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大きな樽を、水が七、石化解除ポーションが三の割合で満たし、そこに石化したトレントの枝を束でざぶりと浸け、浮かんでしまわないように蓋をする。
完全に石化した人間は、石から戻す時にゆっくりだと窒息して死ぬ為、強い薬で一気に戻すが、逆にトレントの枝の場合は、薄めてゆるゆる戻した方が具合が良い。
なので出来上がりまでは、少しばかり時間が必要だ。
さて、ではその間に、今日の本題を始めよう。
ヴィールは、バルモアに預けてる半月程の間に、渡した瓶の水の色の変化を安定させ、魔力のコントロールを会得した。
半月あれば、と思うかもしれないが、バルモアに預けてる間は剣士としての修練をみっちりとやらされてたみたいなので、魔力のコントロールばかりに時間を使えた訳じゃないのに。
ホムンクルスの学習能力の高さには驚かされる……、なんて風に言うのは簡単だし、それは紛れもない事実だが、でも僕が見るべきは、ヴィール自身がちゃんと努力したって事だろう。
自身の努力に目を向けられず、学習能力の高さからそれを当然として受け入れられれば、僕ならきっと、面白くないから。
世の中には、努力を隠し、出した成果のみで認められたい、あるいは自分は何でもできて当然だって顔をする、プライドの高い人もいるけれど、僕もヴィールも、そういったタイプではないし。
故に僕はヴィールの努力と、結果の両方を大いに褒め称え、約束通りに次は回復ポーションの作製を教える事にした。
錬金術の為の地下室で、少し前、ペーロステーに送るポーションを作りまくってた時のように、僕とヴィールは並べた器具と素材の前に立つ。
だけど今日はあの時とは違い、ヴィールがメインで僕は助手だ。
もちろん教えはするけれど、基本的な手順は既にヴィールは完全に覚えてて、後は魔力を注いで変質を引き起こし、薬ではなくポーションにするコツを掴むだけ。
尤もそれこそが錬金術の要であるから、僕はヴィールがそれに手間取るのか、或いは簡単に会得してしまうのか、どちらになるか、とても楽しみだった。
魔力のコントロールができてる以上、酷い失敗にはならないし、手間取ろうともいずれは完璧に会得できる筈だけれども。
「ヴィール、始めて」
少し緊張気味な様子のヴィールが、僕の声に動き始める。
以前に回復ポーションを作りまくった時から、徐々に季節は移り替わり始めているけれど、まだ手に入るポーションの素材は変わってない。
赤薬草の葉、白蜜花の花弁、80度の湯に、ほんの少しの塩。
回復のポーションになるのは上澄みだけで、残りで軟膏を作るには、白蜜花の蜜と牛の乳も必要だ。
一応、僕の中ではこれがワンセットとなる。
鍋には80℃まで熱した湯が1200mlに、手で千切った赤薬草の葉を10g。
十分間、沸騰しないように湯の温度を保ちながら掻き混ぜ、その際にゆっくりと魔力を注ぐ。
この魔力が必要よりも多過ぎれば、変質の起きる速度が早過ぎて、赤薬草の葉からの薬効の抽出が半端になる。
逆に魔力が必要よりも少なければ、変質がちゃんと起こらない。
どちらにしても、回復のポーションと呼べる代物にはならなかった。
……今のヴィールは、恐る恐るといった感じで魔力を注ぐから、変質がちゃんと起きていない。
魔力の強いヴィールには、回復のポーションの変質を引き起こす微量の魔力を注ぐのは難しいのだが、注意し過ぎて逆に必要よりも少ない魔力しか注げていないのは、驚きでもあり、面白かった。
本番だからと緊張してるのもあるだろうし、初めてだから加減がわからないのもあるだろう。
僕はヴィールを更に緊張させてしまわないように、ゆったりとした口調を心がけながら、
