Side-4
「何か飲むか?」
「いや……いい……大丈夫だ、ありがとう」
俺の質問にセスは息も絶え絶えに答えた。
神力が切れる、ということがどれだけ苦しいのか俺は知らない。
そこまで神力を消費したことがないからだ。だが他の術師を見ても皆死にそうな顔をしているので、相当なんだろう。
命まではいかなくとも、ここまで来たら相当な自己犠牲の精神だと思う。
セスは下山の途中、ずっとシエルを気にしていた。
傷は開いていないか、意識はまだ戻っていないのか、そんなことを何度も確認していた。
俺だったら自分がここまで苦しい状態で人のことをそこまで気にかけられるだろうか。
「……風呂……行かないの?」
いつまでも動かない俺を見てセスが口を開いた。
「あ、ああ、考え事をしていた。その前に着替え手伝おうか? 服にシエルの血がついてる」
シエルを抱えていた時についたのだろう、白いシャツに赤い血がべっとりと付いていた。
「……そうだな……頼む」
俺はこの時、初めてリュシュナ族の証であるという胸の秘石を見た。
蒼い宝石が半分胸に埋まっていて、その周りに蒼い紋様のようなものが浮かんでいる。
命にも等しい、というのであればきっとこの秘石が割れたりしたら命に関わるのであろう。しかもこれを他種族が取り込むと不老になるという話も聞いたことがある。
それをまだ出会ってそんなに経っていない俺の前に晒すのは、信用してくれているのか、それとも今の状態ですら俺のことくらい恐るるに足りないのかどちらだろう。
そんなことを考えながら何とか着替えを終えた。
自分が風呂に入るために準備をしていると荒いノックの後に返事を待たずしてガヴェイン班長が現れた。
「班長?」
何だかずいぶん青い顔をしているように見えた。
班長はシエルをリベリオさんのところに連れて行ったはずだ。まさか何かあったのだろうか。
「セス……」
班長がセスの寝ているベッドの側へと寄った。
それをセスは苦しい表情のまま見つめていた。
「……良い知らせでは、なさそうだね」
そして、静かにそう呟いた。
心臓がドクドクと煩いくらいに鳴っていた。聞きたくない。嫌な結果は聞きたくない。
リベリオなら大丈夫だ。駐屯地に戻ればシエルは助かると、セスは下山の途中で口にしていた。
あの人は口は悪いが腕は確かだ。俺もその言葉を疑わなかった。
「シエルが、興奮して暴れたんだ。傷口が開いて……危ない状態だ。俺もニコラも診療室から出されたからその後のことはまだわからない」
「……なんだって?」
信じられないと言った様子でセスが聞き返した。
いや、俺も信じられない。
興奮して暴れるなんて、普段のシエルからはおそよ想像もつかなかった。
「暴れた? シエルが? なぜ?」
セスが体を無理やり起こしながら聞く。
ふらついた体を俺は慌てて支えた。
「………」
班長は答えない。
視線を逸らして苦渋の表情を浮かべている。
言えないこと、ということなのだろうか。
「……教えてくれ、ガヴェイン。何があったんだ」
「申し訳ない、言えない。俺は隊長のもとに報告に行ってくる。また後でシエルの様子は見に行く」
そう一気に捲し立てると班長は誰の言葉も待たずに部屋を出て行った。
「…………」
俺とセスは訳が分からずただ呆然とするしかなかった。
「シエルが……」
呆然とした表情のまま、セスが呟いた。
「俺、班長を追いかけて話聞いてくる」
「待って」
班長を追いかけようとセスをベッドへ寝かせようとしたら、セスが俺の手を強く掴んだ。
「ガヴェインに聞いてもあれじゃ答えない……。リベリオのところに、行かないと……」
セスは自力でベッドを降りて立ち上がった。いや、立ち上がろうとして地面についた足が崩れ、膝をついた。
「セス!」
「く……っ」
「俺が行ってくる。セスは体を休めないと」
「頼む。俺も、連れて行ってくれ……。頼むレオン」
セスの懇願に俺は悩んだ。
とても動いてもいい状態には見えなかった。
しかしシエルのことが一番気になるのは他でもないセスであろう。
「わかった……。俺に掴まって」
ふらつく体を支えながら、俺とセスはリベリオさんの診療室へと向かった。