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本編 1



 少女は茫然とそれを見上げていた。

 相手は人なのだが、少女にとっては人間というにはあまりにも超高層ビルの様にも思える程の高低差がありすぎて、感情の処理が追い付かなかった。


「ようこそおいでくださいました。45代目の聖なる御力を授けられし神子様。この国へどうぞ救いをお与えください。」


 そう膝をつかれて、少女には初めて目の前にいるのが男性だという事が認識できた。

 だが、男性は顔を伏せているせいで、少女からは全く顔が見えない。


 その場所は神殿。石を削り出した長大な神の像がずらりと並ぶ室内。赤い絨毯には複雑な模様が刺繍で描き出されており、その模様が収束する中心にぺったりと少女が座り込んでいる。

 少女は茶色に染めた髪を鎖骨の下位まで伸ばした、あまり目立った特徴のない顔つきの子供だった。

 この場所は、国の2頂点の片割れである聖なる存在を乞う儀式を行う空間であり、国を支える祈りを行う空間でもあった。

 膝をついた男性は神官長であり、その背後にはずらりと11名の神官がそろって膝をついている。

 そんな光景全て、茫然としている少女には見えていない。そもそも、何が起きているか彼女には全くもってわかっていなかった。


 少女はぐらぐらする頭を整理しようとさっきまで自分がしていた事を思い浮かべる。


 確か自分は引っ越し作業をしていたはずだ。

 この春から初めての一人暮らしだとうきうきわくわく浮かれながら、自分だけの部屋へ運びこまれ、親に設置してもらった家具の中に持ち込んだ小物を飾ったり、化粧品置き場を作ったりしてルンルンだった。

 一通りの事を終わらせて、これでオッケーと、思って部屋を見渡して満足感を覚えていた。

 そこに、謎の光が出てきてぎゅっと目をつぶり開いたら今いる光景となっていた。


 こうして思い出しても、やっぱり何もわからない!と、少女は意識を手放したのだった。


「45代様!?」

「急ぎ、45代様のお部屋へお運びするのだ!」

「侍女達をそろえよ!」

「急ぎ、着替えもかき集めよ!」


 神官長をはじめとした神官達は倒れた少女に慌てふためき、少女は祈りの空間より運び出された。

 少女は、遠ざかる意識の中耳に飛び込む聞いたことのない男性の声をシャットアウトした。




「ん…」


 刺繍がふんだんに刺された布がかかるベッドの中、茶色の髪の少女は固く閉じた目を開いた。

 茫洋とした視界の中に入ってくるのはまばゆいばかりに様々な色彩だった。

 ベッドの天蓋から下がる紗がかかったような金色の布には銀糸で模様が描かれ、部屋の壁は石造りでところどころに美しい刺繍に彩られた布が掛けられ飾られている。

 驚き、身を起こせば、床にはこれまた刺繍のある絨毯。

 何もかもが身に覚えのない光景に、少女は再度混乱に陥った。

 いったいこれは何なのか。ここはどこなのか。

 周囲を見渡し、ふと、自身を見下ろせば、真っ白な見覚えのないシンプルなワンピースを着ているのみである。

 さっきまで着ていたはずのTシャツとパーカー、ショートパンツはどこへ行ったのか?


