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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
二章

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 金貨一枚は大銀貨十枚、大銀貨一枚は銀貨十枚、銀貨一枚は大銅貨十枚、大銅貨一枚は銅貨十枚で、銅貨一枚あれば安い黒パンが一つ買える。

 また金貨と大銀貨の間には、金貨の半分の価値がある、半金貨、或いは金片と呼ばれる物があり、銀貨と銅貨の間にも半銀貨、銀片が同様に存在していた。

 この大陸では、西方も北方も南方も東方も中央も、貨幣の価値はおおよそ同じだろう。


 地域によって、国によって、貨幣のデザインは違っても、大きさや重さは殆ど変わらず、どこに持って行っても金貨は金貨、銀貨は銀貨として価値が保証されるのだ。

 あぁ、勿論、それが異常な事であると、前世の記憶を持つ僕は思ってる。

 だけどこの大陸では昔からそうなっており、今更それに疑問を持つ人は、多分殆どいない。


 ……まぁさて置き、彼女が半額どころか、本来の価値からすれば一割か二割の値段で露店に置いているにも拘らず、買い手が付かないのには理由がある。

 それは確か以前にも述べた気がするけれど、大樹海と言う魔境と密接に関わる国であるイルミーラでは、偽魔鉄の需要が低いからだった。


 偽魔鉄の弱点は、魔力を帯びた攻撃だ。

 魔力を帯びた攻撃を受ければ、不壊の金属から単なる質が悪く脆い鉄に成り下がってしまう。

 そして魔物は、その殆どがその攻撃に魔力を帯びる。

 一応は人間も魔力をその身体に秘めるのだけれど、魔物と違って人間は全員がその魔力を活用できる訳じゃない。


 故に偽魔鉄は、人と戦う為に用いられる金属だった。

 特に短剣に加工してあるなら、その使用目的は護身用。

 山賊だの海賊に襲われるかも知れない旅のお供としてはそれなりに心強いが、森で魔物との戦いに明け暮れる冒険者達には不要な品だ。


 つまり幾ら品が良く、また安くても、求められていない物は買われないと言う話である。

 先日、偽魔鉄の大量注文を受けた僕が言ってもあまり説得力はないが、あれは何でも、この町の領主が装甲馬車を仕立てる為に必要としていたらしい。

 非常に特殊な事例だった。


 また値段が安過ぎるのも、品が粗悪ではないかと疑われ、買い手を遠ざける要素の一つだ。

 この短剣に使われてる偽魔鉄の品質を見抜ける人間なんて、アウロタレアの町にはそうは居ない。

 僕と、鍛冶師のティンダルを加えても、多分両手の指で数えられる。

 ……あぁ、もしかしたら、僕のホムンクルスであるヴィールも、先日散々偽魔鉄を見たから、もしかしたら見抜けるかも知れない。

 でも本当に、その程度の人数だろう。


 目の肥えた旅商人が訪れて気紛れに買い求める、そんな事が絶対にないとは言わないが、彼女が露店を出すこの場所は、西門近くの大通り。

 西門は森に向かう為の門だから、訪れる客の層はどうしても冒険者が中心だ。


 そうした理由から、僕はこの短剣は売れないと判断し、言葉を選びながらも彼女に告げる。

 それは大きなお世話なのかも知れないけれど、僕としても本当に良い品があんまりな安値で売られようとしていて、しかも誰も買わないだなんて事態を放って置きたくはなかったから。



「そう、なんですか……」

 僕の言葉に、彼女は酷く衝撃を受けた様子だった。

 物が良くても売れないなんて事は、想像の埒外だったのだろう。

 その気持ちは、僕も少しだがわかる。

 故郷の、イ・サルーテで学ぶ錬金術師達は、良い物が良いと正しく評価され、良い物を作る事こそが世界に対する貢献だと教えられ、考えていた。

 謂わば錬金術師の理想に浸って育つ。


 僕は前世の記憶を持っていたから、理想と現実が違うと言う事は知っていた。

 だけどそれでも、旅に出たばかりの時、イルミーラに辿り着いてアトリエを開いた時、理想と現実はこんなにも違うのかと驚いた物だ。

 例えば、イ・サルーテでは水洗式のトイレや下水設備がごく普通に存在したのに、他の国々、イルミーラのトイレは、なんと汲み取り式だった事とか。

 自分のアトリエには錬金術による処理システムを搭載したが、他所でトイレを借りる時は未だに僅かな躊躇いを感じる。


「うん、だから正直、このままその短剣を売ろうとするのは、よした方が良いと僕は思う」

 些か以上に踏み込み過ぎてる気はするけれど、僕は彼女にそう提案した。

 勿論、金を稼ぐ為の対案は用意してる。

 一つは、ティンダルの鍛冶屋に行ってこの短剣を見せる事。

 僕が一緒に付いて行くか、それとも彼女に僕の名前を教えておけば、少なくとも見もせずに追い返されたりはしない。

 そして短剣を一目でも見れば、ティンダルなら彼女の腕を正しく把握するだろう。


 或いは、魔法合金の作成以外にも技術があるなら、僕のアトリエで少しの間なら働いて貰っても良かった。

 僕は彼女から学べる事があるだろうし、もしかしたら彼女も僕から学べる何かがあるかも知れない。

 当然、給金は正しく支払う心算である。


 また彼女の用事がどうしても急ぎで、働いてる時間なんてないのなら、この短剣を僕が買い取っても良い。

 森で僕がこの短剣を武器として使う事はないだろうけれど、偽魔鉄を作成する見本として、アトリエに飾るだけでも刺激にはなりそうだから。

 但しその場合は、こんな安売り価格でなく、正しく見合った価格で譲って貰うけれども。


 僕がそれを、どの様に伝えるべきかと、少し言葉を選んでいた時、

「あの、ありがとうございます。ここまで詳しく話してくれるなんて、錬金術師の方なんですよね? あの、だったらお願いがあるんです!」

 だけど彼女が先に口を開く。

 多少躊躇いながらも、目を逸らさずに真っ直ぐこちらを見つめて。

「私は、このディーチェ・フェグラーは、ローエル師の言いつけでこの町に住む、『ルービット・キューチェ』と言う錬金術師の方を訪ねて参りました。生業を同じくする方でしたら、彼の所在をご存じではないでしょうか? ご存じでしたら、どうか教えてくださいませんか?」

 そんな言葉を口にした。


 ……えっ、僕?



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