桃次郎
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんと桃太郎が住んでいました。おじいさんと桃太郎は山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。おばあさんが川で洗濯をしていると、ドンブラコ、ドンブラコ、と大きな桃が流れてきました。おばあさんは桃を拾い家へ持ち帰りました。
夕方になり、おじいさんと桃太郎が家に帰ってきました。三人は、桃太郎のように桃の中にまた赤ん坊が入っているのではないかと期待しました。おじいさんが桃を割ってみると、ただのおいしい桃でした。三人はちょっぴりがっかりし、眠りに付きました。
次の日の朝日が昇った頃、外から赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。三人は不思議に思い、外へ出てみると家の扉の前に籠に入れられた赤ん坊がいました。おじいさんはその赤ん坊を『桃次郎』と名付けました。
* * *
――十五年後
「おい! 桃次郎、お前また柿を盗んだな!」
木の上で昼寝をしていると、村に住んでいるジジイが俺に向って叫んできた。
「目の前に柿があったから食った。なんか問題あっか」
「大有りじゃ! 他の人のものを盗んで良い訳が無かろう!」
「うっせんだよバーカ」
俺は木から飛び移り、ジジイから逃げた。
「コラ! 待て! 全くあの悪ガキめ。いつか罰が当たるぞ」
大人たちが言うことは大体いつも同じだ。
『悪戯ばかりしていないで桃太郎のように働け』
『自分を拾ってくれたおじいさんとおばあさんに恩返しをしようという気はないのか。桃太郎を見習え』
『桃太郎は優しくて、強くて、頭もよくて、イケメンで、働き者で、とってもいい子なのに。二人とも桃から生まれたってのに、どうしてこうも違うのかねえ』
桃太郎、桃太郎、桃太郎、桃太郎、桃太郎、桃太郎……。大人たちは俺と桃太郎を比べる。桃太郎は桃から生まれたが、俺は桃から生まれてない。桃が流れてきた次の日に家の前に捨てられてただけだ。『桃』という文字が名前に入っているだけで、俺とあいつは赤の他人だ。俺はあいつの弟じゃない。皆俺を『桃太郎の弟』としか見ていない。誰も俺を見てくれない。もうたくさんだ。
* * *
ある日、村の長老が村人たちを集めた。
「昨日の夜、隣の村が鬼に襲われ、食料や金目の物が盗まれてしまったそうじゃ。なんとか一匹だけ捕まえることができたそうじゃが、最近の飢饉も重なって、隣の村は今深刻な食糧難だそうじゃ」
『鬼』という言葉を聞き村人たちがざわつく。
「また鬼が出たの? 数年前に桃太郎が退治したはずじゃ……」
「次に狙われるのはワタシ達の村かもしれない!」
「鬼達め、どれだけオレ達を苦しめるつもりだ」
「おかあさーん、こわいよー」
「神様、どうかワレらをお守り下さい」
「最近の飢饉もきっと鬼のせいに違いねえ」
「鬼なんかやっつけてしまえ」
「静まれ!」
長老の一言で村人達は口を閉ざした。
「皆の恐れや怒りはよくわかる。隣の村が襲われたということは、この村もいつ襲われてもおかしくないということじゃ。そこで、桃太郎に再び鬼退治を頼みたいと思う」
村人達は安堵し歓声上げた。
「桃太郎、どこじゃ?」
しかし、桃太郎の変わりに返事をしたのは、おじいさんだった。
「桃太郎は今、ひどい風邪を引いてしまっていて、とても鬼退治などできる状態ではございません」
おじいさんの言葉に村人達は再び絶望した。
「そんな! 桃太郎の他に鬼退治ができる人なんてこの村にいるの?」
「桃太郎が唯一の希望だったのに……」
「神はワレらをお見捨てになるのか」
「ん? 待てよ、桃次郎がいるじゃないか」
一人の男が呟いた。途端に村人達の視線が一斉に突き刺さる。
「……は? 俺?」
一体何を言い出すんだ?