「なになになになに??怖いんだけどっ」


 パニックの中早口で呟かれる純粋な恐怖。

 それもそのはずである。

 生まれてこの方こんな場所、見た事は無いし、突然自分の服も変わっている。何が起きているかもわからないし、安全も保障されていない。


「どうしようどうしよう。何これ。どうなってるの。」


 ぶつぶつとつぶやいていると、小さな物音が一つ上がり、少女はびくりと肩を震わせた。

 その物音はと言えば、この部屋の扉のノブが回される音であった。続き開かれた扉は音もなく、しずしずと数人の女性が室内へと入ってきた。


「ひえっ」

「まぁ。」


 女性たちはぬけるように白い肌ととても綺麗な顔をしている。その誰もが、少女の目覚めに輝くような笑顔を向けた。


「45代様、目を覚まされたのですね。」

「へっ?」

「あぁ、わたくし神官長をお呼びしてまいります。」

「なっなに?」

「そのままでは殿方をお招きできませんから、どうぞこちらへお召替えくださいませ。」

「ちょ、まっ…」


 全然知らない場所で、全然知らない人たちが、全く身に覚えのない呼び方で少女を呼ぶのに、その対応のことごとくがあまりにも好意的で、混乱しながらも少女は強い言葉で拒否を示せず、女性2名の接近を許してしまう。

 ベッドの上掛けをささっとよける女性。優しくベッドから床へと誘う女性。その両名に挟まれ、少女は思った。


 でっか!!!


 少女を挟む女性達はゆうに少女より20センチは身長が高かった。そして、胸も豊満だった。そして、腰はキュッとくびれ、お尻はいい感じに出ている。


 ふ〇こちゃんっっ!!


 とも、少女は思った。

 それにしても、両側がゆうに20センチもでかいのだ。少女にとっては巨人に挟まれているも同然。なんという距離感だろうか。ブルブルと震えながら、ここはどんな巨人の国なのかと涙目になる。しかも、その両名に容赦なく服をはぎ取られ、叫ぶ羽目になる。


「ぎゃーっ」

「あ、大人しくしてくださいませ。」

「お召替えをするだけでございます。」

「おおおおおめしかえって着替え!?自分でできるからー!」

「そんなことおっしゃらないでくださいませ。」

「すぐ終わりますので。」


 丁寧な物腰と口調ながら、有無を言わせぬ動きで彼女たちは少女の動きを封じ込め、その手に持っていた衣服をチャカチャカと着せていく。

 それはまた真っ白なドレスだった。

 その上、さあさあと背中を押してドレッサーの前へと座らせると髪をとかし、化粧水をつけ始める。


「わっわっ」

「45代様、口を閉じてくださいませ。」

「御髪のお手入れはかなりされていらっしゃいますのね。ですが、香油を使われていないのはどうしてでしょう。」

「お若くていらっしゃいますから、白粉は必要ございませんね。それにしても不思議な肌のお色。素敵ですねぇ。」


 口々に歌うように口にされる言葉に、少女は何も答えられず、ただだらだらと汗をかき続ける。

 いったい何が起きているのか、全く何もわからない。

 そして、椅子に座らされたせいで、余計に二人ともでかくて怖い。

 視界がキュッとくびれた腰か、はりのあるお尻の高さでしかないとか、どういう拷問だろうか。

 少女はこのあまりの体格格差に涙目である。

 ひとしきり二人にいじられた後、再度立たされるも、視界は胸しかない。いったいこれは何なのか。見上げれば巨人な美女に囲まれて…と、逃げ出したくて仕方がない所へノックの音が飛び込んできた。

 きゃっきゃと楽し気だった女性たちは途端きりっと表情を引き締め、少女へ声をかける。


「神官長様ですわ。」

「私がお出迎え致しますね。」


 今度は何が来るのか、戦々恐々とする少女を置き去りに、扉が開くと先ほど出ていった女性の後から男性が2名、入室してきた。

 それも、女性達より更に高さのある身長の2人である。

 男性2名は少女の手前1メートルの距離前でやってくると、すっと膝を付け、頭を下げた。

 その光景には既視感があった。既視感はあれど、人に頭を下げられる様な状況に慣れていないために、つむじを見つめながら少女はおろおろとする。


「こうしてお目にかかれます事、光栄に存じます。45代目の聖なる御力を授けられし神子様。」


 その声にも、言われた言葉にも聞き覚えがあった。

 そう、目を覚ます前の光景。知らない場所で知らない髪色の知らない男性の声で、こんな風に膝をつかれて言われた気がする。


「な、何の事ですか?私、知りません。」


 震える声を絞り出せば、男性はゆっくりと顔を上げた。


「この世界の人ではない貴女様に重責を課すのは心が痛みますが、全ては神々のお導き。全てお話し致します。どうか落ち着いて聞いていただけますか。」


 真面目な声に、少女はよくわからないがこくりと頷いた。


「ではまず、そちらのソファーへ移動致しましょう。」


 すっくと立ちあがる神殿長。

 その途端、少女の視界はジャングルのど真ん中状態。しかも、やたらと足が長い。3kmはあるんじゃないの!?と、ただただ心で悲鳴を上げる。視界、ほとんど股下しか見えません!もう無理!

