本編 4
「はー疲れたー」
「お疲れ様でした。ニカ様。」
「すごい人の数だった。」
「ふふ、皆ニカ様と言葉を交わしたくてたまらなかったのですよ。」
部屋に戻れば、ユリアがまだ控えて待っていた。アリシアはさすがに上がった後である。夜会に付き添ったサーリもそのまま一緒に部屋に入ると、すぐさまニチカの着替えに取り掛かる。
「うぇー好意的なのは良かったけど、もうしばらく夜会はいいや。」
「あら、それは無理ですよ。」
「え?」
「そうですねぇ。もう2ヶ月もすれば年が変わりますものね。」
ドレスを脱がし、靴を脱がし、新しいパジャマを出してきながらサーリとユリアがかわるがわるそう語るのを、ニチカは茫然と聞いていた。その間にも着々と着替えは進み、コルセットを脱がせ、下着をはぎ、パジャマを着せて顔をオフし、髪を解く。手慣れた2人は小さな主人のフリーズした様子は特に気にせずサクサクと作業を進めていく。
「年が明ければ新年のご挨拶がございます。」
「新年のご挨拶の前に、今度は民へのお披露目もございますしね。」
「お城のバルコニーから民へ手を振ってあげてくださいませ。」
「嘘でしょ…」
「毎年の恒例行事ですよ。ニカ様」
「またドレスと靴を作らなくてはいけませんね。」
「え、同じのでいいよ?」
「申し訳ありませんが、今回のドレスはこのまま聖布としてバラバラにして配られるのでそれは出来かねるのです。」
「え、こわ。」
いくつも出てくる新事実にニチカはまたどん引きながら涙目である。
「なので、また同じ靴屋と仕立て屋をお呼び致しましょう。」
「そうですわ。折角あれほどまでに息の合った職人の方と出会えたのですから。」
「う、うん。」
ドレスと靴が出来上がった時の嬉しさはひとしおだったが、それにしても、お金がかかっただろうドレスがバラバラにされて何やら大層な扱いをされるという事実への恐怖で感情が追い付かない。
頭が働かないままニチカは頷いたのだった。
その晩、ベッドの中で一人になってニチカは考える。
また夜会があるらしい。それも、2ヶ月後。すぐの事だ。
今回、国王様には『幼い』というワードを口にされてしまった。遺憾の意である。
次こそは、そんなワードが出ないようにしなくては。
何より、サーリ達との身長差が埋まったとぬか喜びしたものの、ザイーグとの身長差は思ったほど埋まっていなかったように思う。そうであるならば…。
布団にくるまりながら忍び笑いを漏らす。
よろしいならば戦争だ。
そんな心意気でニチカは次の夜会への意気込みを持って日々を送った。
ヒール7センチの靴で綺麗に歩く特訓と筋トレなんかも取り入れながら。
そして、また仕立て屋と靴屋がそろって神殿へと呼ばれてきた。
仕立て屋も靴屋も、前回以上の意気込みでニチカの前に座ると、まずは無言でささっとデザイン画を差し出してきた。
それは、前回の7センチヒールを踏襲した新しいデザイン達。
もちろん今の流行もきちんと押さえた上での最高のデザインばかりである。
けれどニチカはそのデザインをちらりと見たあと、そっと首を横に振った。
「2人には、これからも職人として供に上を目指して欲しいんです。」
「な、なんと…」
「それは、一体…」
ゴクリ、生唾を飲み込む音がした。
「次は、前回よりもう一段高い踵…いいえ、ヒールの靴を作ってもらいます。」
「い、いやしかし、前回の物でもかなりバランス力が試されるものでございました。」
「それは承知の上なんですよ。私もあの靴を履くための努力をかかしていません。どれほどヒールが高くなっても、美しく歩くだけの筋力をつけて、最高の作品をより美しく見せるための努力をします。だから、2人には私と遥か高みを目指して欲しいんです。」
3人の目には、いつぞやの熱がこもる。
そして、無言で3人は手を重ねた。
「やって見せましょう。」
「必ずや、前回のヒール?の高さをしのぐ物を。」
「その高さを生かしたドレスの作成を。」
そしてまた今回も、布の色と種類、それから全体の方向性とモチーフだけを決め、3人は解散したのだった。
その胸には、確かな絆が出来上がっていた。
「お納めください。」
「こちらとこちらで悩んでいるのですが。」
それから1週間しか経っていないにもかかわらず、靴屋と仕立て屋はそろって一足の靴と2着のドレスを持って訪れた。
もちろんニチカは目を輝かせて喜んだ。
毎日毎日お祈りをして勉強をして帰る方法を探して筋トレをして待っていた甲斐があるよ!と飛び上がって喜んだ。
靴は10センチ程の高さのヒールで、更には、かかとを包む部分の高さがショートブーツ位に引き上げられており、従来のストラップの上に、もう一つストラップが増えていた。10センチという高さに配慮したのだろう。そのため靴は、足首を半分包み込むデザインとなっていた。
