表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/83

20


「ねえ、ルービット、本当に困ってるのよ。どうにかならない?」

 一度視線を伏せてから、彼女はチラリと上目遣いで僕を見る。

 その声は甘い媚を含み、兎にも角にも艶っぽい。

 彼女の名前は、フレシャ。

 この歓楽街でも有数の高級娼婦にして、歌姫だ。

 そんな美貌と美声で知られた彼女に、こんな風に甘い声でねだられたなら、大抵の男は脳がとろけてしまったかの様に二つ返事でOKしてしまうのだろう。


 勿論、僕だって男だから、フレシャ程の美女に頼られたら嫌な気分にはならないし、力になってあげたいかなとは思う。

 でも残念ながら、僕は色々と詰め込めるポシェットは持っているけれど、何でもかんでも願い事をかなえてあげれる程に万能じゃない。

「うん、ならないよ。と言うかどうにかなるなら、最初から品物を渡してるしね。……事情も聞いたから、助けてあげたくはあるんだけれど」

 そもそもフレシャはこの店で良く買い物をしてくれる上客だから、誘惑なんてされずとも、可能であれば力になってる。

 だけど彼女は、僕の断りの言葉に少し悔しそうな顔をした。


 まぁそれはさて置き、しかしながら残念な事に、

「でも今は素材が足りないんだ。他は兎も角、森蜂の蜜が手元にないからね。鈴音の蜜玉は作れない」

 そう、フレシャの望みに応じるには少しばかり素材の在庫が足りなかった。

 幾ら錬金術師でも、無から有は生み出せない。

 回復のポーションもマジックバッグも、全ての錬金アイテムは素材があるからこそ、作成が出来る。


 彼女の欲しがってる鈴音の蜜玉とは、口に含んで溶かし、ゆっくりと摂取する事で使用者の喉を最良の状態に、或いはそれ以上に保つ錬金アイテムである。

 簡単に言えばのど飴だ。

 歌姫でありながらも時に客の飲酒に付き合わなければならない事もあるフレシャは、初めて僕の店を訪れた時からずっとこの鈴音の蜜玉を愛用していた。

 しかし今回、彼女はそんな鈴音の蜜玉を、可愛がってる下働きの童女につまみ食いされてしまったらしい。


 鈴音の蜜玉の服用は三日に一度、フレシャにはひと月分として十個入りの小瓶を金貨一枚で売っているが、まさか童女もそんなにも高価な代物だとは夢にも思わなかったのだろう。

 うっかりと机の上に置きっぱなしにされた蜜玉に、まだ幼い童女は好奇心を抑えきれずに口にしてしまい、その味の虜になって全て食べ切ってしまったと言う。

 童女も悪いとは思ったのだろうが、鈴音の蜜玉を錬金するのに使う森蜂の蜜は、大人でも一度舐め出すと夢中になって止まらないと言われる味なのだ。

 幼い子供の理性で歯止めを掛ける事は不可能だろう。


 因みに大樹海の浅層である森に棲む蜂、森蜂の蜜なら兎も角、中層以降に棲む樹海蜂の蜜の場合、加工せずにそのまま口にすれば依存症に陥るとすら言われるので、取り扱いには非常な注意が必要となる。


 フレシャは管理を疎かにした自分も悪いからと、下働きの童女には躾の意味合い以上の罰は課さなかったらしい。

 盗み食いが許されると思われても困るから、それに対する罰は与えるにしても、流石に金貨一枚もする鈴音の蜜玉は、幼い子供には弁償等不可能だから。

 