「あの悪ガキに鬼退治なんぞできるわけなかろう」
そうだ。俺は村一番の悪ガキだ。鬼退治なんてできるわけない。
「でも、桃太郎の弟だからできるんじゃないかしら」
俺は桃太郎の弟じゃない。赤の他人だ。
「桃から生まれたんだもの、きっと強いのよ」
だから、俺は桃から生まれてないんだって、何度言えば分かるんだ!
「そうだ! 桃次郎に行かせよう!」
「ちょっと待て、俺」
俺の声は掻き消された。誰も俺の声を聞こうとする者はいない。
「頑張れ! 桃次郎!」
「よっ! 日本一!」
「お前は村の英雄だ!」
俺は何も言ってない! 鬼退治なんかできるわけない! 普段は散々邪魔者扱いしてたくせに、都合のいいときだけ英雄扱い? ふざけんな!
そう、大声で言ってやりたいのに、言えなかった。皆、笑っているのに、喜んでいるのに、目が笑っていなかった。哀れむような目で俺を見ていた。
「「「「「桃次郎! 桃次郎! 桃次郎! 桃次郎! 桃次郎! 桃次郎! 桃次郎! ……」」」」」
手拍子と共にコールを繰り返す村人達の姿は、コロッセオで剣闘士同士の殺し合いを見て喜ぶローマ市民や、ギロチンの公開処刑を娯楽として楽しむフランス市民を思い起こさせた。
俺は鬼よりも、自分の身を守るためなら平気で他の人間を差し出せる人間が恐ろしかった。
「桃次郎、頼んだぞ」
いつの間にか後ろにいた長老が、俺の背中を叩きながら言った。もう長老が悪魔にしか見えない。
村人達が帰った後も、俺はただ立ち尽していた。
家に帰るとおじいさんとおばあさんが、きび団子や陣羽織、刀などを用意して待っていた。
「立派に鬼を退治しておいで」
「気を付けて、怪我をしないようにね」
おじいさんとおばあさんにそれだけを言われ送り出された。
村を出て、鬼ヶ島の方へ川の流れに沿って一応歩いているが、俺は鬼退治するつもりなんて無い。
俺が鬼退治に行ったところで結果は見えてる。殺されるだけだ。それに、村人達が恐ろしくなった今、あの人達のために何かをしようとは思えない。
「も、桃次郎さん」
よし! 逃げよう!
「も、桃次郎さん」
ん? なんか今声がしたような。まあ、気のせいか。
「桃次郎さん!」
「うわっ、びっくりした。急になんだよお前」
「きゅ、急じゃ、あ、ありません。さ、さっきから、ずっ、ずっと、こ、声を、かけ、掛けていたのに、あ、あな、あなたが、き、気付いて、くく、くれなかった、だけです」
「そりゃ、そんなに声が小さかったら聞こえるわけ無いだろ」
「す、すいません。ひ、人と喋るの、に、にが、苦手で……。ぼ、僕は、犬坊と、い、い、言います。も、桃次郎さん、きび、きび団子を、ひ、ひとつください」
「え? なんで?」
「な、何でって、あなたはこれから鬼退治に行くんでしょう?」
「いや、行かねーよ」
「ど、どうしてですか」
「俺じゃ鬼倒せねーもん」
「あ、あなたは、もも、桃太郎、さ、さんの、お、弟でしょう? なな、なら、お、鬼退治、に……」
「俺はあいつの弟じゃねえ! 赤の他人だ! ほっとけよ!」
「ま、待って下さい、も、桃次郎さーん」
俺は犬坊を無視して歩き去った。
少しイライラしながら、川沿いを歩いていると、突然目の前に猿が現れた。
「ちょっと待ちたまえ、そこの少年よ」
「あ? なんだお前」
「我輩? お前たちより少し進んだ生命体だ」
「お前猿だろ? むしろ俺達より後退してね?」
「フッ、哀れなやつだ。我輩に恐れをなし、そんなことしか言えないのか」
「いや、むしろ哀れなのは中二病をこじらせたお前だよ」
「見たところ少年よ、何か困っているのではないか? 今ならば我輩がお前を助けてやらないでもない」
「お前、俺の話聞く気ないだろ。でも、特に困ってねえよ」
「そうか、いつか困ったことがあったら我輩を頼るがいい。覚えておけ、我輩の名は猿吉。世界を救う者の名だ。さらばだ! 桃次郎! また会う日まで!」
そう言い残し猿吉は去っていった。
変な猿がいるもんだな。にしても、何で俺の名前知ってたんだ?
