Side-3
シエルがあれだけの怪我を負ったにも関わらずその命を繋いだ理由として、鎖骨下の太い血管を奇跡的に避けたことと、リザードマンが刃を抜く前に倒せたことが主にある。
特に刃を抜かれなかったことで出血が抑えられ、治癒術が間に合ったことが大きな要因だったらしい。
それでも正直五分五分だったと、セスは後に話していた。
その五分五分の勝敗に全てを賭けてセスはあの時、神力を使い果たした。
本来であれば確率が五分五分であるならば、あの場では諦めることも選択肢としてはあった。
むしろ後のためにはそうするのが騎士団の規約としては正しい。
しかしあまりにも冷静だったセスの様子からはもっと確率が高いように思えていたし、何とか助かるのでは、というのが外に残された我々の見解であった。
何より、パーシヴァルを失ったばかりの3班のメンバーは、これ以上の犠牲をひどく恐れていた。
それはガヴェイン班長ですらそうであったように思う。アイゼンとニコラからシエルが何とか命を繋いだことと、セスが神力を使い果たして気を失ったことを聞いて、心から安堵していた。
ここから先、任務終了までこの3班には治癒術師がいなくなったというのに。
だからだろうか、皆いつもよりも気を引き締めて任務に当たっていたように思う。誰1人として休憩を取ることもしなかった。何事もなく終えられたのは何よりだ。
ただ、大変だったのは下山である。
セスは自分を置いて行くようにと指示をしていたし、実際下山の際には意識も戻っていて直接そうするように言っていたが、班長はセスも下山させる判断を下した。
その判断について思うことはない。
だが、シエルの担架を持つのに2人、セスを背負うのに1人、まさかそれを女性にやらせるわけにもいかないので残された5人で交代しながら何とか下山した。
と言ってもセスは体重はそう重くはないが背がそこそこ高いので背負って歩けるのは俺と班長だけだった。俺と班長でセスを交代で背負って、残りの3人が交代でシエルを慎重に運んで普段の1.5倍は時間がかかった。
だから置いて行ってよかったのに、とセスは部屋に戻ってから苦い笑みを浮かべて言った。
3班に配属されてから、俺はセスと同室で生活をしている。
それでもこの人のことはよくわからない。
怒ったところは見たことがない。笑ったところもそう見たこともない。感情を表に出さない人、という印象だ。
聞いていた通り剣の腕は凄まじく、どんなモンスターを相手にしても息を切らすこともなく冷静に対処している。
そのセスが駐屯地の部屋に戻ってきても呼吸を荒くして苦しげな顔をしているのを見て、この人も人間なんだ、と不謹慎ながら思う。
天族、という情報しか知らなかったが、リベリオさんはセスがリュシュナ族である、と我々騎士見習いに教えてくれた。
リュシュナ族。
不老の種族で、神術に長けている天族の中でも珍しい武術系の戦闘民族であると学校で習った。
胸に命とも等しい秘石と呼ばれる石を宿していて、それを守るために武術に長けるようになったのだと言われているらしい。
ヒューマである自分たちと見た目も変わらないので、その話を聞いてもあまりピンとはこないが、自分たちからは考えられないくらいの長い年月を生きているのだろう。
下山してからのこともよく覚えている。
この日にあったシエルの怪我から駐屯地での出来事は、生涯忘れないであろう。