「だけどあの蜜玉がないと、本当に困るのよ。お客様は最高の私を求めて店に来るのに、それを提供出来ないのは、とても困るわ」

 彼女の言葉に、僕は頷く。

 自分を必要としてくれる客に、求められても応じられないと言うのは、プロとしては辛いだろう。

 実際、僕も今、フレシャの要求に応じられない事が少しばかり辛い。


 だが鈴音の蜜玉や、その素材である森蜂の蜜は、あまりに高価な品なので、僕も在庫を抱えてたりはしなかった。

 勿論、常連客である彼女の分は常に用意をしてきたけれど、金貨と引き換えにする様な代物を気軽に買えるのは、この歓楽街でも一番の美姫と名高いフレシャ位のものだ。

 何でも彼女とは一緒に食事をするだけでも大銀貨が何枚も必要で、それ以上を求めるならばフレシャに気に入られた上で、金貨を積む必要があるんだとか。


 要するに彼女が必要とする分量以上を作っても、鈴音の蜜玉は売れ残る品なのだ。

 まさか足りなくなるなんて事態を想定していなかったから、余分に作るなんて発想はなかった。


 ……まぁ、仕方ない。

 手元に素材がないから直ぐに対応出来ない事は仕方ないとしても、可能な限り早めに鈴音の蜜玉を補充する必要があるだろう。

「今から森に行って森蜂の蜜を採取してくるけれど、往復で六日は掛かるから、最短でも一週間は待ってね。うぅん、代用出来そうなもの、何かあったかな」

 僕は立ち上がってゴソゴソと戸棚を漁りながら、フレシャに向かってそう告げる。


 菓子として作った黒蜜の飴に、効き目がゆっくりと出る分、体力の消耗も然程にしない回復のポーションを選んでカウンターに置く。

 喉を専用に癒す為の品ではないけれど、今の状態を保つ役には立つだろう。


 パッとフレシャの顔に喜色が浮かぶが、その一瞬後、彼女はとても申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 困っているのは事実だとしても、僕に無理をさせたかった訳でもないのだろう。

 代替手段が手に入れば有り難い位の、軽い気持ちだったのかも知れない。

 だから僕が即座に森に向かうと決めた事に驚き、次に喜び、最後に申し訳なさを感じてしまったらしい。


「ゴメンね。ありがとう、ルービット。出来る限りのお礼はするわ。店に来てくれたら、私が相手するから、ね?」

 なんて事を言い出すフレシャだが、残念ながら、本当に非常に残念ながら、僕はそれは望まない。

 その申し出に魅力を感じない訳では決してないのだけれど、多分彼女に一度嵌まると、もう抜け出せなくなってしまいそうだから。

 僕は曖昧に笑って首を横に振り、フレシャの申し出を断った。

 するとやっぱり、彼女は少し悔しそうな顔をするけれど、僕はそれを見なかった事にして、気持ちを採取に切り替える。



 ……さて今回の目標である森蜂の蜜は、その名の通りに森蜂が森の中で集めた蜜を蓄え、自分達の魔力を加えて変質させた物だ。

 甘味としても極上である他、ポーション程ではないが身体の回復能力を高め、傷を癒す効果もある。

 また食しても加工して肌に塗っても美容に良いとされ、そちらの方面での需要が非常に高い。

 ねっとりと重く、黄金色に輝く様、或いはその貴重さから、砂金蜜とも呼ばれていた。


 しかし当たり前の話ではあるが、有用で貴重なものは簡単には手に入らない。

 森蜂は魔蟲、つまり魔物の一種であるが、単体ならば然程の脅威にはならないだろう。

 大きさは握り拳よりも少し大きな程度で、毒針は些か危険だが、度胸と冷静さを持ち合わせていれば成り立ての冒険者にだって狩れる魔物だ。

 飛行はしているが速度はあまり速くなく、寧ろ中途半端に大きな分だけ、普通の蜂よりも武器で捉え易い。

 妙に硬かったりもしないので、森蜂は鉄の剣で切り付けたなら、普通に真っ二つにして倒せる魔物だった。


 但しそれは、森蜂が単体だったらの話。

 森蜂は仲間が殺されると数十匹掛かりで報復し、巣を狙われたなら数千、数万の数で防衛を行う。

 また森蜂の巣の近くには、漂う濃厚な蜜の匂いに惹かれて来た人、獣、魔物を餌とする為、多様な種の魔蟲が集まりコロニーを形成している。

 ヒュージスパイダーの糸は触れれば熊でも絡めて捕らえるし、保護色で周囲の風景に紛れる迷彩蟷螂は、不意打ちで捕まえた相手を決して逃がさずにその頭部に齧り付く。


 要するに森蜂の蜜を欲するならば、数千の森蜂に加えて他の魔蟲もやり過ごし、或いは殲滅して巣に辿り着かねばならないのだ。

 森蜂の巣を中心に作られる魔蟲のコロニーは森の中でも特に危険な場所として知られ、イルミーラの冒険者達は森の中で甘い匂いを感じたら、欲張らずに直ぐにその場を離れろと厳しく教えられてるらしい。

 今から僕が向かうのは、そんな危険な場所だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観や主人公を取り巻く環境がとても丁寧に書かれていて読みやすかったです [一言] 今日見つけて全話読ませて頂きました。 独自の世界観がしっかり作り込まれていてとても面白かったです。 今…
[一言] いつも、作品を楽しみに拝見してます。 今回の展開は、ある程度長編になりそうな予感がしており、期待してます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