 しかも、女性は女性で色々と豊満だったが、男性は男性でがっしりとした肩幅と胸板で、見上げれど見上げれど、顔が遠い。

 圧迫がすごい世界で何とかソファーへ大人しく収まるとやっと目の前の男性の顔の判別がついた。

 女性同様肌が白く、髪色は朽葉色、瞳がやたらと綺麗な緑色だった。


「私はザイーグと申します。この国で神官長を務めさせていただいております。お名前を、伺ってもよろしいでしょうか?」

「は、はぁ…私は芦原二千花(あしわらにちか)です。」

「アシワ…?」

「えっと、にちか。にちかが名前です。」

「ニ…チカ…?様?んんっ難しい発音でいらっしゃる。」

「そう、ですか?えっとすみません。」

「いえ、また練習しておきましょう。」


 ザイーグ神官長が生真面目に頷くのを見ながら、ニチカは、めっちゃでかくて怖いけどいい人そうだと少しほっとした。

 けれど、それから説明された話にニチカは茫然とした。


「この国には、政治を司る王と、神の御力を司る神殿長によって支えられております。神殿長は、神より力を与えられた異界の方にしかなれず、代替わりの度に我々神官が召喚の儀を行ってまいりました。ニチ…カ様は、その召喚の儀により降臨された45代目の聖なる御力を授けられし神子様なのです。」

「はい!?」

「このように親元より引き離してしまいました事、大変申し訳なく存じますが、この国の為、どうか柱たる務めを果たしていただきたく存じます。」


 途端、ニチカは理解する。理解したくないが理解した。

 なぜなら、彼女は異世界ものの読み物が大の好物であったからだ。

 これは、異世界召喚!

 理解してしまえば話は早い。自分はどうやら違う国どころか違う世界に呼ばれてこうしてもてなされているのだ。


「あ、あの、それって、どんな内容なんですか?家には帰れますか?」


 務めを果たせとしか言われていないため、まずは何か一個ミッションクリアすればいいだけの可能性もあると、一縷の望みに掛けた質問だったが、そんなものは早くも打ち砕かれる。


「申し訳ございませんが、元の世界へお返しする方法は、我々も存じ上げないのです。45代様に行っていただきたい事はただ一つ。日々祈りの間にて祈りを捧げていただく事でございます。」

「日々?」

「はい。」

「それって…毎日?」

「はい。毎日でございます。」

「それを、ずっと?」

「はい。」


 途端、ニチカはだぁっと涙を流した。

 家に帰れない。その衝撃は当然だがとてつもなく大きなものだった。その上、ミッションはただずっと祈れという物。どこにもワクワクドキドキする要素はない。

 異世界召喚というワードに対して、何という地味さだろうか。ニチカは色々な意味でショックを受けた。

 神の力の意味とは!?と、心の底から思う。

 そんなニチカのあまりの大粒の涙の流しっぷりに、神官長をはじめとした5人は驚き、おろおろとする。

 落ち着かせようと女性の1人が近づけば、更にびゃーっと泣き出され更に打つ手がない。ニチカからすれば、様々なショックで泣いている所にやたらと大きな相手が近づくものだから、小動物が上から手を出せばおびえるように、感情が加速してコントロール不能となったのだ。

 ニチカが落ち着くまで数分、神官長達からすればずいぶんと長く感じられた時間が過ぎ去り、ぐすぐすとすすり泣くまでに落ち着きを見せ始めたところで恐る恐る女性がハンカチを差し出した。


