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錬金術師の過ごす日々  作者: らる鳥
二章

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 アウロタレアの町は十字に大通りが走り、その二本の大通りが交わる場所は広場になっていた。

 町の中心部にあたるその広場、中央広場では、定期的に市が開かれる。

 週の初めは食料市、週の中は雑貨市、週の終わりは武具市と言った具合に。

 食料市では東の村々から食料を運んで来た村人達や、遠くから珍しい食べ物を運んで来た行商人が露店を出す。

 雑貨市はその名の通り、色々な物を扱う露店が中央広場に所狭しと並ぶ。

 武具市は鍛冶師の弟子達が、自分の作品を駆け出しの冒険者相手に安く売っていた。


 そしてそんな市の中でも特別なのが、月に一度の大市だろう。

 大市の時は中央広場だけでは収まらず、大通りのそこかしこに色んな物を売る露店が並んで、ちょっとしたお祭りの様になっていた。

 またそれとは別に、アウロタレアの町では年に二回の闘技祭、春の中頃に花祭り、秋になったら収穫祭と、大きな祭りも幾つかある。


 他の祭りが年に一度なのに、闘技祭だけが夏と冬の二回あるのは、イルミーラらしい特徴だ。

 イルミーラの民は、強さを貴ぶ。

 これは一般の民ばかりでなく、貴族ですらもそうなのだとか。

 貴族は謂わば武家であり、王はそれを取り纏める頭領の様な物らしい。

 国全体が危険な辺境に存在し、開拓によって国土を切り取り維持しているのもあって、統治者に求められるのは領地を守り、更に広げる為の力と知恵だ。

 故に領主は、祭りの中でも特に闘技祭を重視し、優秀な成績を残した強者を召し抱えたり、民の戦意を高揚させる事に熱心だった。


 まぁさて置き、今日は祭りでこそなかったが、月に一回の特別な日、大市が開催される日。

 僕はこの、大市の日が好きだった。

 尤もそれは僕だけでなく、アウロタレアの町の住人ならば大抵はそうであろうけれども。


 こんな日に店なんてやってられないので、閉めてしまって僕は大通りや、広場をのんびりと歩く。

 別にこれと言って欲しい物がある訳じゃない。

 でも大市の露店を見まわってると、人の物に対する価値、評価は様々なんだなと感じさせられて面白いのだ。

 例えば掘り出し物は、露店の主にとってはそこまで価値が高いと感じられないから、本当は高価な物が安く売ってる。

 勿論、露店の主もその価値を知った上で、見抜ける人に売ろうとしてる場合もあるだろう。

 故に売ってる物を見、売ってる人を見、その意図を見抜くのがとても楽しい。


 また時には僕が全く知らなかった物まで、大市では露天に並んでる事があるのだ。

 未知との出会いは森だけでなく、町にだって転がっていた。

 僕はそれを知った時、まるで目が開かれた気分がしたものである。


 アトリエの培養槽から動けないヴィールも、大市で購入したお土産はとても喜ぶ。

 物自体が嬉しいのかどうかは謎だが、それを選ぶに至った経緯や、その日にあった出来事なんかは、とても楽しんで聞いてくれる風に感じる。

 何時かは大市にも連れ出してあげたいと思うのだけれど、今はまだその目途は立ってない。

 完成のイメージは頭にあるが、そこに辿り着く為の道が、まだ薄っすらとしか見えていない状況なのだ。


 必要な物は多くの素材。

 魔力を豊富に秘めていて、生態に適応して悪影響を与えない素材が欲しかった。

 勿論、そんな都合の良い素材は、どんな錬金術師だって欲しいだろう。

 もし仮に伝説に名を残すばかりの魔法合金、竜鋼辺りが手に入れば全ての問題は解決するのだけれど、流石に大市にそんな物が売っていよう筈はない。



 だが当たり前だが竜鋼は売っていなかったが、僕は一つの露店を見付け、足を止める。

 その露店は大通りの端っこに、いかにも所在なさげにポツンとあった。

 一体その露店の何が気になったかと言えば、売りに出された品と値段、それからどう見てもこう言った場に慣れていなさそうな、露店の主の女性に対して。


「すいません、その短剣、見て良いですか?」

 僕がそう声を掛けると、居心地が悪そうにしていたその、二十歳程に見える女性は、ぱぁっと表情を明るくする。

 淡い金髪の、美人と言って差し支えの無い整った容姿。

 それからその抜ける様な肌の白さから察するに、恐らく彼女は北東に広がる大帝国の出身だろう。


 氷の帝国、ズェロキアの人々は、その容姿から雪人と呼ばれる事がある。

 何でも遠い祖先が、雪の精霊と人の間に生まれた子だとの言い伝えが残っているから、そんな呼び方をされるらしい。


 けれども僕が気になったのは、彼女の容姿ではなく、微かに香る嗅ぎ慣れた匂い。


「えぇ、是非見て行って下さい! 良い物の、筈なんです!」

 なんて風に、勢い良く言う彼女の許可を得て、僕はその売りに出されていた品である、短剣を手に取る。

 造りは平凡で、取り立てて見るべきところはない。

 この短剣を打った鍛冶師は、甘めに採点しても並の腕前だ。


 しかしその刃を構成する金属は、

「良い偽魔鉄だね。魔力の具合から察するに、そこそこ良い魔物の骨を混ぜてる。でもそれ以上に、錬金術師の腕が凄い。混ざり方が本当に均一だから、金属自体の強度がそんなに落ちてないし、保有魔力にムラがない」

 実に見事な魔法合金、偽魔鉄だった。

 刀身を念入りに観察しながら、僕はそう評価する。


 ちょっと信じがたい位に見事な偽魔鉄だ。 

 もしかしなくても、これを作った誰かは、僕より魔法合金を作成する腕が良い。

 それは正直な話、少しショックを受ける位に衝撃的な事だった。

 何故なら僕は、自分より上手く魔法合金を作成する錬金術師なんて、故郷であるイ・サルーテの、錬金術師協会の導師級にしか会った事がなかったから。


「これは、貴女が?」

 そう問う僕の声は、もしかしたら震えていたかも知れない。

 でも彼女はそんな僕の内心には気付いた風もなく、

「はい、そうなんです。旅の間、ずっと使って来たから思い入れのある品なんですけれど、どうしてもこの町に暫く滞在するお金が必要で……」

 困った風に笑みを浮かべてそう言った。



 成る程、どうやら彼女にも、何らかの事情があるらしい。

 僕は観察し終わった短剣を返して、一つ頷く。

「大銀貨五枚って、物凄く安いね。偽魔鉄製の武器は本当なら金貨で取引される物だし、この金属の質なら、金貨を四枚か五枚の価値は付いてもおかしくないのに」

 勿論、彼女だってそんな事はわかっている筈。

 思い入れのある品を、ありえない位に安く売ってでも、すぐさまお金が必要な事情が彼女にはあるのだろう。


 でもだけど、そうだとしても……、

「だけどこの品は、この町では売れないと思う。うぅん、この町と言うか、この場所では売れないかな」

 僕は首を横に振り、彼女に向かってそう告げる。

 その言葉に、彼女はその綺麗な顔に一杯の疑問符を浮かべ、こてんと不思議そうに首を傾げた。



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