けれどもごつさはあまりなく、繊細な印象を与える作りになっているのが天才的だ。
ドレスはと言えば、前回の作りを踏襲したタイプを改良し、がらりと印象を変えたものと、中の素地を固めの素材に、その上にチュール素材を幾重にも重ね、足元をうっすらと透かし見せるタイプの物の2パターンが持ち込まれていた。どちらも上部は夜のような青色になっており、下へと向かって白にグラデーションを描いている。
「え、どっちもすごい!」
輝く瞳で見つめ決めかねる表情を浮かべるニチカの様子を見て、職人は互いにいい仕事をしたなという視線を交し合う。
靴とドレスを試着しながら、3人はあーでもないこーでもないと全体のバランスを話し合い、最終的には新しいデザインのドレスを採用したのであった。
そんな熱意の籠った共同作品をひっさげて迎え撃つ夜会。
まずは神官長と顔を合わせて、ニチカはちょっとだけ嬉しくなった
前回よりも少しだけ顔までの距離が縮まった。
「…ニチカ様、また前回よりも高くなっておりませんか?」
今度は膝をつく前にザイーグは目を見開いた。
「そうなの!わかる?」
ニチカはその一言に満面の笑みで頷き、靴を自慢する。
「この日のために準備して、万全に整えたんだよ。」
「その…転びませんか?その靴。」
「転ばないためにサーリに指導してもらって筋トレしてきたんだよ。」
「…その熱意に脱帽しました。」
「んふふー。がんばったでしょ。」
「はい。」
出発前の2人のやり取りを聞きながら、サーリもまた誇らしげに胸を張る。主人の努力を一番側で支えているという自負と、教え子の頑張りへの喜びで輝く笑顔となっている。
また、ユリアもアリシアも微笑ましい笑顔で見守り、出かけていく姿を見送った。
王城では、多くの女性が今か今かとニチカが現れるのを待っていた。
前回は45代様の足元をよく確認できなかった上、職人の特定ができなかったために同様の物は作れなかったが、今回こそはドレスと靴を確認するのだと意気込んでいた。
また、何人かは何とか近いものを作れないかと奮闘もしたので、これでどやと思ってもいた。
今回はニチカのお披露目ではないので、王族の入場に続き、ニチカ達も会場へと現れる。
ザイーグに手を引かれた45代様は、やはり不思議な肌の色をしており、幼い顔立ちと細い肩が庇護欲を誘う。
落ち着いた紺色のドレスは下に行くほど白へと変化するグラデーションで、膝から下が徐々に足が見えるように透けるようなデザインになっていた。
その足元のシルエットの不思議な事。
普通の靴の形ではない。
明らかに踵の高さが尋常ではない。
けれど、その歩みはとてもスムーズで、一定のリズムでコツリコツリと不思議な足音を残していく。
通り過ぎる姿を見送る女性たちの目が血走っていたと後に男性陣の口から出るほどに、女性たちは食い入るようにそのドレスと靴を見つめ、挨拶することが叶った人はことごとくそれらの話を聞こうとやっきになったが、わかったのは、45代様が自分から提案し作らせたという事実だけである。
どこか、外部からもたらされた新しい物なのではと予想していた人々は、もたらされたその事実に更に熱を加速させた。我々も、45代様にあやからねば。
次の夜会では、同じものを。いや、同じものが難しくとも少しでも近づかなくてはと、贔屓の職人に様々な試みをさせ始めた。
けれども、その次の夜会では、更に踵の高さを上げてくる45代様が彼女たちを迎え撃つ。
その上、踵を上げれば上げる程、歩くことが困難となるのだ。追いつこうと靴を作らせても、それで歩くことができなければ夜会へは行くことができない。
試作品を作らせては、幾度も繰り返される挫折。
そんな女性達の血の涙流れる物語等知る由もないのはニチカのみである。
召喚されて2年目。
ニチカは15センチまで伸びたヒールを眺めながら思う。
やっぱり、ヒールの幅が太いと少し大人っぽさに欠けるよねぇ。と。
「と、言うわけで、ジルとコーダには、また一つ頑張ってもらおうと思います。」
ニチカの靴とドレスに最初から付き合っており、徐々に上げられているハードルにすでに慣れている靴屋のジルと、仕立て屋のコーダは、今度は何をお求めですか?と笑顔でニチカの無茶ぶりを迎え撃つ。
後ろでそれらを聞いている弟子たちは逆に目を見開き、まだこれ以上を求めるのかと息をのんでいる。
すでに国中が彼らの作る靴とそれに合わせたドレスを注目している状況である。
「今までは、ヒールの高さを重視したオーダーに終始していたので、デザイン性までは深く追求してきませんでした。けれど、ハイヒールの本領はここからです。」
ごくり、数人が生唾を飲み込む。
「ヒールの太さをもっと細いものにしてください。最終目的はピンヒールです。」
