1話 新しいデータでゲームを始めますか?
「────」
ノイズみたいな音が辺りに木霊した。
気持ちの悪い音で、ぐわんぐわんと頭に響いてきた。
──息苦しい。
まだ死なせない、とでもいうように息苦しさは増すが気絶することもできない。
そっと、温かい感触が頬を撫でた。その温もりはまるで母の手のようだ。
──ぐぁ…!
息苦しさは増す一方。
『──君はまだ、死んではいけないよ』
聞こえた、二度目は明瞭に。己の耳は声を離さなかった。
『いってらっしゃい』
三度目の声が聞こえた頃には、自分は意識を手放していた。
※※※※
微睡の中を彷徨うのは、まるで霧の中を歩くみたいに行き場がない。
到着地点がないのだ。
ただ海を揺蕩うように。
「ぶはっ……!」
水面から顔を出す様に息をした。
夢の記憶はなく、息苦しさもとうに忘れてしまった。
変な汗をかいてるのか、少し布団が湿っている気がした。
「よく眠った…」
んん、とその場で背伸びをした。
カーテンの隙間から朝日が差し込みまさに“いい朝”だった。
すると、近くからかた、という音がした。妹が起こしに来たんだろうと思った。
「おはy…」
紡ぎかけた言葉は変換されなかった。
言葉が続かない。きっと誰しもがそう思う。
目の前には人間と思しき体の部品が転がっていた。
顔の原型も体の元の位置もわからないくらいにバラバラに、酷く、凄惨に、殺されていた。
目の前には、自殺した母が怯える様にこちらを見ていた。
「──ッ、ぁ」
掠れた声は絶望しか導かない。
人間は本当に絶望した時、叫ぶのではない。
言葉を発せないくらいの虚無感。
握っていた拳を緩めた。
直ぐ近くで、カタンと光るものが落ちた音がした。
血塗れのベッドの中、俺は1人になった。
※※※※
──虚無から生まれるものはなんだと思う?
分からない。
──戦争から生まれるものはなんだと思う?
知らない。
──じゃあ。ゲームから、遊戯から生まれるものはなんだろうか。
それは…。
────ゲームをしよう。
※※※※
ふわりふわりと浮かびながら
実は深い深い黒い沼に沈んでいる。
起きることが生ならば
死ぬことはなんだろうか。
そんなこと。
考えたって無駄さ。
哲学的な答えなんて
求めても意味なんてないのさ。
現実に答えはない。
※※※※
目覚めた。
というより、芽生えただろうか。
自分はそこに立っていた。
「よく眠った…」
反射的にそう呟いた。
“起きた”訳ではないのだがそれ以前の記憶がなければ仕方もあるまい。
ただ、記憶に何もない。という訳ではなかった。
両手の人差し指を顳顬にぐりぐりと押しつけ記憶を掘り出す。
阿求 靂。
どうやら自分の名前らしかった。
栗色の肩で切りそろえられた髪。眼鏡なし。服は袴みたいなのに無駄に大きい羽織りを羽織っていた。
その時。
ヒヤリと何か冷たいものが首筋にあたる。
つぅっと血が一筋流れた。
「──。」
声にならない声。
否、獣の叫びのそれに近い。
陽炎のように現れた目の前の少女。
虚無を表すような白い髪に白い服。
血で染められたような紅い瞳。
腕から生えた歪な刃は殺気を固めたようなものだった。
少女は其れを振りかざすと。
靂の頸を弧を描くようにはねた。