また、川沿いに道を歩いていると、目の前を雉が歩いていた。
「お前、何で雉なのに飛ばねえんだ?」
「いやー、それが私高所恐怖症で」
「鳥なのにか?」
「昔、飛べるようになって間もない頃、木にぶつかって落ちてしまったことがあって、それがトラウマになってしまったんです。一応飛べるんですが、低くしか飛べないので、情けないことに仲間達から馬鹿にされてしまっています」
「ふーん、お前も苦労してんだな。でも、世の中には飛ばない鳥ってのもいるんだし、別にいいんじゃないか?」
「そんなこと、私初めて言われました。あなたは、優しい方ですね」
「……全然優しくなんかねえよ。むしろ、村人達を放って逃げ出すひどいやつだ」
「あなたの事情はよく分かりませんが、少なくとも私にとってあなたは優しい人です。私の名前は雉和といいます。もしよければ、あなたの名前を教えていただけませんか?」
「俺は桃次郎だ。それじゃ、元気でな! 雉和」
俺は再び歩き出した。
「……あなたが桃次郎さんだったのですね」
雉和の呟きは桃次郎の耳には届かなかった。
変な動物達だったなあ。コミュ症の犬坊。中二病の猿吉。高所恐怖症の雉和。でも、皆悪いやつじゃなかったと思う。
さあて、これからどうしようかな。
この時俺は気付いていなかった、道端にバナナの皮が落ちていることに。俺は知らなかった、バナナの皮の恐ろしさを。
バナナの皮を勢いよく踏みつけた俺は、漫画のように宙を舞い、川辺の坂をゴロゴロと転がり、川に落ちた。
「バナナの皮落としたの誰だーーーーーーー」
俺のこの叫びを聞く者は誰もいなかった。
* * *
――ここは、どこだ?
目を開けると、赤い塊が視界に飛び込んできた。
「母ちゃーん、こいつおきたよー」
赤い塊が俺の顔の真上で叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
飛び起きた直後、全身に刺すような痛みが走った。
「コラッ、赤丸、そいつをあんまり驚かせるんじゃないよ。お前さん、まだ動かないほうがいいよ」
大きな赤い塊、もとい赤鬼が鍋を混ぜながら言った。
黒くちぢれた髪の間からは黄色い二本の角、口からは鋭い牙が生えており、赤い肌に豹柄の布を纏う姿は、まさに伝説上の鬼だった。
「……俺をどうするつもりだ。殺すのか? 食うのか?」
俺は刀の柄に手を掛け鬼の親子を睨み付けた。村人から鬼の恐ろしさは散々聞いている。何をされるか、いつ殺されるかわからない。鬼退治なんかしたくないけど、こんなところで死にたくない。
「やだねえ、そんなことしないよ」
「……え?」
「何でお前にそんなことしなくちゃなんないんだい? 怪我人に酷いことできるわけないだろ」
俺を殺さないのか? 鬼って悪いやつだろ?
