の手入れを手伝ったり、他にもしてる事はとても多いのだ。
彼の物覚えが凄まじく早いのはよく知ってるが、それでも武は、積み重ねだと僕は思ってる。
僕もまた、覚えはとても早いと、以前に習ったケミア流ではそう言われたが、師範達には手も足も出ないどころか、指先が触れる事すら難しかったし。
才はもちろん大切だけれど、それに注ぎ込んだ熱量と、打ち込んだ時間もまた欠かせぬものだった。
しかしシュロットとバルモアが、揃って見誤るとも考え難い。
どうして彼らが、ヴィールを僕に挑ませるのか、その理由は何となくわかる。
それは、ヴィールが自分の成長を、一番見せたいと思う相手が僕だからだろう。
言い方を変えれば、ヴィールが最も力を発揮して挑める相手が、僕だとシュロットとバルモアは考えたのだ。
まぁ、試合くらいなら間違ってないか。
恐らくヴィールは、僕と本気で殺し合う事は多分難しい。
別に何らかの精神的な制限を施してる訳じゃないが、ホムンクルスには自らを生み出した錬金術師を主として認識する、本能のようなものがある。
長きに渡って酷い仕打ちを続けていたなら、その本能を超える憎しみが生まれるかもしれないけれど、基本的にはホムンクルスは自らを創造した錬金術師を慕う。
まるで鳥が、最初に見た動く存在を親だと刷り込まれるように。
だけど力を試す、或いは戯れるくらいなら、特に問題はない筈だ。
僕が自分を刺した時、ヴィールは可哀想なくらいに狼狽えてしまったけれど、それでも錬金術師としての心得を説けば、納得して回復する様を観察してくれた。
あの時に比べれば、試合で打ち合うくらいは、決して大した事じゃない。
腰に短めの木剣を挿し、まずは無手で構えを取る。
正面から互いに武器を構えて戦うってスタイルは、僕はあんまり得意じゃなかった。
もちろん一番得意なのは、どんな状況でもそれに応じた錬金アイテムを使う事なのだが、そうでなくとも相手の隙を探って、或いは相手を崩して隙を作ってから、そこに付け込んで相手を制圧する戦い方を好む。
真っ直ぐに強いシュロットやバルモアとは、真逆だろう。
ヴィールは両手で剣を握って、中段に構えた。
教えた師が良いからだろうか、悪く無い判断だ。
あの構えは、間合いを測るのに適してる。
僕とヴィールの差は色々とあるが、最も顕著なのは間合いの違い。
ホムンクルスであるヴィールは、筋力や速度では僕を上回るかもしれないが、身長と体重、手足の長さは僕に劣る。
踏み込む一歩の違いも合わせれば、間合いの差は思うよりも大きいだろう。
だからこそ木剣を握って間合いの優位を逆転し、僕の間合いを測って、優位を保ったままに勝とうとする。
真っ直ぐに強くて、崩し難い戦術だ。
ならこちらはどうするか。
それでも崩して行くより他にない。
では一体どうやって崩すか。
それは、相手の攻め気を誘うのがいいだろう。
足を踏み出さずに地を擦るように、滑るように移動して間合いを詰める。
ケミア流の摺り足は、こちらの世界ではあまり知られていない歩法で、ヴィールはそれに戸惑いを覚えたのだろう、一瞬後ろに下がりかけて、けれども意を決したように逆に前に出、木剣を振って打ち込んできた。
僕の思惑通りに。
実際、相手の行動が理解できなければ、下がって観察するのは間違いじゃない。
間合いを測るに適した構えを取ったのなら、尚更である。
しかしヴィールは僕に自分の成長を見せたくて、逆に退いてしまう自分を見せたくなかった。
僕以外の相手なら、下がる事を選べたのかもしれないけれど、そこはシュロットとバルモアの思惑が、裏目に出てしまったのだろう。
誘発された、来るとわかった攻撃を避けるのは、実に容易い。
僕は振り下ろされる木剣の右側に潜り込み、翻って襲ってきた左側からの斬撃を、左手で軽く抜いた腰の木剣で受け止め、右の拳をヴィールに軽く、ポンと当てる。
これで決着だ。
いや、念の為に右側に避けておいて正解だった。
振り下ろしを外した後の、木剣を翻しての二撃目は実に速く、腰に挿してた木剣を盾代わりにできなければ、下がって避けて間合いが開き、仕切り直しになってただろう。
目を見張る程の、著しい成長である。
まぁ相手を崩す手法はまだまだあるから、仕切り直しになっても負ける事はなかっただろうが、この速度で成長を続けられると、一本を取られる日は、本当にあまり遠くない。
シュロットやバルモアが、ヴィールの成長ぶりを僕に見せていい頃合いだと判断したのも、頷けた。
「……うー、マスター!」
あまり、自分の力を発揮できなかったと感じてるのか、ヴィールは不満げに、だからって僕にあたる訳にもいかず、唸ってる。
その様が可愛らしくて、可哀想で、ならもう一回と言いたくなるが、敗北の日を少しでも遠ざける為にも、手の内は少しでも隠しておきたい。
今日のところは、僕の保身を優先させて貰うとしよう。
「はいはい、じゃあまた来月ね。でもヴィールはちゃんと凄かったよ」
僕の言葉に、ヴィールは渋々頷いて、甘えるようにしがみ付いた。
なんというか、その成長は楽しみであり、怖くもある。
別に僕はヴィールに武の達人になって欲しい訳じゃなくて、彼が自分の身を守れたらそれで十分なのだけれども。
ヴィールが強くなる事に楽しみを覚えているなら、それを止める心算もない。
ただ、あぁ、僕も日々のトレーニングは、もっと増やしておこう。
せめてもう一年、できればディーチェが帰ってくる頃までは、ヴィールに負けずにいたいから。





