デビュー戦 その1
異世界ラーガの五つの大陸で最も小さな大陸、ラビオ大陸に僕と神の使いの少女は転移していた。
結局僕には転生する以外の選択肢しかなかったので、そのまま別世界へ勇者として転移することを選んだわけだ。しかしまたしても色々と誤算があったが......。
「おい、ちょっと待てぇー!! どうなってんだこりゃあ!? いきなり森の中に瞬間移動したと思っていたらどうなってんだよ、この格好は!?」
気づいたときには時既に遅く、さっきまで着ていた服がいつの間にか脱がされていて、僕は何故かパンイチという訳の分からない姿になっていた。
「おいっ、神の使い!! こりゃあどういうことだよ? 一体何の冗談だっての!?」
「はぁ? うるさいわね......、今度は何?」
「みて分からねえのか!? さっきまで着ていた服が脱がされていて、パンツだけになっているんだよ! どうなってるんだよ!? こういうとき、初期装備は布の服とか、皮の鎧とかそれなりに装備しているはずだぞ!?」
「贅沢言わないでくれないかしら? あんたは急遽勇者として転生することになったから、色々準備が整ってないのよ。というか、さっきまであんたが着てた白のパーカーとジーンズじゃあ、どう考えてもファンタジー世界にはミスマッチでしょう? パンツだけでも支給してあげたんだから、感謝するべきでしょ?」
......ぐうの音も出ない正論とはいえないが、一理ある。確かにさっきまでの僕の格好では、完全に浮いてしまうとは思う。だからといって勇者をパンイチ状態にして、冒険をスタートさせるのはどうかと思うが......。
「とにかく、あんたの役目は魔王として転生したもう一人の自分を勇者として討伐すること、それさえやり遂げれば万事解決なんだから気張りなさいよ? 全く、付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ......」
「そりゃあ分かってるけども......,というかあれ? お前も僕の冒険に付いていくの? 神の使いの仕事とかはどうしたんだ?」
「......だってしょうがないでしょ? あんたがこうなったのは元はといえば、神様のくそジジイのミスからだもの。あのジジイが贖罪として、私にあんたをサポートするように命じられたのよ。ホント最悪だわ......。どうして私がこんな酷い目に合わなきゃならないのよ......」
それはこっちのセリフなのだが......。お前よりも僕の方が酷い目に合ってるっての。だがこれはいいことを聞いた。どのような理由であれ味方が増えるのは非常に心強い。なんせ神の使いだからな、実力も相当高いんじゃあないか?
「あっ、そうだ。神の使いって言い方も変だからさ、今さら聞くのも変だけどそろそろ名前を教えてくれないか? まだ聞いてなかっただろ?」
「名前なんてないわよ。私は神様に仕えるだけの存在なんだから、名前という概念が存在しないのよ」
「えっ、そうなのか?」
それはいくらなんでも可哀想すぎじゃあないか? じゃあ今まで何て呼ばれていたんだろうか? 神の使いだからツカちゃんとか? だとしたらあまりにも気の毒だ。ここは一応、共に冒険する仲間として何とかしてあげなければ......。
「よし、任せろ。ここは僕が責任を持ってお前にピッタリな名前を付けてやる。遠慮なんてするな、これぐらいお安いご用だ」
「......いえ、遠慮するわ。あんたが名付け親になるなんて虫酸が走りまくるわ。それにどうせ、ろくでもない名前しか思い浮かばなそうだしね」
ぐっ、この野郎......、言わせておけば言いたい放題言いやがって......、だが生憎ネーミングセンスに関しては、それなりに自信があるんだよな、これが(ホントそれなりに)。僕を甘くみないでもらおう。
「心配するな、自信はある。よし、今日からお前を明子と命名しよ......」
「死ね」
ドスッ
「ぐあああああっ!!!?お、おま、お前いきなりみぞおちをは反則......」
「ふざけんじゃないわよ、何よ明子って。いつから私は日本人になったの? どう思考したらそんな名前が思いつくの? というか、その明子ってあんたの元カノとかの名前じゃあないわよね?」
「ははっ......、残念だが彼女なんていたこともねえよ。けどそうだな、その名前は僕が小学生の頃に憧れていた、一人の少女の名前ではあるが......」
「うわっ、キモ! 元カノでなくても気持ち悪っ、多分今ので体内温度が100℃は下がったと思うわ」
「下がりすぎだっての、待て待て、今のは冗談だから」
「は? ふざけてんの? こっちはあんたと漫才やってる場合じゃあないんだけど? 次ふざけたらあんたの全身バラバラにしてモンスターの餌にしてやる」
......おっかねえな、こいつ。まあ、ふざけすぎた僕が悪いんだけれど。
「本当の候補としてはメアリーってのがあるんだけど、どうだ? いい名前だろう?」
「......悪くはないけど、何だか怪しいわね。それって、実はあんたの好きな有名人の名前とかじゃあないでしょうね?」
「そんなんじゃないって、中学の頃に英語の教科書に出てきた女の子の名前だって」
「何でそんなところから名前を引っ張り出すわけ? 英語の教科書と私に失礼だと思わないの?」
だってしょうがないだろう......。教科書のメアリーと髪型も神の色もそっくりで瓜二つだから、なんて本人に言ったらもっと酷い目に遭いそうなので、ここは黙っておこう。
「ふん、まあいいわ。この世界じゃあ名無しでやり過ごすのは面倒だし、それに最初の明子よりも一ナノ程度はマシだから、メアリーってことにしておくわ」
ふむ、どうやら納得してくれたようだ。まあ名前なんて命名神に逆らわなければ、何だって構わないと思うけどな......。
その昔、RPGをプレイしてて放送禁止用語のまま、ゲームを始めようとしたら、あっさり不採用にされたのを思い出した。
とにもかくにも命名が済んだことだし、いよいよ冒険を本格的に始めるときが来たわけだ。
正直言って初期装備があまりにも貧弱で、この先進めるのがめちゃくちゃ不安ではあるが四の五の言っていられない。まずはこの森から何とかして抜け出さなくては......。
「くそう、今さらだけどよりにもよってこんな暗い森の内部から冒険がスタートなんて難易度きつすぎるだろ! スタート位置ぐらいもう少し何とかならなかったのかよ」
「まあ、あの神様に期待しても無駄ね。基本的に自分以外のこととなると雑になるからね、あのジジイは......」
何でそんな奴が神様やってるんだ......? 一回だけでもいいから、直接会ってみたいもんだ。そしてその顔面に一発、パンチを放り込みたいもんだ。
「それに心配しなくても平気よ、ここら辺はまだレベルの低いモンスターしか出現しないし......、素手でも十分なんとかなるわよ」
確かにそうだな、あまり警戒する必要もないか......、ん?
「おい、あれって宝箱だよな......?」
「そんなの見れば分かるでしょ、でもよかったじゃない。早速アイテムを発見できて」
冒険開始からまだ移動もしていないのに、お宝発見とは幸先がいい。この調子ならすぐに森を抜けられそうだ。
「って、ちょっと待って! もしかしてそいつ......!」
「え?」
パカッ ギャアアアアス!!!!
「ぎゃあああああす!!!?」
「やっぱりおかしいと思った......。 森のど真ん中なんてあまりにも不自然な場所に宝箱が置かれていたから、よりにもよってミミックだなんてついてないわね」
「嘘だろ!? 初戦闘がミミック!?」
「そうなるわね、ちなみにそいつは最弱モンスターのスライムよりも数十倍強いわよ。戦うなら覚悟することね」
「マジかよおおっ!!」
最悪なことに、早くもゲームオーバーフラグが成立してしまった。