あなたは勇者に選ばれました
勇者とは世界を救う存在、そんなことは僕もよく知っている。だからこそ今こうして、目を覚ましたら知らない場所にいて、身に覚えのない少女から突然「あなたは見事勇者に選ばれました」なんて言われたら、普通の人は何て思うだろうか?
僕神代ユウマの場合はこうだ。
「いやいやいや、勇者なんてあり得ないでしょ。無理無理、僕なんてどこにまでもいるようなモブがお似合いの大学生だからさ、他当たってくれないかな?」
「口答えするなああっ!!」
「うわっ!ちょっ、どこ掴んで、ぎゃああああっ!!!!」
このガキ、あろうことかその小さな手で、俺の急所を握り潰しに来やがった......。なんて危ないことをしやがる。油断ならねぇな。
「言っておくけどね、勇者に選ばれるなんてこれ以上ない栄誉よ?あんたみたいな大学生が世界を救う英雄になれるチャンスなのよ?それなのに、何でそんな嫌そうな顔なのよ?」
「えー、だってめんどくさいし......」
「シャラップ!!神の使いに対して随分と生意気な態度ね。どうやらまだ分かっていないようね?あんたが今どんな状況なのかを......」
神の使いを名乗る少女は、やれやれとため息をつく。
「とりあえずこれをご覧なさい。これを見たら少しは心境が変わるかもよ?」
ひょいっと何かが僕に放り投げられる。
「ん?これってスマホか?」
「違うわ、形は確かに似てるけど魔石でできた映像透写機よ。いいから早く映像を見なさいよ」
それってほとんどスマホと変わらなくないか?てか僕への当たりがさっきよりも強くなってない......?仮にも勇者候補なんじゃないのかよ。まあいいや、どれどれ......。
「......」
「......」
「......なあ」
「何かしら?」
「このスマホ、じゃなくて魔石に写っている車に轢かれて血まみれになっている少年は誰だい?」
「自分の顔も分からないの、あんた?相当な馬鹿ね......」
いや、分かってるわ!僕が言いたいのはどうして僕が車に轢かれた映像がここに映し出されているのかってことで......。
「そりゃあもちろん轢かれたからでしょ?」
「......けど、こんなに血だらけじゃあ絶対に死んで......」
「死んでるでしょ、これは?まず間違いなくね」
「......えっと、それじゃあ今ここにいる僕は誰なんだ?」
「だから言ったでしょ。あんたに拒否権はないのよ。不運にも不慮の事故で死んでしまったあんたを、神様は見放さなかったてことよ。よかったわね、生き返るチャンスが生まれて、それも勇者に」
......そうだ、思い出した。確かに僕はあのとき交通事故に遭ったんだ。ショックで記憶がとんでいたのか、すっかり忘れてしまっていたけれど......。うう、今でも事故当時の記憶が曖昧だ。どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう?
「それじゃあ僕が生き返るためには、勇者になるしか選択肢はないってことなのかよ?」
「そういうことね、まあそれ以外にも理由はあるけどね......」
ん?それ以外にも理由がある?どういう意味だ?
「おい、お前何か隠してないか?もしかして勇者に転生させるなんて嘘なんじゃ......」
「いいえ、それは本当のことよ。ただ色々とミスがあってね、あんたが勇者として転生先に選ばれたのも実はそれが大きいからなんだけれど......」
「何だよその理由って?いいから教えてくれよ」
「......転生させてしまったのよ、あんたを間違えて魔王に」
「......ん?魔王?」
魔王に転生させた?勇者じゃなくて......?あれ、でも僕は勇者に転生するんじゃあなかったのか?
「死んでいたはずの魔王を転生させてしまったのよ。神様のくそジジイが誤ってね......、けど転生の際、幸運にも魔王に転生させた魂を一部だけ分割させることに成功していたの。つまりあんたはその分割された魂の一部ってわけ」
「は?え、分割って......、僕が!?」
「そうよ、つまり今あんたは魂が二つに分かれているのよ。そして片方は魔王として転生してしまったわ。多分今頃、新たな魔王として魔族を束ねているでしょうね」
なるほど、やっと話が見えてきたぞ......。つまりだ、つまり......、
「つまり神様は僕を勇者にすることで、魔王となったもう一人の僕を倒させようとしているってことか?要は尻拭いってこと?」
「あら、思ってたよりもいい勘してるじゃない。それで大体合っているわ。つまり自分のことは自分で蹴りをつけろってことね」
ははぁ、なるほどねえ。だから勇者に選ばれたってことね。そりゃあ選ばれるわけだよ、うん。神様も中々粋なことをしやがるもんだよ......。
「って、ふざけるなあああああああああっ!!!!!!?」
怒りが一気に沸き上がるも、ただ怒鳴ることだけしかできなかった。