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ポツポツとポーション類が売れて、もうじき昼になろうかと言う時、彼は僕等の露店の前に現れた。
「失礼、少し、よろしいか?」
口を開くまではまるで存在感なんてなかった癖に、その一言を発した途端に凄まじい気配と圧力を発するその男。
ディーチェもその圧力に、何よりも彼の武力に気付いたのだろう。
目を大きく見開いて、何時でも飛び退ける様に僅かに身体を浮かしてる。
あぁ、そう言えば、そんな場面を見ないからすっかり忘れていたが、彼女もまたこの地まで旅して来た錬金術師で、戦う術の心得はあったのだ。
「どうぞどうぞ、でもこんな所で時間潰してて良いんですか? 貴方は武闘祭のメインなのに」
僕はディーチェの背を軽く叩いて、彼女の緊張を解す。
威圧感が強すぎて心臓には悪い男だけれど、それでも彼は敵じゃない。
少なくとも、今は。
そう、僕等の露店にやって来たのは領主の護衛にして、武闘祭の素手部門の覇者であるシュロット・ガーナー。
この町で最も強いかも知れない人間の一人だった。
確か彼の扱う流派は、波砕流の拳蹴派。
波砕流は南東の、海に面した国で生まれた拳術で、開祖が打ち寄せる波を拳で砕いて開眼したとされる武術だ。
主に船の上で使用される武術で、揺れる足場にしっかりと立って拳を振るう。
故に波砕流では足は地を掴んで立つ物であって、自身を不安定にする蹴りの技術は存在しない。
しかしその波砕流も海沿いの国から内陸に伝わって行く間に変化を遂げ、より大きな破壊力を求めて蹴り技を得た。
それが即ち拳も蹴も等しく重視する拳蹴派であり、イルミーラでも王都に大きな道場が存在している。
ガーナーはその大きな道場を開いてる家の名前で、シュロットはガーナー家でも有数の使い手なんだとか。
そんな彼がこの僕に、一体何の用事だろうか。
「私は予選には出ないから、時間は別に構わない。……君が素手部門に出てくれていれば、拳を交える機会があるかも知れないと思って気にはしていたんだが」
ポーションを一瓶手に取ったシュロットは、光に透かしてそれを確認し、丁寧に元の位置に戻す。
僕が並べてるポーションは、濁りのない品質の良い物ばかりだから、幾ら確認されても胸を張って見てられる。
しかしまさか、もしかしてシュロットは、僕と試合がしたかったのだろうか?
のそのそと水筒と鍋をポシェットから取り出し、水で満たした鍋を卓上コンロの魔道具の上に置く。
簡単に水が熱されて行くその様に、一瞬シュロットが目を見張る。
「理由があればそれでも良かったんですけどね。特に出たい理由もなかったもので。だったら痛い思いはしたくないじゃないですか」
つまみを弄って魔道具の火力を調節しながら、人数分の、三つのマグカップを取り出した。
この卓上コンロは、以前不満だった火力調節の方法を少し改良してあって、熱源である炎銅の合金の位置を、つまみで上下させられる様になっている。
つまり熱源を高い位置、近くに持っていけば、鍋が受け取る熱量は多くなり、逆に低い位置、遠くに持っていけば鍋に加わる熱量は少なくなると言う仕組みだ。
ローテクである事には変わりはないが、多少は使い易くなったと思う。
「……理由か。君は、君程の実力がありながら、それを試したいとは思わないのか? 戦う事、それ自体が理由ではいけないのか?」
随分と真面目な顔で問い掛けて来るシュロットに、僕は思わず笑みを浮かべた。
成る程、彼の質問に、一つ分かった事がある。
領主から来た手紙、武闘祭への出場要請は、僕を負かしたい訳ではなく、単に大会を盛り上げたかっただけでもなく、どうやら好意からの物であったらしい。
まぁ考えてみれば、強さを貴ぶ国であるイルミーラらしいのかな、とは思う。
高い功績を挙げた人物を、領主が直々に武闘祭に特別枠で招待する。
それは多分、僕にはピンと来なかったとしても、とても名誉な事なのだ。
人によってはそれだけで、褒章となるであろう位に。
金貨五枚が単なるオマケだと考えれば、色々と得心も行った。
でも僕にとっては……、
「それは戦いに浪漫を求める戦士の、強さに浪漫を求める闘士の理屈です。僕は錬金術師で、僕が浪漫を追い求めるのは錬金術に対してなので、素材が得られる訳じゃない戦いをする理由にはならないですね」
無駄な戦いは痛いだけのリスクしかない物だ。
そりゃあ少年漫画的なバトルが好きじゃないとは言わないが、見るだけでも十分に満足が出来てしまう。
どちらかと言えば強いだけじゃ実現できない事を、錬金術で成し遂げる方に浪漫を感じる。
だから僕にとっての戦いとは、採取を行う為の手段の一つに過ぎない。
三つのマグカップにコンソメスープの粉を入れて鍋の湯を注ぐ。
ティスプーンでクルクルと軽く掻き混ぜたら、立派なスープの出来上がり。
それをディーチェとシュロットに一つずつ渡して、僕も自分の分に口を付ける。
うん、中々に良い味だ。
この粉は採取の遠征中にスープが飲みたくて、前世のインスタントスープを参考に、飲食物の水分を除去する魔道具を開発して作った物。
けれども残念ながら、スープの香りは森の中では目立ち過ぎて、魔物を引き寄せる結果となったので結局遠征には持ち込めていなかった。
だけどこうして外で露店を開いたり、原っぱに座って昼食を食べるのならば、使い勝手も悪くはない。
「成る程、あぁ、君は戦いよりも、こうした物を作る方が楽しいのか。……だからこそ森の巨人は倒しても、私との戦いには心惹かれないと。理解が出来たよ。ありがとう」
シュロットはスープを口にして、目を細めてそう言った。
うん、まぁ、そう言う訳だ。
もし仮に、僕がシュロットと戦って勝たねばならない羽目になったなら、僕は自身に対して自動でポーションを使ってくれる魔道具を開発してから挑むだろう。
その上で再生のポーションを百、回復のポーションを千位用意すれば……、一撃で殺されない様にさえ気を付けていればまず負けはない。
例え拳で打ち勝てなくても、物量で相手を消耗させて勝利を目指す。
つまり戦いとは、結局の所は消費なのだ。
武闘祭の参加者も、彼等の治療に掛かるコストは決してゼロじゃない事を、出来れば知って欲しい物である。
スープを飲み終わったシュロットは、僕との会話に満足したのか、卓上コンロと置いてあったポーションを全て購入してから去って行った。
コンソメスープの粉に関しても聞かれたが、僕が製造に手を取られたくないから、スープの粉の販売は行わない。
尤もそれを作る為の魔道具に関しては、正式に注文があったならば応じようと思う。
結果として今回の武闘祭は、まぁ割合に儲かった。





