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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
四章

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 イ・サルーテの錬金術師協会本部は年に四回、各地の支部は年に一回、会報誌を発行している。

 会報誌とは錬金術師協会の会員、つまりは錬金術師達に協会からの発表や、新たに公開されたレシピ等を報せる物だが……、本部が発行した会報誌は一般の会員、つまり地方の錬金術師には届かない。

 当たり前の話だが、この大陸の全土にイ・サルーテからの発行物を届けようとするならば、その労力は尋常ならざるものとなってしまう。


 例えばイ・サルーテからイルミーラに、このアウロタレアの町に物を届けようとすれば、まず二週間かけて海に面した港に出て、そこから西へ船旅を三週間。

 すると大陸西部の一国、波の国とも呼ばれるザウリアへに到着するので、小型の船に乗り換えて川を北上する事二週間で、隣国である湖の国、ツェーヌへと辿り着くだろう。

 そこからイルミーラの王都までは、徒歩でも馬車でも一週間もあれば十分だ。

 つまり最短で八週間、船の乗り換えや、王都からアウロタレアの町までの距離を考えると九週間は、イ・サルーテから掛かってしまう計算になる。

 因みに陸路を使う心算ならかかる日数は倍以上だ。


 会報誌を届ける為に年に四回もこれだけの労力を費やす余裕は、流石の錬金術師協会にもない。

 そこで年に一度、各地域の支部が本部の会報誌を纏めた物を、支部からの会報誌として錬金術師達に届けていた。

 イルミーラから最寄りの錬金術師協会の支部は隣国であるツェーヌにある。

 交通の要所であるツェーヌからならば川を使った水運で、大穀倉地帯を抱える西部の食糧庫、麦の国と呼ばれるフォーンや、湿地帯だらけで沼の国と呼ばれるロドロゴルへの輸送も容易い。

 ツェーヌとザウリアの間にある無法地帯、川の国と呼ばれる河賊が蔓延る場所にだって、支部に会費を支払ってる錬金術師が存在するなら、会報誌は届くだろう。


 しかし僕としてはやはり支部が発行する会報誌じゃなくて、本部が出した会報誌を読みたい。

 錬金術に関する情報は少しでも早く、少しでも詳しく知りたいし、本部が出す会報誌には、錬金術師協会の立場から見た世界情勢等も書かれていて、読み物としても面白いのだ。

 だから僕は実家であるキューチェの家に、手紙のやり取りをするついでに本部が発行する会報誌を送って貰っていた。



「ふぅん……。北方の大帝国ズェロキア、東部地域侵攻を開始する……、か」

 朝に配達員が届けてくれた本部からの会報誌を読みながら、僕はサクリと茶菓子のクッキーを齧る。

 因みに実家からの手紙は、会報誌の後で読む。

 別に家族への情が薄い訳では、多分ないけれど、どうせ返事も書かなければいけないのだから、後で纏めて済ませた方が効率が良い。

 ……うん。

 いや、やっぱり単に届いた会報誌を先に読みたかっただけである。


 普段は配達物に妙に興味を示すヴィールも、今日は週に一回の剣を学ぶ日で、バルモアと一緒にこのアトリエの屋上だ。

 ヴィールは週に一回、このアトリエの屋上でバルモアから剣を学び、週に一回、領主の館でシュロット・ガーナーから体術を学んでる。

 武闘祭の武器部門の準優勝者から剣を、素手部門の優勝者から体術を学ぶなんて、実に贅沢で羨ましがられる話だろう。

 尤もその訓練を見ている僕は、混ざりたいとはちっとも思わないのだけれど。


 否、多分だけれど、ある程度ヴィールの修練が進めば、バルモアもシュロットも、相手役として僕を巻き込む気で居そうだから、ちょっとは鍛え直した方が良いかも知れない。

 別に強い弱いへの拘りはイルミーラ人に比べたら薄いけれど、それでもヴィールに格好悪い所を見せたくないって、見栄を張る気持ち位は僕にもあった。


 しかしそれはさて置いても、数か月以上前の事とは言え、ズェロキアの東部侵攻は非常に大きなニュースだろう。

 北方の大国、氷の帝国とも呼ばれるズェロキアは、暖かな地への南下を悲願としてる。

 だけど厳しい地形に阻まれて、これまで南下、侵攻は主に中部に対して行われるのが常だ。

 故にこの大陸の中部の国々は連合を組み、ズェロキアの侵攻を食い止めて来た。


 勿論全ての国がその連合に参加してる訳でなく、南の海に面した国々は支援を行う程度だし、エルフ、もとい樹上人達が暮らす世界樹の国は人間の争いに関与しようとはしない。

 また錬金術師協会の本部が存在するイ・サルーテも、基本的には中立の立場だ。

 尤も中部諸国は距離が近い分、錬金術師協会で生産される錬金アイテム、特にポーション類の仕入れが容易いので、ズェロキアはイ・サルーテを中立だとは考えていないと思われる。