「ヴィール、少しだけ、魔力が足りてない。今の三割増しで、魔力を注いで。恐れなくて構わない。練習と同じように、やってみて」
彼へのアドバイスを口にした。
実際のところ、僕の感覚では、他人の魔力はおおよそ強い弱いでしか測れないが、ポーションの変質の状態を見れば、どの程度足りてないかは察せられる。
伊達に錬金術師をやっている訳ではないのだ。
そのアドバイスに、返事をする余裕はなさそうだけれど、ポーションの変質の仕方は少し強まって、安定した。
実に見事なものである。
この調子で魔力を注ぎ続けられたなら、最初の失敗は取り返せないが、ギリギリ回復のポーションと呼べる代物が出来上がるだろう。
低品質の物は店舗には決して並べないけれど、ヴィールが作ったポーションが、どのように回復効果を発揮するのかは、見せてやる事ができる筈だ。
僕に回復のポーションの作り方を教え、その回復効果を教えてくれたのは、父である。
あの時は驚いたけれど、今ではあの経験も必要だったと思うから、僕も同じくそうしよう。
十分経てば、塩1g加えて、再び先程までと同じように魔力を注ぎながら五分間掻き混ぜる。
その間に、僕は白蜜花の花弁を擦ってペースト状に。
五分後、薬効が抽出されて不要となった赤薬草の葉を取り除き、ペースト状の白蜜花の花弁を加えて、火から遠ざけて冷やす。
そうして暫く待てば、……本来なら透き通った深紅の液体が出来上がるのだけれど、今回は少し濁ったか。
上澄みの400mlのみを慎重に空き瓶へと移せば、品質は低いが、一応は回復のポーションと呼べる代物の完成だ。
「うん、まぁ40点だね。途中からは良かったけれど、最初の魔力が弱かったのと、赤薬草の葉を取り除くのに手間取ったのと、少し湯の温度が上がり過ぎたから、品質が下がった感じかな」
批評は、厳しく。
回復のポーションの出来は、時に人の命に関わるから、僕は妥協したくないし、ヴィールにも妥協して欲しくない。
ただ別に、ヴィールを傷付けたくて言ってる訳ではないから、
「でも途中からの魔力の注ぎ方は良かったから、一応は回復のポーションって呼べる代物だ。おめでとう。最初から使える物ができたのは、凄いよ。次はもっといい物ができる」
フォローの言葉も忘れない。
いや、実際に、最初から回復のポーションと呼べる代物ができるのは、普通に凄い話である。
僕は、最初の頃は随分と失敗したし。
あぁ、でも、そもそもあの頃は、魔力のコントロールの練習をする瓶なんてなくて、回復のポーションを作りながら魔力のコントロールも覚えたから、安易に比較は難しいか。
ヴィールは僕の言葉に、悔しそうであり、嬉しそうでもあった。
うん、いい表情だと思う。
それなら、次はきっともっといい物が作れる筈だ。
しかしその前に、ちょっとショックな物を見せる事にはなる。
ポーションがどういった物か、自分が作れるようになった、つまり手に入れた力がどんな代物か、錬金術師は理解しなければならない。
全てのポーションでそれをする訳には、当たり前の話だが、いかないけれど、回復のポーションはその効果を見るにも、適してるから。
僕は自分の腕の袖を捲り上げて、ナイフを抜く。
あの時の父の言葉を、思い出しながら。
『お前はこれから多くの人を、このポーションで救う。その一人目が私だ。この傷に、そのポーションを掛けて、飲ませ、私を救え。目を逸らさずに、傷が癒える様を目の当たりにしろ。そして錬金術師が持つ力の大きさと責任を、学ぶのだ』
……だっけか。
あの時は随分とショックだったし、僕もこれからヴィールにショックを与える事になる。
父の言葉は、まぁ、半分くらいは借りようか。
僕は頭の中でヴィールに伝えるべき言葉を決めてから、自分の腕に向かってナイフを振り下ろした。





