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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
二章

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 ディーチェ・フェグラーと言う名前には残念ながら心当たりはなかったが、彼女が出したもう一つの名前、ローエル師に関しては心当たりがあった。

 ローエル師は、僕がイ・サルーテの、錬金術師協会で学んでいた頃の導師で、恩師と呼ぶべき一人だ。

 見た目はとても温厚そうな、ちょっと小さいお爺ちゃんである。

 そしてそのローエル師こそが、僕が知る限り最も魔法合金の作成に長けた人物だった。


 イ・サルーテに本部を置く錬金術師協会は、錬金術師を支援、或いは管理する組織だが、同時に錬金術師を育てる教育機関であり、錬金術を発展させる研究機関でもある。

 錬金術は魔力によって成り立つ技術である為、この世界の定義に当て嵌めるならば魔術の一種だ。

 故に誰もが習得できる技術と言う訳では決してない。

 少なくともある程度の魔力の保有量と、それを扱える才能を持つ事が、錬金術を扱う為の必須条件である。

 またそれ等の知識を持っていたとしても、幅広く深い知識がなければ、やはり錬金術は扱えない。


 要するに錬金術は非常に便利で優れているけれど、あまりに難しい技術だった。

 それ故に、個々人が知識を秘匿していては、昔ながらのやり方で師が個人的に弟子に口伝で伝えるばかりでは、錬金術は発展せずに少しずつ失伝し、いずれは消えてしまうだろう。

 そんな危機感が錬金術師達を集めて知識を共有し、才能ある次の世代に伝える組織、錬金術師協会を成立させたのだ。


 各地に支部を建てて才ある者を集め、錬金術とそれを扱う為のモラル、或いは守るべきルールを教え込む。

 圧倒的多数である、錬金術師でない者達から危険視されぬ為、危険な技術を管理し秘匿する。

 そうやって勢力を拡大したからこそ、各国は錬金術師協会を無視できなくなり、錬金術師を一方的に搾取しないようになった。


 勿論、その国に住む以上は稼ぎに応じた税金や、人頭税なんかも支払うけれども、少なくとも城に繋がれて、延々とポーションを作らされ続けると言ったような事は、今の時代にはない。