「うちは茜ってんだ。お前が無事でよかったよ」
「ぼくは赤丸だよ。お兄ちゃんのなまえは?」
「俺は……桃次郎……」
「桃次郎って……」
「母ちゃん、おなかすいたー」
茜が何かを言いかけたようだったが、赤丸の大声によって遮られた。
「そうだね、ご飯にしようか。桃次郎もお腹空いてるだろ、おあがり」
鍋からよそった雑炊を茜が手渡してくれた。雑炊の温かさはまるでこの親子の優しさのようだった。
「……さっきは、驚いたり、睨んだり、『殺すんだろ』なんて言ったりして悪かった。あと、助けてくれてありがとう」
俺の言葉を聞いて微笑んでくれた。この鬼の親子と村人たちから聞いていた恐ろしい鬼が同じだとは思えなかった。
「――それで、ここはどこなんだ?」
「鬼ヶ島だよー。ぼく達みたいな鬼がいっぱいすんでるんだよー」
「人間が来る事なんてないから、お前が流れてきたときはホントにびっくりしたんだからね」
「俺、ここにいて大丈夫なのか?」
「ぼくたちお兄ちゃんたべたりしないよ」
「それは、もう分かったから大丈夫だ。俺が聞いてるのはその、鬼達が人間を恨んだりしてるんじゃないかってことで……、もしかしたら、人間に会いたくないんじゃないかと思って」
「恨んだりなんかしてないよ。心配してくれてありがとね。お前こそ、うちらが怖いんじゃないのかい?」
「……正直、最初は申し訳ないけど怖かった。でも、今は怖くない。二人が見知らぬ人間を助けるすげー優しい人、もとい鬼だって分かったから」
「えへへっ。でも、父ちゃんはもっとやさしいよ」
「へえ、父ちゃんがいるのか」
「うん。つよくて、かっこよくて、ともだちがいっぱいいて、とってもやさしいんだ。ぼくも大きくなったら父ちゃんみたいになるんだ!」
「へえ、すげー父ちゃんだな。今はどっかに出かけてんのか?」
「ああ……、今は、その、襲撃に行ってるんだ。……人間の村に。すまない」
茜が申し訳なさそうに言った。
「……一個聞いていいか? 何で人間の村を襲うんだ?」
「この島は、鉄がたくさん取れるけど、作物がほとんど育たないんだ。それで、他の場所から食料を買おうと思っても、人間たちはわたしたちを恐れて近づくことすらできない。でも、どんな理由であれ、人間を襲っていい理由にはならないよな……」
俺が茜を責めると思ったのか、赤丸が茜を守るように俺の前に立った。
「おねがい、お兄ちゃん。父ちゃんと母ちゃんをせめないで! 父ちゃんは人間にいじわるしたいわけじゃない。ぼくがおおきくなれるようにって、みんながごはんをおなかいっぱいにたべられるようにって、わざとわるものになってるんだ。でも、父ちゃんは人間をなるべくけがさせないように、きんぞくじゃないかなぼうをつかったり、なかまたちに、人間をころしちゃだめだっていつもみんなにいってるんだ。だから、だから・・・・・・」
「分かったよ、赤丸。お前の父ちゃんは悪くない。お前の父ちゃんはすっげー優しい鬼だな」
「怒ったり、恨んだりしないのかい?」
茜が驚いたように聞いてきた。
「死にたくない、子供にご飯をたくさん食べさせたいって気持ちは人間も、鬼も同じだろ? それに、鬼を怖がって何も知ろうとしない人間も悪い。ごめんな、怖がったりして」
「お兄ちゃん、ありがとう」
そう言って笑った赤丸の笑顔を俺はきっと忘れない。
「皆が帰ってきたよ!」
俺達のところに一人のおばさん鬼が嬉しそうに走ってきた。
「ほんとに! やったー! 父ちゃんにあえる!」
赤丸は大喜びで駆けていった。
「桃次郎、ちょっと行ってくるからお前は休んでおくんだよ」
茜も赤丸の後を追いかけていった。
体の痛みより好奇心が勝り、二人の後を追いかけた。
