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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
二章

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19


「えっ? えっ……? えええええっ!?」

 本当に驚いたのだろう。

 ディーチェのあげた驚愕の声が、地下二階の研究室中に響く。

 尤もこの研究室は中で何が起きても外に影響を及ぼさぬよう、非常に頑丈なつくりになってるから、全力で叫んだところで何の問題もない。


 彼女を驚愕させたのは、勿論ホムンクルスであるヴィールの存在だ。

 最高の設備が用意された錬金術師協会の本部ですら、現在、ホムンクルスは一体も存在してない。

 にも拘わらず西の果ての辺境に、しかも個人のアトリエの地下で、ホムンクルスが作成されているのだから、そりゃあ驚きもするだろう。


 ただ僕に言わせれば、設備に関しては兎も角として、貴重な素材は大樹海と言う魔境と接する、このイルミーラの方が得られる機会が圧倒的に多い。

 イ・サルーテの七家に管理された採取地も決して悪くはないのだが、それでも大樹海には遠く及ばなかった。

 故に新しい何かを研究するなら、僕はイ・サルーテよりもイルミーラの方が有利だとすら思ってる。


 反応が面白かったのか、それとも初めて見る僕以外の人間に興味を惹かれたのか、ヴィールは培養槽の中から楽しそうにディーチェを見ていた。

 ヴィールが好反応を示してくれた事は、何よりも有り難い。

 当たり前の話だが、僕の中では出会ったばかりのディーチェよりも、自らが生み出したホムンクルス、我が子であるヴィールの存在の方がずっと重いのだ。

 仮にヴィールが拒絶反応を示していたら、一度匿うと決めた以上は匿うにしても、少なくとも研究室への立ち入りは断る事になっただろう。


「この子はヴィール。見ての通り、僕のホムンクルスだ。ヴィール、こっちはディーチェ。暫く一緒に暮らす事になるよ」

 双方にお互いを紹介すれば、ディーチェはまだ衝撃が冷めやらぬ様にコクコクと頷き、ヴィールは嬉しそうな笑みを浮かべて、くるりと培養槽の中で一回転する。

 どうやら思った以上に、ヴィールはディーチェを気に入ったらしい。

 なんだか少し妬けるけど、ヴィールが楽しいのであればそれは何よりだ。


「僕の今の研究は、この子を外の世界で生きて行ける様にする事。でも煩わしい騒ぎにヴィールを巻き込みたくはないから、この子の存在は内緒にして欲しいんだ」

 僕は採取等で森に出かけ、ヴィールを一人にしてしまう事も多いから、事情を知る錬金術師がアトリエに居てくれる事は、考えてみれば実にありがたい事である。

 勿論、ヴィールの存在に関しての口止めは必須だった。

 もしかするとホムンクルスを培養槽の外で活動させる技術は、錬金術師協会に秘匿される可能性も皆無じゃない。

 そうなった時、完成品であるヴィールは僕の手の及ばない場所に持って行かれてしまうだろう。


 だからヴィールの存在は秘匿し続けるか、仮に公開するにしても十分な根回しが必要だ。

 まぁ世の中には魔物を使役したり、妖精と契約して連れ歩く人も稀にいるから、ホムンクルスである事を隠すのは、そんなに難しくはない筈。


 完成の目途も立っていないのに、気にし過ぎてる部分はあると思うけれども、完成してから秘匿したのではもう遅いから。

 口止めの言葉に頷くディーチェを見て、僕は安堵に胸をなでおろす。

 断られるとは思ってなかったが、もしも断られてしまったら、僕にはどうしようもなかった。

 精々がディーチェのほとぼりが冷めた後、アトリエを売り払って拠点を変えて行方を晦ます位しか手はなかっただろう。


 でもそんな僕の心配をよそにディーチェは、

「ルービットさん、凄いです。凄いですよ! ちゃんと動いて、ちゃんと生きてます!」

 とても興奮した様子で当たり前の事を言う。

 そりゃあホムンクルスなんだから、生きていて当然だ。


 寧ろ死体が培養槽に浮かんでたら、ちょっとではなく、大分引く。

 余程に大切な人の遺体なら、もしかしたら腐敗を防ぐ為にそうやって保存してる人がいるかも知れないけれど、しかし目の当たりにするとやはり少し怖いだろう。

 或いは怪談のネタとしてなら、割とありそうなシチュエーションでもある。

 攫われた子供を探して錬金術師の館に踏み込んだら、地下にはずらりと子供の躯が浮かぶ培養槽が並んでた……、なんて風に。


「ローエル先生には、ルービットさんの所に行けば、きっと今まで見た事ない物が見れると言われたのですけれど、本当に見た事もない物が私を待ってました! 是非、是非、この子が外に出られる研究、私にも手伝わせて下さい!」

 大はしゃぎでそんな事を言うディーチェが、果たして口止めの件をちゃんと覚えてくれているのか、思わず心配になってしまったが、同時に少し懐かしさも感じる。

 もしもこの場に、ローエル師が居たならば、多分きっと、ディーチェと似た様な申し出をしてくれただろう。

 ローエル師も普段は落ち着いていたけれど、新しい発見があった時は、こんな風に無邪気にはしゃぐ人だった。


「魔法金属や、魔法合金の分野でなら、私、きっとこの子の役に立てると思うんです」

 ディーチェが培養槽に手を当てると、ヴィールがガラス越しに手を合わせてる。

 どうやらヴィールも、ディーチェの協力に否やはないらしい。

 実際の所、それは頼もしい申し出だ。

 ヴィールが外で活動する為に、僕が作ろうとしてる霊核は、多分魔法合金を素材とする事になる。

 故に僕よりも魔法合金の扱いが上手いディーチェの存在は、実にありがたいどころか、運命的な物すら感じてしまう。

 勿論、同時に同じ位の悔しさも味わっているのだけれども。


 だけど大切なのは、ヴィールが外の世界を歩ける様になる事だ。

 その技術を完成させる道が開けるのなら、必要以上に独力に拘る必要はなかった。

 もしかしたら、僕のヴィールが完成した後、ディーチェも自分のホムンクルスを作りたがるかも知れない。

 それは多分、とても素敵な事だろう。


「ありがとう、ディーチェ。じゃあ僕が考えてる外でヴィールの存在を維持する方法、霊核について説明するから、意見があったら教えて欲しい」

 そう言って、僕は握手を求めて手を差し出す。

 本当はこの後、ディーチェを歓迎する料理を作ろうと思っていたけれど、そんな物は後回しだ。

 何せ錬金術に関して意見をぶつけ合う事ほど、楽しい時間は他にないから。




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