 現在の錬金術は、錬金術師協会があるからこそ成り立っていると言っても、然程に過言ではないだろう。


 但し、人が集まれば派閥が出来る。

 それは錬金術師であっても変わらず、錬金術師協会の中にも派閥はあって勢力争いは行われていた。

 僕が生まれたキューチェの家は、イ・サルーテに七家しかない領地持ちの錬金術師の家系だ。

 他の国で言うならば、貴族の様な物だろう。


 錬金術師が領地を持っているからと言って、権威を持つと言われてもピンと来ないかも知れない。

 だから分かり易く言い換えると、キューチェの家はイ・サルーテの国土で採取できる素材の、七分の一を独占している。

 当然、残りの七分の六は他の六家が。


 山、森、湖、川、沼地に採取に入る為には、その地を保有する七家に許可を得なければならなかった。

 許可を得る為には金銭を支払うか、或いはその七家を支持する派閥に入る事が手っ取り早い。

 またイ・サルーテの農地では、およそ食料品が三、薬草が七の割合で育てられており、薬草の品種改良も盛んだ。

 しかしその薬草を、どれだけの量を国外に輸出し、どれだけの量を錬金術師協会に納めるかは、土地の保有者である七家の権限において決まる。


 ……とまぁ、その様な感じで領地持ちの家の権威は強く、錬金術師協会内には七つの派閥が存在して、それぞれ競い合っているのだ。

 尤も派閥争いと言えばイメージは悪いが、その競い合いがあるからこそ、錬金術の発展が促進されてる面もある。

 七家としても錬金術の、錬金術師協会の為に尽力を惜しんではいない。


 例えば、錬金術師協会に納める薬草は、全て七家からの寄付と言う形になっている。

 それを育てる土地、人手を考えれば、七家の財政には大きな負担になっているにも拘らず、錬金術師協会の創設からこれまで、一度も対価を受け取った事はないんだとか。


 とは言っても、やはり一般の錬金術師から見れば七家の人間は派閥のトップに近い存在だ。

 それに加えて僕は錬金術の習得速度が非常に早かった事もあって、周囲からは一歩引かれ、良くも悪くも特別扱いを受けていた。

 勿論、それは仕方のない話だろう。


 だけどローエル師を含む一部の導師達は、僕の実家がどうあれ、僕の年齢がどうあれ、その時の実力に応じて、一人の錬金術師として扱ってくれた。

 その時、周囲の態度に多少うんざりしていた僕にとって、その真っ当な扱いが実に心地良かった事を、今でもはっきり覚えてる。

 そしてそんな導師達の中でも、特にローエル師は僕に自分の研究に関わらせてくれたりと、色々と目を掛けてくれた人だ。

 僕がキューチェの家が割れぬ様にイ・サルーテを出ると決めた時も、非常に惜しんでくれたし、それでも背中を押してくれた。

 紛れもなく、恩師と呼ぶべき人である。



 さて、そんなローエル師からの手紙を読み終えた僕は、

「……成る程ね」

 思わず溜息を一つ溢す。

 恩師からの手紙には、これを運んで来てくれた彼女、ディーチェを暫く匿って欲しいと書いてあった。

 可能ならば、金の稼ぎ方を教えてやって欲しいとも。


 何でも彼女は、北方の帝国、ズェロキアの貴族であるフェグラー家の庶子らしい。

 ディーチェの父は彼女を愛し、平民となっても自由に生きられる様にと、錬金術師の道を後押ししてくれていたそうだ。

 しかしその父が病に倒れ、フェグラー家の実権をディーチェの異母兄が握ると、その兄は彼女を家に呼び戻そうとした。

 凍らぬ地への南下を悲願とするズェロキアは、常にと言って良い程に、他国と戦争関係にある。

 故に錬金術師として確かな実力を身に付け、イ・サルーテでもローエル師の愛弟子として名の知られつつあったディーチェを、その戦争に利用して家の名を上げたかったのだろう。


 ローエル師の得意分野は、魔法金属や魔法合金の取り扱いだ。

 それを彼女が身に付けているなら、軍の強化にはもってこいの人材と言う事になる。


 勿論そんな事は、良く転がってる話であった。

 身に付けた技術を祖国の為、家の為に役立てる。

 それは咎められる事でも何でもない。

 錬金術はとても強い力だが、たった一人の錬金術師の存在で戦争の結果が決まる訳じゃないのだ。

 何故ならそれ程までに影響力の大きな技術は、錬金術師協会が管理し、秘匿しているから。


 だからディーチェが望むのであれば、ローエル師は惜しみつつも彼女を送り出しただろう。

 ……そう、ディーチェが望むのであれば。


 けれどもディーチェは、実家への帰還を拒む。

 ローエル師から学んだ技術を戦争に利用されたくなかったのか。

 或いはそもそも彼女は異母兄に不信感を抱いていたのか。

 その辺りの事情は分からない。


 でも当人が拒んだにも拘らず、その異母兄は七家の一つであるクローネン家を通じて、錬金術師協会にディーチェの身柄を引き渡すように要請したそうだ。

 クローネン家は大国であるズェロキアの貴族に恩を売るチャンスだと錬金術師協会に働きかけ、その動きに危機感を覚えたローエル師は、キューチェ家を頼ったらしい。

 そこで僕の詳しい近況を知ったローエル師は、ほとぼりが冷めるまでの間、僕にディーチェを預ける事を思い付いたんだとか。


 まぁ要するに、ディーチェ・フェグラーと言う女性は、ちょっとした厄介事だった。

 フェグラー家に関しては、まぁ別にどうでも良い。

 何せズェロキアとイルミーラは非常に行き来がし難い位置関係にあるから、ローエル師か僕の実家が口を割らない限り、彼女の居所がバレる心配はまずないだろう。

 そもそもイルミーラとイ・サルーテですら、船を使っても二ヵ月か、最悪三ヵ月は移動に掛る。


 だからディーチェがイルミーラにやって来た時点で、追手の心配は然程にないのだ。

 しかしそれでも、匿って欲しいと願われたなら、宿を手配してそれで終わり、と言う訳にはいかない。

 匿うならば、どうしても僕のアトリエに彼女を住まわせる必要があった。


 すると必然的に、僕のホムンクルスであるヴィールの存在はバレるだろう。

 店で雇う程度なら兎も角、完全に同居をするともなれば、同じ錬金術師であるディーチェに誤魔化し切れるとは到底思えない。

 ついでに、これまで見知らぬ女性と同居なんてした経験のない、僕の気持ち的にも色々と厄介である。


 だけど、僕はもう一度ローエル師からの手紙に目を通して、一つ頷く。

 そう、恩師の頼みを断る心算はやっぱりなかった。

 ローエル師は僕ならばと見込んで頼ったのだ。

 ディーチェはそんなローエル師を信じ、船で二ヵ月、三ヵ月とかけてこの辺境までやって来た。

 見捨てるなんて選択肢を取れる筈がない。


 一体ヴィールには、彼女の存在をどうやって説明しようか。

 またディーチェにも、ヴィールの存在をどうやって説明し、また口止めしようか。

 それは大いに悩ましいけれど、吹き込んで来たディーチェ・フェグラーと言う名の新しい風は、僕の歩みを一歩進めてくれるかも知れない。

 そんな期待を少しだけ持ちながら、僕は返事を待ってる彼女に向かって、笑みを向ける。




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