 そんな中部諸国連合の抵抗に、ズェロキアは侵攻した地を奪ったり奪われたりを繰り返していたのだけれど、東部への侵攻が始まったとなると情勢は大きく変わる筈。

 幾ら大国であるズェロキアとは言え、東部に軍を差し向けるなら、中部への侵攻は一旦落ち着く。

 逆に東部は小国が多く、険しい山々に遮られて守られてきたが、ズェロキアがそれを越えたとなると苦戦は必至だ。

 僕が旅に出た後に数ヵ月ほど体術を学んだのは、東部のロレロームと言う名の小国なので、……少しばかり心配になる。

 それにもしもズェロキアが中部以外にも目を向けたとなると西部への侵攻も……、多分ないとは思うけれど、絶対にあり得ないとまでは言いきれなかった。


 今度領主の館に行った時、バーナース伯爵にはこの話を教えてあげよう。

 数ヵ月前の話であっても、大陸の真逆の果てであるイルミーラには、届くまでに時間の掛かる情報であろうし、何らかの役に立つ事もあるかも知れない。


 西部地域の中でも更に西の方に属するイルミーラやツェーヌ、ロドロゴル辺りは、それぞれ意味合いは違うが非常に面倒臭い土地柄である。

 例えば比較的ズェロキアに近いロドロゴルは、国土の大半が湿地帯で沼地も多い。

 更に一部の沼は淀んで腐って瘴気を放ち、毒を持った魔物が棲み付く魔境の一つだ。

 下手に侵攻して迷い込めば、軍が丸ごと消えてなくなりかねない場所だった。


 そしてロドロゴルを抜けた所で、次に辿り着くツェーヌは国土の多くが湖で、しかもその湖の主は人間ではなく古き竜だとされている。

 安易に手を出すには、あまりにリスクの高い土地だろう。

 仮にそこまで辿り着ければ、すぐ隣には大穀倉地帯を抱えるフォーンがあるけれど、手を伸ばすにはロドロゴルとツェーヌが非常に邪魔だ。


 またイルミーラの厄介さは言うまでもない。

 イルミーラ自体が屈強な兵を多く抱えてる事もそうだが、仮にこの国が崩壊すれば大樹海が大きく広がって全てを飲み込んでしまう危険性がある。

 幾ら南下を悲願とするズェロキアと言えど、こんな面倒臭い土地を得たいとは思わない筈。


 だからこの情報が意味を持つ可能性は極々僅かなのだけれども、念の為に。



 ……今回の会報誌は、そのニュース以外に関しては、特に見るべき所は少なかった。

 ディーチェの妃銀の発表はまだされたばかりだろうから、会報誌に載るとしても次か、またその次辺りになるだろう。

 バーナース伯爵に見せた後にはなるけれど、カータクラ錬金術師店のフーフルにもこの会報誌は貸す予定だ。

 彼なら僕とはまた違った視点で、この会報誌から有益な情報を引き出すかも知れない。


 僕は十分に満足したから、会報誌をテーブルに置いて、実家からの手紙に目を通す。

 これを書いたのはどうやら兄で、ディーチェがイ・サルーテに辿り着いて、彼女から話を聞いたと言う風な事が記されていた。

 そして手紙の最後には、

『私にはお前が少しも理解できないが、私の理解の及ばぬ領域で錬金術師としての道を邁進するお前を誇りに思う。支援はするから、こちらの事は任せて好きにやれ。

 届く頃には少し遅くなっているが、十八歳の誕生日、おめでとう。偶には帰って来るように。きっと母が喜ぶ』

 なんて風に書かれてる。

 実にあの兄らしい言葉に、思わず笑みを溢してしまう。


 あぁでもそう言えば、色々と忙しくしていたからすっかり忘れてしまっていたけれど僕は春生まれで、誕生日はとっくに過ぎてしまってた。

 自分でも忘れてしまっていた誕生日を兄が覚えていた事が嬉しくて、僕は返事を書く為に紙とペンを手に取る。

 先ずは何から知らせようか。


 書き出しに付いて悩んでいると、上の階段から話声と降りる足音が聞こえて来る。

 その賑やかさに、僕は一言、実家の家族に伝えたい言葉を思い付いて、こう記す。

『今、僕はとても幸せです』

 ……と。



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