「あ…ありがどう、ございばす…」


 鼻のつまった声でそれを受け取るニチカに、周囲はほっと胸をなでおろす。


「幼い身空でこのように重責を課してしまい大変申し訳ないと存じますが…」


 ニチカのあまりの様子に一同は沈痛の面持ちで再度少女へと向き直る。


「幼い?私が?」

「はぁ、まだ幼くていらっしゃいます…よね?」

「え、この国の成人って何歳?」

「18でございます。」

「…」


 まだ涙の残る頬を拭うのも忘れて黙り込み、解せぬという表情を顔全体で表現するニチカに、周囲は首を傾げる。


「私、18ですが。」

「はい?」

「18です。何なら次の誕生日で19です。」

「…」


 今度は神官長が押し黙る。周囲もあっけにとられる。


「え?しかし」

「こんなにお小さいのに?」

「顔も大変幼くてかわいらしくていらっしゃるのに?」

「手足も随分とお小さいですが。」


 動揺し、汗を流す神官長よりも、女性陣からぽろっと出て、芋づる式にポロポロ零される何気ない言葉がニチカに突き刺さる。

 高身長巨乳ナイスバディで美人のお姉さんたちと比べられたら立つ瀬がない。


「私が小さいんじゃなく、この国の人が大きすぎるんです!!」


 バンバンッと、ニチカは思わず自分の膝を叩きながら抗議する。

 さっき目覚めてからずっと思っていた。

 この世界の住人、やたらでかい。でかすぎる。なぜこんな高低差があるのかと。

 そもそもニチカは、元の世界ではおおよそ平均身長付近。もしかしたらちょっとだけやや平均より小さいとしても、そこまで言われるほどの身長ではないはずなのだ。なのに、こんなにも小さいだのなんだの果ては幼女扱いなど解せぬ。


「その上なんでそんなに体のあちこちも豊かなんですか!ひどいですー!!」


 この辺りになるとただの八つ当たりでしかない。ニチカの胸はほとんどない。

 そのコンプレックスを刺激されまくる目の前の光景に、さっきとは違う意味で泣きたくなることこの上ない。

 異世界召喚とは!?神の力があるなら、今すぐ自分もボンキュッボンにして欲しいと願わずにはいられない。

 けれどどうやら心の底から祈ったところで、ボンキュッボンにしてもらえる力はないらしい。

 ひとしきり唸り声をあげ終わり、ニチカはぐったりと肩を落として溜息をつく。


「それで…私は家に帰れないんでしたっけ。」

「は…はい。」

「とりあえず、わかりました。そういうものなら一旦納得はしますが、帰る方法は探させてもらいます。」

「わかりました。」


 ニチカの落ち着いた声の様子に周囲はほっとしながらその言葉に頷く。


「今後についてはまた明日でもいいですか?疲れました。」

「はい。もちろんです。」


 頷き、退室していく神官長とそのお付きを見送り、ニチカは部屋を振り返ると、そこにはまだ3名もの大きな女性達。うっなんで、なんでなんだ。と心底その高身長に涙が出そうになる。

 どんなに平静を装いたくても、視線をそらそうとしても、ニチカの高さでは彼女たちの豊満な胸、胸、胸。3名もいると部屋のどこに視線を投げても胸が目に入る。

 自分のささやかすぎるするりとした鎖骨からお腹にかけてのラインに死にたくなる。

 こんな巨人の国で、どうして自分がそうなんだと全力で泣きながら、もう今日は寝ますとふて寝してしまおうとベッドへ寄れば、今度は3人に増えた女性達に取り囲まれ、2回目のお召替えタイムに入られてしまう。

 こんな、こんな、同じ人間のはずなのにとシクシクと泣きながらされるがまま、ニチカは再度真っ白なワンピースに身を包み、もう何も考えるまいとベッドにもぐりこんだのであった。




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