スライムとの激闘
記念すべき勇者のデビュー戦は残念ながら散々な結果となってしまった。というよりあんな状態でモンスターと戦うなんて、勇者でなくとも無理な話だろう。
それにパンイチの勇者がモンスターと一対一で戦っている一枚絵なんて、誰が欲するというのか?ある意味伝説的な光景ではあると思うけども......。まあ、戦利品として奇妙な鍵を手に入れることができたので、結果オーライではあるけれども。
「というか今さらなんだけどさっきのお前の魔法、あれめちゃくちゃ凄くねえか? 何か物語の終盤でやっと習得しそうな大魔法って感じだったし」
危うく巻き添えを食らうところではあったが、あの威力は相当なものだ。というかこいつ、全体的に僕よりもスペック高いよな? 名付け親の僕よりも遥かに......。
「あー......、あれね。正直私もよく分かんないのよ。適当に頭の中で思い浮かんだ言葉を呟いたら、あの魔法が勝手に発動しちゃったのよ。それにさっきの魔法で魔力をほとんど消費したせいか、かなり疲労がきてるみたいなの。そんなわけで後は任せるわ」
「マジかよ、ということはさっきみたいな大技はもう使えないってわけか」
まあ、ミミックは何とか魔法で撃退したし(僕は一切何もしてないけども)、もうあんな強いモンスターが出現することは当分ないはずだ。今の内にどうにかしてこの森から抜け出さないと......。
キュー
「ん?この声は?」
キュー キュー
随分と可愛らしい声でこちらにゆっくりと近づいてきたのは、ファンタジー世界ではお馴染みの、水色でゼリー状のボディを持つあのモンスターだった。
「おお、遂に来たか!」
小さな身体をプルプルと震わせながら、二匹のスライムが目の前に現れた。流石はファンタジーにおいて雑魚の中の雑魚と呼ばれるだけあって、見るからに弱そうだ。これならひのきの棒はおろか、素手でも余裕で勝てそうだ。
「スライムが二匹ね......。いくらなんでもその程度の相手なら、私に頼る必要なんてないでしょ? というか頼られたら思い切り引くけど......」
「おう、任しとけ! さっきは相手が悪すぎて失敗したけども今度は何とかなりそうだ」
寧ろ所詮の相手がミミックだったお陰で、余計にスライムが可愛く見えるぐらいだ。しかしスライムといえど、凶悪なモンスターであることに変わりはない。僕は右手に握り拳を作り、スライムのボディ目掛けて強烈なパンチを叩き込んだ。
しかし、その渾身の一撃は僕の予想を大きく裏切った。
プニョーン
「......?」
ん、どういうことだ? 攻撃に対しての反応がないだと? まさかダメージが入ってないのか? いや、手応えは確かにあった。ならばもう一度......。
キュー!!
と、ここでスライムの一匹が僕のパンチに合わせて、なんとカウンター攻撃を仕掛けてきた。
小さなスライムのボディが僕の腕を横切って、猛烈な勢いでへその辺りにぶつかってくる。とはいえ所詮はスライムの攻撃だ。大したダメージではないは......、
「ぐわあっ!!」
と、高を括っていたら結構なダメージを食らってしまった。そんなことより何だよ、このダメージは!?一瞬鉄球でもぶつかってきたのかと思ったぞ!!スライムなのにとんでもない威力だ。
しかし息つく間もなく、もう一匹のスライムが同じように全身をバネのように使って、ボディアタックを仕掛けてきた。
「あだっ!!」
今度は背中の隙をつかれて、背後から勢いよく体当たりを食らってしまった。実に見事な挟み撃ちだ。スライムの癖に連携プレーが非常に上手い。
「......」
「メアリーさんっ!? そんな見下すような眼で見ていないで、仲間がピンチなんだから早く助けてくれよ!?」
「......スライムにこてんぱんにやられる勇者なんて、死んだ方がマシだと思わない?」
「全然マシじゃないですよ!? というかこいつらが異様に強すぎるんだよ! スライムじゃなくて、スライムに似てるだけの化け物だよ、これ!?」
「そんな言い訳聞きたくないわ。諦めが悪いのは勇者として恥ずべきことよ?大人しく死になさい」
何でこいつ、こんなに僕に厳しいんだよ!? 何か前世とかで僕に不幸な目に遭わされたのかな? だとしたらこの結果は自業自得ということになるが......。いや、そんなわけあるか!!
『カークス』
キュッ!!!?
と、そんなことを考えていたら、二体のスライム達が急に身体から火を吹き始め、一匹はそのまま火の熱で溶けて消えてしまった。もう一匹はすぐさま近くの池に飛び込んで去って行った。どうやらメアリーが魔法を使って援護してくれたようだ。何だかんだ頼りになるな。
「おお、瞬殺か......」
それにしてもやっぱりこいつ強いな......、僕が苦戦した相手をこうも圧倒するとは。しかも魔力をほとんど消費したうえでだ。
「へぇ、驚いたわね。スライムなのに中々やるじゃないの。一匹仕留めそこなったわ」
「なっ、行った通りだろ? あいつら見た目以上に強いんだってば」
「ええ、そうね。その顔がムカつくけども......」
どうやら僕の言葉が本当のことであったことに、機嫌を悪くしているようだ。
「......仮に考えられることがあるとすれば、このスライムが野生ではないってとこかしらね。明らかに普通のスライムよりも動きぐ違うし、相当鍛えられているわ」
?野生じゃあない? それってイエネコみたいに誰かに飼われているってことなのだろうか?
「......さっきのミミックもそうだったけれど、明らかにその辺のモンスターよりも利口だしレベルも高かったわ。ちゃんと戦う相手に優先順位をつけているのよ。敵を倒すならまずは弱者から......、あんたが積極的に狙われているのは、つまり単純に自分達よりも弱いからってことかしらね」
その言い方には腹が立つけれど、確かにメアリーに対してスライム達は襲いかかろうとしていない。なるほど、戦う相手をしっかりと判断しているのか。
「というよりそもそもこの森の中にミミックが潜んでいた時点で、色々とおかしいんだけれどね。この辺のモンスターでないことは最初から分かっているし......、せいぜい誰かがここまで連れてきたって感じかしら?」
「誰かって、誰が何のためにだよ?」
「......理由なら直接本人に聞けばいいんじゃない? ......そこのあんた、隠れてないでいい加減に出てきなさい」
「え?」
すると僕の背後にある木の影から、見知らぬ男がぬるりと現れる。
「えっ、誰だ!?」
「......馬鹿な、いつから我に気づいていたのだ?」
「わりと最初からよ。誰かにずっと見られているって感じがしてたし......、気づいていないフリはしてたけれど」
「見事だ、だが気づいたところでもう遅い。観念しろ悪党共め!!」
「えっ、悪党?」
どうやら、まだまだ冒険は始まりそうにないようだ。