岩陰から覗いてみると、船から降りてくる三十人ほどの男鬼たちとそれを嬉しそうに見つめる女鬼、子鬼たちの姿があった。
ただ一箇所、茜、赤丸を除いては。
「父ちゃんは?」
赤丸は一人の大柄の青鬼に尋ねた。
「……茜さん、赤丸、すまねえ。赤一郎が人間に捕まっちまった」
「青二郎おじちゃん、父ちゃんは、父ちゃんはどうなるの?」
青二郎と呼ばれたその鬼は何も答えなかった。
「赤一郎はおいらをかばって捕まったんだ。おいらがもっと強ければ……。やっぱり俺は赤一郎を助けに行く」
黄鬼が金棒を掴み、もう一度船に乗ろうとしたが、
「よせ、黄三郎。お前一人が行ったところでどうにもならない」
青二郎がそれを止めた。
「じゃあ、赤一郎を放っておけって言うのか! お前はあいつを助けたくないのかよ!」
「そんなわけないだろう! わいだって、皆だって、赤一郎を助けたいと思ってるよ! でも、この負傷した体で、武器も無い状態で行ったら、皆無事じゃすまない。……助けたくても助けられないんだよ。茜さん、赤丸、すまねえ。わいが、もっと強かったら赤一郎は捕まったりしなかったのに」
「うわああああああああん。父ちゃん、父ちゃん」
悲しみが鬼たちを包み、赤丸の喚き声と茜のすすり泣く声だけが辺りに響いていた。
――『昨日の夜、隣の村が鬼に襲われ、食料が盗まれてしまったそうじゃ。なんとか(、、、、)一匹(、、)だけ(、、)捕まえる(、、、、)こと(、、)が(、)できた(、、、)そうじゃが、最近の飢饉も重なって、隣の村は今深刻な食糧難だそうじゃ』
俺は集会の時の長老の言葉を思い出した。人間に捕まったのは赤丸の父ちゃんだったのか……。あの村人達に捕まったら何をされるか分からない。同じ人間として申し訳ない。何もできない自分が悔しい。俺を助けてくれた優しい鬼たちを助けたい!
世話になった
ありがとう
この借りは必ず返す
桃次郎
俺は、置き手紙を残し船をパクって鬼ヶ島を出た。
* * *
船を降り、村に向っていると、
「「「桃次郎さん」」」
例の三匹の変な動物達がいた。
「……犬坊、猿吉、雉和、何でここに?」
「フッ、もうそろそろ、きみに我輩達の力が必要なのではないかと思ってな」
「まあ、確かに困ってるな。よく分かったな」
「ほ、本当は、そそ、そんなこと、ぼ、僕達に、には、分かりませんよ」
「え?」
「私達はここでずっとあなたが帰ってくるのを待っておりました」
「何でそんなことしてんだ!? いつ返ってくるかも、本当に帰ってくるかも分かんないのに!」
三匹は笑顔だった。
「……あなたは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、私達は昔あなたに助けられたことがあるのです」
犬坊が小さな声で話し始めた。
「ぼ、僕は、お、お腹が、す、空いて、い、今にも、し、し、死んで、しまう、んじゃ、な、ないかと、お、思ったとき、あなたが柿をくれました。誰も助けてくれなかったのに、あなただけが柿をくれて、『よく頑張ったな』と言ってくれました。桃次郎さん、本当にありがとうございました」
次に話し出したのは猿吉だった。
「我輩がまだただの小猿だった頃、いや、ただの小猿ではなかったな、なにせ世界を救う宿命を負っていたのだから。ただ、その頃の我輩は宿命など全く知らず、体も小さく、弱かった。で、だ。周りの愚民共は我輩の未知なる可能性を恐れたのだろうな、愚かなことに、我輩を仲間はずれにし、攻撃し始めた。まあ、世で言うイジメというやつだ。今の我輩ならば、愚民共のイジメなど屁でもないが、その頃の我輩は何もできなかった。そして、神の気まぐれか、我輩を助けるものもいなかった。そのときだ、地上に舞い降りる天使のごとく、桃次郎、お前が現れた。お前は我輩を漆黒の闇の中から救い出してくれた。嬉しかった。礼を言うぞ、桃次郎」
