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本編 2



 召喚されて3ヶ月。

 ニチカはこの世界での生活リズムにはすぐに慣れ、今は、以前同じように召喚された人が調べて残した書物なんかをひっくり返している日々である。だが、元の世界に帰る方法は全然見つからん。という記述しか見つからない。

 そもそも、召喚されるのはどうやら人じゃない事も多いらしくて、自分の1代前は蛇だったと聞いて突っ伏した。

 召喚された存在は、こちらに来るときに神様に力を与えられてやってくるらしい。

 その力を持って、この神殿の祈りの間で祈る事で国に安寧をもたらすのだとかなんだとか言われて、はあ、そうなんですか。と、当初は気のない返事をしたが、一度祈りの間の真ん中に立ったら言われた意味をニチカは嫌でも理解した。

 確かに、そこに立つだけで自分の中にあるよくわからない何かが動き、この世界とつながる感覚を味わうのだ。そして、この国を護るための何かが生まれるのを感じる。

 これが、国を支える柱の一つなのだと言われれば、納得せざるを得ないし、関係ないと放り投げる事は平和な国で生まれ育ったニチカにはできなかった。たくさんの人の命がかかっている事をほっぽり出して精神的に耐えられる気がしない。

 そんな感じで毎日毎日同じルーチンでニチカはそのお役目を果たしていた。


 ニチカの1日のタイムスケジュールはと言えば…

 朝起きて、柔軟を含む体操をしてから禊ぎを行い、朝の祈り。

 祈りが終われば朝食をとってお勉強タイム。勝手に召喚されたわけだが、召喚された人は自動的に神殿長となる事が決まっているために、神殿の役目だの祭事の内容だのと、覚えることがやたらと多い。正直、ニチカには荷が重すぎて勘弁してほしいよと思う事ばかりだった。

 けれども、神殿のあれこれを教えてくれる神官長はやんわりと、けれど決然と、しっかり覚えていきましょうねと微笑むので、いつもその圧に大人しく従う。

 勉強がひとしきり終わると、休憩の後で昼食の時間と食休み。

 それからまたお昼の祈りの時間が待っている。

 祈りの時間はただ祈りの間の真ん中でぼんやりと世界とつながっている事を感じるだけで良いのでニチカにとってはさほど苦痛ではなかった。瞑想みたいなものかなと思い始めてからは、祈りの間のど真ん中で座禅を組んで呼吸を整えガチの瞑想をするようになったので、神官長からは奇異の目で見られる。

 そんな神官長も祈りの時間は同様に祈りの間の隅でこの世界の作法通りの祈りを行っている。

 午後になると自由時間とちょっとしたお茶の時間と、お稽古が挟まってから、また自由時間からの夕食である。

 この自由時間に書庫へ行くのだが、前述した通りいまだ結果は芳しくない。

 そして、出会う人出会う人、全員があまりにも巨人で泣きたくなる。この国の平均身長は何センチなのか。こんなに見上げるばかりではすぐに四十肩になりそうだと、視線を上げずに歩くと、長い脚とムチムチの体つきが目の前に立ち並ぶ。

 ガッテム!と叫びながら全員なぎ倒したい衝動に駆られるニチカは、日々フラストレーションを為る一方である。



「まぁ、ニカ様。またお顔が険しくなっておりますよ。」

「愛らしいお顔が持ったいのうございますよ。」


 書庫から行って帰ってくると、部屋の中にはニチカの身の回りのお世話をしてくれている侍女の2人がそんな風に主を出迎えた。どちらもニチカがこの世界にやってきた時から世話を焼いている女性達。

 そして、ニチカの後ろについて一緒に書庫へ行っていた女性が後ろからそうなんですよー。と声を上げる。


「ニカ様ったら、外で人に会う度後でこんな顔になっちゃうんですからー。」


 彼女も2人同様、あの日から常に周囲でお世話をしてくれている女性だった。

 ニチカからすると全員やたらと身長が高く、プロポーションがよく、肌が白く、目鼻立ちのくっきりとした美人である。


「ふふふ、相変わらずでございますねぇ。」


 おっとりと微笑むのは25歳の金髪美女のサーリ。


「さあさあ、眉間の皺等取って、すぐにお茶をおいれしますから。」


 ちゃきちゃきと世話を焼き、たまに小言を言ってくれるのは32歳のユリア。


「あ、私も手伝いますー。」


 語尾が間延びしがちだが快活に話す栗毛の女性は20歳のアリシア。

 3人は当初ニチカの事を45代様と慣例に従って呼んでいたが、ニチカがそれをやめてくれと懇願したため、名前を呼ぶ事にした。だが、如何せんあまりにも名前の響きに馴染みが無さすぎるためにうまく呼べず、ニカ様という愛称で定着をしたのだった。


「だってだってだって、もーなんでこの国の人は、こんなにみんなでっかいのよー!」


 ぼふりと勧められたソファーに身を投げ出すと、ニチカはじたばたと暴れた。


「しかも、会う人会う人、みんな小さい子を見る目で私を見て!18歳だよ!?私これでも18歳なんだよ!!?」

「はい、それはお伺いしてますが。」

「神殿の者は皆存じていますが。」

「でも、ニカ様…」

「「「おかわいらしいので」」」

「理不尽だー!」


 もふりっとクッションに顔を押し付けるニチカ。

 そんな動きも、小さな子の様でただただ愛らしいと思われている事など露とも知らず、ひたすらにニチカはこの国の平均身長への恨みを募らせる。


「まぁまぁ、ニカ様。落ち着いてくださいませ。」

「ほらほら、ニカ様。今日はチョコレートが届いておりましたよ。」

「さーさー、ニカ様。お茶が入りましたよー。」


 周囲との身長差にコンプレックスを持っているとわかっている3人は、隣に座ってその背をポンポンとあやしたり、膝をついてお菓子の皿を引き寄せたりしてにこにこと笑う。

 最初の日に大号泣され、未だにちょっと傷ついていたりする3人は、どうにかこうにか小さなニチカがおびえないように近づく術を練りだして、今やデロデロに甘やかすマンと化している。


