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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
五章

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 パチッとコンパスの蓋を開ければ、中の針は常に一定の方角を示す。

 想定はしてたけれど、少しだけ困った結果に、僕は思わず笑ってしまう。


「ふふっ、やっぱりヴィールは、凄いね」

 不意に笑いだした僕を見て、不思議そうに首を傾げるヴィールにそう言って、彼の頭に手を伸ばして、撫でた。

 ヴィールは僕の言葉の意味は分からなかったみたいだけれど、撫でられる事は嬉しいらしく、目を細めてそれを受け入れる。

 実際、これは少し困った結果だけれど、ヴィールの凄さ、可能性を表してるのも確かだから。


 僕が手に持ったアイテムは、魔力コンパス。

 コンパスと言っても、円を描くための道具じゃなくて、地磁気を利用して方角を知る為の、方位計の事だ。

 尤もこの世界には磁石は在れど、方角を知る為の方位計、コンパスは存在しない。

 地磁気が僕が前世で生きた世界とは違うのか、それとも強力な磁力を発する何かが複数存在するのか、その辺りはさっぱりだけれど、仮に磁石を使って方位計を使っても、針は北と南を示さなかった。


 その代わりといってはなんだが、昼間でも空の星の位置がわかる星見盤という錬金術で作られた道具で、東西南北の四方の極点星を見付けて方角を判断してる。

 だからもしかすると、今、僕が東西南北だと思ってる方角は、或いは全く別の何かなのかもしれないけれど、……旅にも生活にも困りはしないから、別に構わない。


 なので、コンパスが存在しない世界だから、当然ながらこの魔力コンパスという錬金アイテムを開発したのは、僕である。

 まぁ、錬金アイテムと言っても、特別なのは針だけで、後は金属のケースとガラスと、中を満たす油と、元のコンパスと何一つ変わらないけれども。

 ただ針だけは、魔血という水銀に魔力を付加して生み出した魔法合金だ。

 いや、正確には、魔血自体は水銀と同じく、常温常圧では液状の金属だから、更に他の金属との合金にしてある。


 折角だから少し詳しく説明すると、魔血は三つの特性を持つ、面白い魔法合金だった。

 一つ目はさっきも説明した通り、常温常圧では液状の金属である事だ。

 二つ目は、魔力に引かれる特性があり、液状のままなら、魔力に引かれて移動すらする。

 三つ目は、他の金属との合金を非常に作り易い。

 魔力に引かれる以外は、基になった金属である水銀が備えた特性ではあるが、これらのお陰で魔血を用いると、少し面白い事ができる。


 自身を動かす程に魔力に引かれ、他の金属と混じり受け入れられ易い特性のお陰で、他の魔法合金との掛け合わせが可能なのだ。

 そして一部の魔法合金に対して魔血を掛け合わせれば、その魔法合金が帯びた魔力を大きく増やしたり、或いは特性を強化する効果があった。

 もちろん、炎銅のような元々激しい効果のある魔法合金に掛け合わせると非常に危険で、確か炎銅の場合は大きな爆発を起こす。

 しかし危険ではあっても、いや、危険を引き起こす程に、魔血は効果の強い魔法合金であるから、イ・サルーテの錬金術師の間では熱心に研究されてる素材である。

 単純に金属同士を混ぜるだけじゃなくて、触媒に他の素材を用いたり、特殊環境下での掛け合わせを試みたりと。

 恐らくもう少しすれば、ディーチェが開発した妃銀と、魔血を掛け合わせる研究なんて、凄く流行するんじゃないだろうか。


「マスター、あっち!」

 大人しく僕に撫でられてたヴィールが、何かを発見したらしく、そちらに向かって駆け出した。

 するとヴィールを撫でてた方とは逆の手の中にある魔力コンパスの針が、ククッと動く。

 そう、今、というか多分ずっと、魔力コンパスの針はヴィールを示し続けてる。


 この魔力コンパスは、この世界の人間にそういう発想がなかっただけで、仕組みは至極単純だ。

 魔力に引かれる魔血を混ぜた金属の針で、普通のコンパスを作っただけ。

 一応、魔血を混ぜる量で精度の調整はしているが、錬金アイテムと呼ぶのもおこがましい代物である。

 ただそれでも、有用である事は間違いなく、例えば今持ってる魔力コンパスは、十キロメートル以内で、最も強い魔力が発せられる方角を指し示す。


 それは範囲内で最も強い魔物かもしれないが、魔力が溜まったスポットである可能性もあった。

 この辺りだと魔蟲区の森蜂の巣になってる蜜樹とか、他には山の中とかなら、魔法金属の鉱脈なんかも、魔力の溜まったスポットになる。


 強い魔力を発する何かというのは、錬金術師にとっては有用である場合が多い。

 故に僕は魔力コンパスを作ったのだけれど……、アウロタレアの町では、どうやら常にヴィールの居場所を示すアイテムになってしまいそうだった。

 いや、ホント、どうしようか。

 アウロタレアの町だけならば、多分、そこまで問題じゃない。

 魔血は作るのも扱いも難しい魔法合金だし、魔力コンパスも広く知られたアイテムじゃないから、僕以外に持ってる人なんて居ないだろう。


 でもこの先、他の場所にヴィールを連れていく場合だって、恐らくはある。

 具体的には、ヴィールを実家のキューチェ家や、恩師であるローエル師に紹介しに、イ・サルーテを訪れる事にはなる筈なのだ。

 もちろんそれは、イ・サルーテでホムンクルスが意志ある生き物、人としての権利を認められる下地が整ってからにはなるけれど、完成した、外で活動できるホムンクルスの姿は、やがては見せなきゃいけない。

 だがイ・サルーテには流石に、魔力コンパスも一杯あるし、それがヴィールを探されるアイテムになると、些かばかり面倒臭い。


「どうしようかなぁ」

 魔力コンパスの蓋をパチリと閉じて、僕は駆けてくヴィールの後を追って、歩き出す。

 この魔力コンパスを僕だけが持ってるなら、ヴィールの迷子を防止するアイテムとして、それなりに有用ではあるのに……。

 発する魔力を遮断する方法をどうするか、本当に悩ましく、だけど考えがいのある課題だった。

 さぁ、一体何を作って、この問題を解決しようか。

 そんな風に思う僕は、やはり根っからの錬金術師なのだろう。



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― 新着の感想 ―
[一言] ここから更新再開なんですね。 ランキングから見つけて読んでました。 一話完結気味で話の起こりと経過だけ示し、結末まで書かない作風が新鮮で気に入ってます。 まるでエッセイ読んでる気分。 それ…
[一言] 更新来ててうれしいです
[一言] 続きが読めて嬉しいです。
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