最後は雉和だった。
「私が、飛べるようになって間もない頃、木にぶつかって落ちてしまったと、前にお話しましたよね? 木にぶつかって落ちたとき、親にも、仲間にも、人間にも誰にも見つけて貰えず、私はそこで、ああ、死んでしまうのだな、と思いました。そんな私をたまたま通りかかったあなたが気付いて、怪我の手当てをして下さいました。見なかったフリをすることもできたのに。あの時、あなたが助けて下さらなかったら、私は死んでいたでしょう。桃次郎さん、あの時は私の命を救っていただき、まことにありがとうございました」
「でも、俺、そんなことした覚えないぞ」
「あなたは優しいので、誰かを助けることが当たり前なのでしょう。忘れてしまっていても仕方がありません。でも、僕達はあなたに命を救われました。あなたがいなかったら、今の僕達はありません」
「お前に助けられたとき、我輩達は誓った。もし、お前が助けを必要としたとき力になろうと」
「今がそのときではないでしょうか、桃次郎さん。どうぞ、私達を使って下さい」
誰にも必要とされないと思っていた。俺自身を見てくれるやつなんていないと思ってた。でも、こいつらは俺自身見て、俺を必要としてくれた。
「お前ら、ありがとうな。俺は、鬼達に命を救われた。そんな優しい鬼達を俺は助けたい」
俺は三匹のそれぞれの目を順番に見た後言った。
「犬坊、猿吉、雉和、俺に力を貸してくれ」
* * *
俺達は真夜中に隣の村に来ていた。
「雉和、お前は牢屋から遠く離れたところで騒ぎを起こして、見張りを遠くに離してくれ」
「了解いたしました」
「猿吉は牢屋の鍵を盗んできてくれ」
「フッ、なめられたものだな。我輩の辞書に不可能の文字はない」
「犬坊、俺と一緒に来て見張りを頼む」
「頑張ります」
「赤一郎を助け出したら、犬坊の遠吠えを合図にここに集合しよう」
俺達はそれぞれに動き出した。
遠くで騒ぎが起き、見張りがいなくなったことを確認し俺は牢屋に近づいた。中には、縄で縛られた、大柄の赤鬼がいた。
「おい! お前は赤一郎か?」
「……なぜおらの名前を知っている?」
赤一郎は俺を怪しむような目で見た。
「大丈夫だ。俺達はお前に危害を加えたりしねえ。俺はお前を助けに来たんだ」
「おらを助けて何の得がある? 村人に恨まれるだけだぞ」
「お前の家族に命を助けられた。だから、その借りを返す」
その時ちょうど猿吉が鍵を持ってやってきた。
「桃次郎、鍵だ」
鍵を受け取り、牢屋を開き、縄を解いた。
こうして俺達は赤一郎を助け出すことに成功した。
* * *
村から逃げ出した後、
「桃次郎といったか、おらを助けてくれてありがとう」
赤一郎が俺に丁寧に頭を下げた。
「お礼なら犬坊と猿吉と雉和に言ってくれ。こいつらがいたおかげで助け出せたんだ」
「犬坊、猿吉、雉和、助けてくれてありがとう」
赤一郎はもう一度丁寧に頭を下げた。
「おら達鬼はもう人間を襲ったりしねえ。大人しく鬼ヶ島で暮らそうと思う」
「でも、それじゃあ食料は……」
「大丈夫だ。なんとかするさ」
赤一郎はそう言ったがなんとかなるとは思えない。
あんなに優しい鬼たちが人間を襲ったということは、それだけ追い詰められていたということだ。
「このご恩は一生忘れねえ。達者でな」
「……ちょっと待て」
俺は背を向けて歩き出そうとした赤一郎を引き止めた。
「鬼達を救いたくないか?」
* * *