「ぴ、ピンヒール?」
ニチカはつたないながらも図説する。ちなみに、絵心はない。
今現在、この国にない文化を創り出すという点で、彼らの作りやすい形でのハイヒールを作ってもらってきたが、やっぱり少しヒールの形状が気になるのだ。
「段階的に削って行ってもらえればいいんだけど、最終目的地はこれです!ピンヒール!」
普段はしないとてもまじめな顔で言い切るニチカ。その熱にあてられて、ジルとコーダも熱を上げる。
「なるほどヒールを細くすることでまた洗練された雰囲気が出ますね。」
つたない図説から読み解いた情報で、既に頭の中に物が出来上がっているらしいジル。
「となると、ドレスもそれに合わせて上品さや大人っぽさを入れていきたいところですね。」
ジルの言葉を受けて、イメージ補正を行うコーダ。
「わかってもらえますか!二人とも」
「もちろんですとも!」
3人はいつものようにがしっと手を重ね合わせた。
「次も期待しています。」
「お任せください。」
「また近いうちに参ります。」
そんな話し合いを、たまたま用事があって部屋へ訪ねてきた神官長が目の当たりにして目を丸くしていた。
いつもこんな感じなのか?と、視線だけでユリアへ訪ねると、ユリアは静かな首肯を返した。
祈りの同伴も、ニチカの教育も、神殿長の業務のほとんどもこなしているさすがのザイーグも、あのやたらと不安になる靴にここまでの熱意が注がれている等知らなかった。
普段どちらかと言えばふわっふわとした能天気さ漂うニチカのどこに、ここまでの情熱があったのだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
そんな熱の籠った靴とドレスで迎えるのは春の式典。
いつも通り迎えに来たザイーグは、徐々に近くなるつむじの位置よりその足元が気になって仕方がなかった。
「歩けるのですか。」
「簡単ですよ?」
今までも、徐々に伸びていくヒールの高さにはらはらしていたものだが、そんなのは可愛いものだったと突き付けられる目の前の完成品。
ニチカからしてみれば、まだまだピンヒールには程遠い、底辺が6センチ程のヒールは、細くなった分また違った印象を他者へ与える代物になっていた。
「なら、良いのですが…ケガだけはなさらないでください。」
「もちろんです。そのための日々の訓練は欠かさずやっていますから。」
ぐっと両手を握るニチカ。
その無邪気さは召喚された時から変わらない。
「では、参りましょうか。」
「はい。」
小さな手を取りながら、ザイーグが珍しく更に一言添えた。
「私を支えに使っていただいて構いませんので、無理だけはなされませんように。」
重なった手と、ザイーグの顔とを交互に見て、ニチカは満面の笑みで頷いた。
その日の宴も、45代様を迎え撃つ女性たちは惨敗した。
まさか、ヒールの高さだけではなく、その細さまで変えてくるとは誰も考えていなかった。
何とか10センチヒールで歩けるようになったというのに、その先を行く45代様にどう追い付いたらいいのか。優雅に歩く姿に羨望の眼差しが向けられる。
だが、ニチカはニチカで内心大変な焦りを持って会場内を見渡していた。
身長格差がひどすぎるが故に、ハイヒールを作ってもらって頑張って背を伸ばそうとしているというのに、この国のでっかい皆さんまでヒール装備を始めては意味がない。だというのに、段々ヒールで更なる高みを目指す人が増えている気がする。
こんなの絶対おかしいよ。
もう十分な高層ビルを作っているのだから!と、端からそのヒールを折って回りたい衝動に駆られるが、何とかぐっとこらえる。
しかし、頭の中では熱が加速していく。
ピンヒールの開発をしている場合ではないらしい。この高低差を埋める戦争、勝って見せねば、彼ら二人に合わせる顔がない。
ニチカのハイヒール熱が加速する。
そうして、国の中では、夜会で繰り返される不毛な追いかけっこが始まった。
国の平均身長に負けじとヒールを生み出すニチカ。
そんなニチカの生み出した新しい靴とドレスの虜となった女性達。
しまいにはあまりにも女性達がヒールの高い靴を履くものだから、男性の間ではシークレットブーツまではやり始める始末。
高層ビルが鉄塔だらけだ!と、夜会の帰りに嘆くニチカだが、結局次の日には気を取り直し、次のお願いをまた持ち掛ける不屈の精神でもってヒールの限界を突き詰め続けた。
その時代はまさに、靴とドレスの革命期であった。
その火付け役となった神殿長は、それとは知らずに日々周囲の身長と戦い続けたのである。
これにて本編は終了です。
お読みいただきありがとうございました。
後日ただただ何でもない日常を書いた短編を追加させてもらおうと思います。
よろしければそちらもお楽しみいただければ幸いです。




