第73.5話 ガヴェイン
セスの憂鬱シリーズ4作目。
前3作に比べてかなりシリアスですのでご注意ください。
「胸を貸してくれ。頼む」
ガヴェインがそう言ってセスに頭を下げた。
「…………」
それは悲痛な懇願だった。
そうしなければ壊れてしまう何かを抱えているのでは、と思わせるほどに。
「いいよ」
受け止める側もそれに近い何かを抱えている。
まるで、傷の舐め合いでもするかのようだ、とセスは思った。
「……っ!」
重い斬撃だった。
受け止めるたびに剣を握る手が痺れ、非力な自分の心が抉られていく。
今すぐこの剣を放り出して、逃げ出したい。
そんな衝動に駆られるような重い斬撃だった。
あるいは、身を捻って避けてしまえば楽かもしれない。
乱雑な動作だ。それは容易いこと。
だがあえてセスは、ガヴェインががむしゃらに振るその重い斬撃を受け止め続けた。
これを避けてしまったら、何かが崩れてしまう気がして。
それはガヴェインの心だろうか。
それとも自分の心だろうか。
「……くっ……!」
責めるかのように止めどなく振られる剣。
そうやって、ガヴェインはガヴェイン自身を傷つけている。
決してセスを責めているわけではない。
セスが握る剣をガヴェイン自身に見立てて、叩きつけるようにがむしゃらに振っている。
班員を守れなかった自分を赦さない。
そう言っているかのように。
普段はこんなに乱暴な剣を振るう人間ではない、とセスは思う。
ガヴェインが剣を振るう時は大概セスも手を離せない時なので、直接的に見てきたわけではないが、感情に流されない真っ直ぐな剣を振る人間だという印象を持っていた。
それが今は、子供がムキになってでたらめに振っているような歪さを持ち合わせていた。
ひどく苦しそうな、縋るような表情で。
そんなガヴェインを見ているのは辛い。
いっそ自分を責めてくれれば。
いや、むしろ責めてほしい。
救えなかったのは、他でもない自分なのだから――――。
セスはそう、強く思った。
だがガヴェインは決してそれをしない。
3班の皆も、決してそれをしない。
だから心が抉られる。
ガヴェインがガヴェイン自身を責め立てるその剣で、セスの心も抉られる。
真剣な眼差しで教えを請うパーシヴァルの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
「……はっ……」
ガヴェインの息が切れている。
動きがさらに、乱雑になる。
それでも単純な力勝負ならセスよりガヴェインの方が勝るので、強く打ちつけられるたびにセスの手の痺れは蓄積していく。
「これ以上、自分を傷つけるな……ガヴェイン……!」
絞り出すように叫んだ。
「傷ついてるのは……俺じゃない……っ!」
「……くっ!」
とりわけ強い一撃。
その衝撃に、強く握った剣を取り落としそうになった。
「俺がみんなを傷つけたんだ……!」
一振り、二振り、と強く振られた剣を、セスは身を捻って躱した。
受け止めたら自分の手から剣が離れていってしまう気がして、もしそうなったら余計にガヴェインが傷ついてしまう気がして、できなかった。
「だから痛いのは、俺じゃない!!」
そう叫びながらガヴェインがセスに向かって木剣を振りかぶった。
「……なら、俺が痛みを与えてやる……!」
セスはそれを舞うように避けて、ガヴェインの隙だらけの左脇腹へと強く打ち込んだ。
「ぐぁっ!」
あえて受け身を取らなかったのであろう、ガヴェインの体が地面を転がっていく。
「……はぁ……はぁ……」
セスの手から木剣が滑り落ちた。
ひどく疲れた。痺れた手の感覚が曖昧だ。
こんな風に、感情に任せて剣を振ったのは初めてかもしれない。
「ぐっ……うぅっ……」
「……痛いか」
痛みに蹲るガヴェインを見下ろしてセスが言った。
だいぶ強く打ち付けた。骨が折れただろう感触もあった。
かなり痛みはあるはずだ。
「…………」
返事はない。
それでもこれで、少しは救われただろうか。
誰も与えてくれず、自分を傷つけてもなお満ち足りない痛みで。
それでも決してガヴェインは自分を赦しはしないだろうが、優しくされるよりはまだいいだろう。
「……ガヴェイン、俺にも痛みを与えてくれよ」
だから次は、自分にも。
「…………」
消え入るように呟いた言葉に、やはり返事はなかった。