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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
六章

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 春が終わって初夏も過ぎると、イルミーラの民が大好きな、武闘祭の季節がやってくる。

 このアウロタレアでも皆がソワソワと、今年は誰それって戦士が有力だとか、ある闘士は怪我で不参加らしいとか、そんな噂話に興じていた。

 正直、生粋のアウロタレアの民ではない僕は、彼ら程には武闘祭に対する熱意はないのだが、それでも町中が祭りの気配に満ちてくる様を見るのは、それなりに楽しい。


 今回も、領主であるバーナース伯爵からは、予選を免除するから武闘祭に出ないかとのお誘いがあったが、僕は丁重に断った。

 僕は、怪我や欠損はポーションで治せばいいって考えで装填術式を使うような人間だから、痛みに対してはそれなりに耐性があるし、何なら痛みを飛ばす類の薬だって作れる。

 でも特に心惹かれるメリットもないのに、手強い実力者と殴り合いをしたいと思う程に酔狂じゃない。

 賞金よりも、錬金術で稼いだ方が楽しいし、名声も、戦士や闘士としてのそれは、僕には不要で不似合いだ。


 僕が誰かと戦うのは、身を守ってか、素材の為で、……まさか武闘祭で倒した相手から、素材だと言って内臓を抜き取る訳にもいかないだろう。

 実は、人を素材にした錬金術が存在しない訳ではない。

 例えば死刑に処された罪人の肉体は、大昔から様々な事に利用されてきた。

 その様々の一つに、錬金術は含まれる。


 但し当然ながら、あまり外聞の良い話ではないので、その手の技術は錬金術師協会で管理され、学ぶには色々と審査を受けねばならない。

 まぁ、自分だけが扱える装備品を作る為に、自らの血液を利用する技法なんてのは、割と簡単に教えて貰えたりもするけれど。

 基本的には人を素材にする錬金術は、秘匿されてる技だった。

 その割に、別に人の身体が魔物に比べて、素材として優れてるって訳でもないし。


 あぁ、話が逸れたけれど、僕は祭りは楽しみたいが、自分が武闘祭に参加する事に関しては、全く興味がないのだ。

 なので普段は、武闘祭の期間は、それを目当てに集まってきた人達に、露店を開くのが恒例だった。

 それだけで十分に祭りの雰囲気は楽しめるから。


 ただ、今回に関しては、予選だけでも観戦しようかと思ってる。

 というのも半年程前、丁度冬の武闘祭が始まるか、そのほんの少しだけ前に冒険者になったサイローが、無事にこれまで生き延びて、この夏の武闘祭に参加しようとしてるって、孤児院の子供達から聞いたのだ。


 あの日、サイローが孤児院を出て、冒険者となってから、僕は彼とは会ってない。

 会えば甘えが出るからか、それとも単に忙しく日々を過ごしているからかはわからないけれど、彼が僕のアトリエを訪れた事はなかった。

 もちろんそれは、僕も同じだ。

 向こうが頼ってきた訳でもないのに、探し出して現状を聞き出し、あれやこれやと気を回すのは、余計なお節介にも程があるだろうし。


 サイローは大人になって、独り立ちをした。

 まだ子供だと思える年齢であっても、そうなった以上は大人として扱うのが、筋でもあるし、礼儀でもあるから。

 噂話を聞く事は、稀にあるそうだ。

 例えば彼は薬草の採取がとても丁寧で、幾つかの錬金術の店から指名の依頼が冒険者組合に出されたりしてるらしい。

 その中には、このアウロタレアで最も規模の大きな錬金術師の店、カータクラ錬金術師店も含まれる。


 要するに、サイローは順調に冒険者として成長しているのだろう。

 生き延びて依頼をこなせば、浪費家でない限りは、少しずつでも金は溜まっていく。

 金が溜まれば装備を整え、以前よりも少し難しい事に挑戦できる。

 困難を乗り越えれば腕は磨かれ、より大きな金を掴む機会に恵まれる筈だ。


 ……尤も、どんなにサイローが順調に成長していても、たった半年で、武闘祭で活躍ができるようになったとは思わない。

 この町の兵士や冒険者以外にも、一つでも多くの武闘祭に参加しようと、あちらこちらの町を回る腕自慢も参加する。

 素手部門であっても武器部門であっても、選手の層はとても厚い。

 故にそれが予選であっても戦いは激しいものになるし、もしも冒険者になって半年の少年が一戦でも勝ちを拾えたならば、それは大いに称賛に値する出来事だった。


 つまり、サイローが武闘祭に参加するのは、以前の彼を知る僕からしたら、無謀な行為だ。

 だがサイローが自分でそれを選んだ以上、僕にそれを止める筋合いはない。

 一体、何故、どうしてそうなったのか、気にならないと言えば嘘になるが、調べようとも思わなかった。

 ただ観戦をして、応援をして、彼の成長を確かめて、……万一、酷い怪我でもすれば、回復になるか再生になるかはわからないが、ポーションの一つも救護室に差し入れようかとは、思ってる。

 健闘した選手に差し入れがあるのは、武闘祭で盛り上がるイルミーラでは、ごく普通の事だから。



 闘技場で、武闘祭の武器部門の予選に出ていたサイローを見付けて、僕は精一杯に声を張り上げ、声援を送る。

 予選で、しかもその一回戦に出てる選手を、そんな熱心に応援する人なんて多くはないから、どうしたって目立ってしまう。

 普段の僕らしからぬ行動に、ヴィールも驚いて目をぱちくりさせてるけれど、今はちょっと、許して欲しい。

 僕にも、こういった行動に出たい時はあるのだ。


 半年の時間でサイローは、背も伸びて、身体も一回り大きくなり、顔付きも鋭さを増していて、身も心も技も、目を疑う程に成長してはいたけれど、やはり一つも勝ち抜けずに敗退した。

 だけど、そう、誰が何と言おうと、彼はとても健闘していたから。

 もし次も、もう半年後の冬の武闘祭にも、サイローが同じく参加するなら、その時はきっと、一戦は勝ち星を挙げれる筈である。

 あぁ、僕にも単に祭りを、ではなくて、武闘祭を楽しみにする理由が、贔屓の選手が、できたのかもしれない。



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