「うぅ…わかった。」


 ニチカはニチカで18歳とは言え元の世界ではまだまだ親に庇護されていた子供だった事もあり、ころりとそれに転がされ、素直にこくりと頷いて起き上がる。そういうところも幼さを増強させて3人は微笑ましいという顔をしているのだがニチカは全く気付かない。

 ユリアにどうぞと出されたチョコレートを一つ摘み口にすれば、それはそれはとてもおいしくて、途端、輝いた笑顔になる。

 そこへアリシアがすかさずお茶を差し出す。

 上機嫌になるニチカの様子に、3人は目配せするとこくりと頷きあった。


「ところでニカ様、近々お城でニカ様のお披露目を行う事になったそうですよ。」

「お披露目?」


 カップを持って首を傾げるニチカに、口火を切ったサーリが優しく頷く。


「はい。代々神の御力を宿された神殿長様と王家とは国を支える柱として良好な関係を築いてまいりました。仲良くやっていくために、定期的に交流を行っているのですよ。」

「へー交流会?どんな?」

「今回は王家の皆様と貴族の方々へのお披露目にもなりますので、王城で盛大な夜会が開かれるそうです。」

「夜会?それって、パーティーってこと?」

「はい。ニカ様」


 ニチカは目に見えてうろたえ始める。


「夜会とか、え、無理。絶対無理。」

「大丈夫です。大丈夫ですよニカ様。」

「そうですよー。これはただの恒例行事ですからニカ様。」

「だって、夜会とか、踊れとか言われない?」

「今回はお披露目ですから、神官長様からお断りしていただきましょう。」

「いろんな人に囲まれたりとかしない?」

「皆ご挨拶はさせていただきますが、きちんと順番にご挨拶致しますからご安心くださいませ。」


 思い浮かぶ不安材料を並べるも、3人は大丈夫ですよ。できない事は先にこちらからお断りしておきますよ。と力強く頷いてくれる。それでも不安を隠せないのは、はっきり言って、この、巨人だらけの国の人が一堂に会するのかというその一点に尽きる。

 片手の人数でもジャングル感がぬぐえないのに、それが無数の人となるなんて、耐えられるだろうか。ニチカは逃げられない予定に恐怖しか覚えない。

 けれど、サーリもユリアもアリシアも、どんなドレスがいいですかねぇ。と、嬉しそうにしている。

 どうやら気合を入れて髪型アレンジもしてくれるらしい。それはちょっと気になるけれど、この地味顔が派手顔だらけの世界でどう太刀打ちするというんだ。という気持ちもぬぐえない。



 そして数日後。

 未だ重い心持ちのニチカの元へ一つの転機が訪れる。

 その日は、お披露目の為の衣装を仕立てますよと、仕立て屋と宝石商と靴屋がそろってやってきた。

 ニチカはもちろんこの国の流行なんてものはわからない。わからないがそれぞれが提示するデザイン画と布地ときらきらと光る石とを見て希望を述べなければならない。

 目の前にいくつもの案が並ぶ中、ニチカは心の底から問いかけたくなった。

 なぜ、この国の靴はことごとくかかとの低いものばかりなのか?と。

 いや、巨人ばかりで更にサイズアップされてもたまらないのだけれど、提示される流行を取り入れた服と流行を取り入れた靴を見ながら思うのだ。私は少しでも身長が欲しい!と。


「あの、どれも素敵なんですが、一つわがままを言ってもいいですか?」

「何なりとお申し付けください。45代様のご希望であれば、いくらでもお伺いいたします。」


 ニチカは恐る恐る、目の前の専門家を伺い見る。提示されているのは流行ものなのだ。だとすれば、これはとても型破りなことかもしれないと思いつつ、それでも、この巨人の国ではあまりにも小さいかわいいという視線は痛すぎる。


「靴のかかとの高さなんですが、こんなふうにして、こんな形にまとめて…という事はできますかね?」

「あの、それは、その、45代様の愛らしいおみ足の良さを損なってしまうのではないでしょうか?」

「ドレスの丈も合わなくなってしまいます。」

「そこはほら、かかとが上がった分優雅な印象を足元に与えられるし、かかとがあってもきれいに見せるのも職人の腕の見せ所とも言いますし。」


 靴屋と仕立て屋がそろって目を見開く中、ニチカはできませんかね?と上目遣いで見上げる。

 えぐい身長差のある彼らは、座っても座高に高低差ができるのだ。おかげでどうあがいてもニチカは上目遣いがデフォルト装備になってしまう。

 だが、小さな少女のそんなお願いの視線と職人の腕の見せ所と言われてしまえば、できないとは絶対に言う事はできない。


「ご希望に添える様、全力で取り組みましょう。」

「お足元がどうあれ、ドレスも併せて美しいバランスを保って見せましょう。」


 職人魂に火が付くとはこのことで、力強く二人は頷き、デザインについては好みの聞き取りだけをし、最終的な形はまた見本をお持ちしますとその場で決める事はしなかった。何せどちらも今までしたことのない試みをさせられるのだ。

 あとは宝石の種類と布地の種類を指定し、全体のカラーリングを決め、その場は解散となった。

 職人達を見送りながら、3人の侍女は、そんなに身長を気にされるなんて本当に愛らしいとほほえましく思うだけだった。

 だが、この新しい試みは、ニチカだけではなく国の動きを大きく変える転機となったのだった。




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