次の日の昼、人が一番集まる時間、俺は故郷の村を訪れてた。犬坊、猿吉、雉和と共に宝物を乗せた車を引きながら。
この宝物は赤一郎に頼み借りてきたものだ。
「……桃次郎? 桃次郎か? おーい、皆、桃次郎が帰ってきたぞー!」
俺達の姿に気付いて村人達が集まってきた。
「え? 桃次郎が! 流石、桃太郎の弟ね!」
「桃次郎、お前が無事でよかった」
「しかも、こんなにたくさんの宝物をもって」
「桃次郎、お前は村の英雄だ!」
「日本一だ!」
「「「「「万歳! 万歳! 万歳!」」」」」
村人達が俺達の周りで万歳を始めた。
「さあ、桃次郎宝物をワシらにも分けておくれ」
長老がニコニコしながら言ってきた。
「え? やだ」
「桃次郎、そんなケチなこと言うなよ」
一人の男が肩に腕を回そうとしてきたのを振り払い、悪人っぽく言った。
「何で、お前らに俺の宝を分けてやんなくちゃならないんだ? むしろ、お前らのために戦ってきてやったんだ、金目の物と食料をよこせ」
「ふざけるな! 今まで育ててやった恩を忘れたか!」
長老が怒鳴る。
「……そうか、渡す気はないのか。平和的にいこうと思ってたのになあ」
俺は刀を抜き、叫んだ。
「お前ら、やっちまえ! 全ての宝は俺の物だ!」
犬坊、猿吉、雉和が村人達に飛びかかろうとしたその時、
「……待て! 桃次郎」
赤一郎を先頭に鬼達が姿を現した。丁度いいタイミングだ。ちゃんと計画通り、ボロボロの格好で来ている。
「よくもおら達の家族をやってくれたな! お前が隣の村から宝や食料を盗み出せば、命だけは助けてやると言うから、おら達は村を襲ったてのに! 宝を横取りした上、おら達の家族を酷い目に合わせて! 桃次郎! お前だけは許さん!」
――俺を悪者にして、鬼が優しいやつだと村人に知ってもらう。それが俺の計画だった。
最初は赤一郎も犬坊、猿吉、雉和も俺を悪者にするわけにはいかないと反対した。それでも、俺の意思が固いことが分かると、皆協力してくれた。犬坊、猿吉、雉和を巻き込むつもりはなかったが、一緒にやると言って聞かなかった。
「……どういうことだ?」
「鬼達は脅されてたって事?」
「鬼達は悪くない! 悪いのは全て桃次郎だ!」
俺の計画通り、村人達はまんまと騙されてくれた。後一押しだ。
「はっはっはっはっはっは! お前ら今頃気付いたのかよ! そうだよ、鬼達を痛めつけたのも、脅して村を襲わせたのも、全て俺だ! 人間も! 鬼も! 馬鹿ばっかだな! あははははははははははは!」
精一杯の悪役を演じる。犬坊、猿吉、雉和も村人達に威嚇している。
「桃次郎は最低なやつだ!」
「人間のクズだ!」
「桃次郎を追い出せ!」
人間、鬼が協力して俺達を追い払おうと物を一斉に投げてきた。これならきっと上手くやれるだろう。
「お、おめえら、ずらかるぞ!」
俺達は全速力で村から逃げた。
* * *
「桃次郎さん、本当にこれでよかったんですか?」
道を歩いている途中、犬坊が聞いてきた。
「ああ。鬼達に恩返しできたし、嫌いな村人共とおさらばできたし、最高だろ?」
俺は笑顔で答えたが三匹は少し悲しそうだった。
「それに、お前らがずっといてくれるだろ? 俺が悪者になってもいいと思ったのは、お前らがいてくれたおかげだ」
三匹が笑顔になった。
「たとえ世界中があなたを嫌いになっても、私はずっと大好きです」
「僕もです!」
「もちろん我輩もだ!」
「俺もお前らのこと大好きだぜ! これからもよろしくな!」
「「「はい! どこまでもお供しますよ、桃次郎さん」」」
それからというもの、桃次郎は人助けをしながら世界中を旅したそうです。
三匹の素敵なお供と一緒に。
めでたしめでたし