Side-10
セスは、2時間ほどで目を覚ました。
本当はもっと長く眠っているはずだったのに、と睡眠薬を投与した治癒術師は困ったように呟いていた。
それに対して俺はリュシュナ族だから、と答えになっているのかなっていないのか分からない返答をして、セスは再びシエルの治療に戻った。
シエルの治癒を担当した治癒術師はさすがに疲労困憊のようで、医術師であるファロスという男が後を引き継いでいた。セスの怪我を最初に外科処置したのもこのファロスである。
ファロスはセスが眠っている間の現状を説明しながら、もう少し休んだ方がいいとセスに勧めていた。だがセスはヒューマじゃないから大丈夫だと、無理やりファロスから治療を引き継ごうとしていた。
私とヒューイはそのやり取りを聞きながら、ファロスにセスの好きにさせてあげてほしいと頼み、眠っているシエルを見舞った。
それが、朝8時のことだった。
9時半を少し過ぎたころ、シエルが目を覚ましたとセスが私とヒューイの元へ報告に来た。
ならば様子を見に行こうと席を立った私たちに、セスは首を振った。
「酷い幻覚症状にある。俺のことをニルヴァだと思っているようだ。激しく暴れたので薬で眠らせた。申し訳ないが、ファロスに後を頼みたい。俺では多分……また同じようになる」
「そうか……分かった。セス、少し休むといい。食事を用意させよう」
「…………」
ヒューイの言葉にセスは辛そうな表情で、目を伏せた。
それから、セスは一度もシエルの所には行っていない。
その間にお風呂に入ったり、食事や仮眠を取ったりしながらファロスからの定期報告を受けている。
シエルは、昼前にはセスが打った睡眠薬による昏睡状態から回復した。
しかしどこか一点を見つめたまま、こちらからの呼びかけには一切の反応を示さず再び昏睡状態に陥ったと話すファロスの言葉を、セスは表情を変えることもなく聞いていた。
昼過ぎ、私は1人でシエルの元へと出向いた。
「リィン、少しシエルを頼めるかな。軽く食事を摂りたいのだが」
部屋に入るなり、ファロスが私に言った。
「いいけど、目を覚ましたらどうすればいいの?」
「どんな様子だったか、後で教えてほしい。目を覚ましてもやれることはないから」
「なるほど。分かった」
そう言ってファロスを見送ってしばらく経った時、シエルがうなされ始めた。
「う……うぅ……」
もがくように首を左右に振り、手足を激しく動かしている。
両手に着けられた鉄枷の鎖がガシャガシャと鳴った。
「あぁぁ……ああ……」
どうしよう。ファロスを呼ぶべきか。それとも、このまま様子を見るべきか。
悩んだ末に一応声だけはかけてみようと廊下へ出たら、セスが見えた。
ヒューイの元へ行こうとしているようだ。
「セス」
声をかけると止まって振り向いた。
「セス、シエルがすごいうなされてる」
「ファロスは?」
私の言葉にそう聞きながらセスは近づいてくる。
「軽く何か食べてくるって」
「そう……俺じゃ、逆効果になりそうだけどどうかな……」
それでもシエルの様子は見てくれるようだ。
私の後に続いてセスも部屋へと入った。
「うぅ……うあぁ……」
シエルはまだうなされている。
玉のような汗を浮かべ、苦しげな表情でもがいている。
「シエル」
私が声をかけると急に聞いたことのない言語で話し始め、叫びだした。
「シエル……」
これが異世界の言語か。分かったのはその中に含まれていた"ニルヴァ"という単語だけだった。
ニルヴァの元にいた時の夢を見ているのだろうか。苦しげにもがくシエルは見ていられないほどに痛々しい。
「睡眠薬を入れよう。深く眠らせれば夢も見ないだろう」
少し離れていたところで見ていたセスがそう言いながら何かを準備し、注射器を持ってシエルの前へとやってきた。
「う、うわああああっ!」
暴れるシエルの腕をセスが強く押さえると、シエルはさらに叫んで暴れた。
異世界の言葉で何か言っていたが、セスは意に介さずそのまま針を刺した。
「シエルがさっき何を言っていたかセスはわかった?」
シエルが深い眠りに落ちたのを見届けて、私はセスに聞いた。
「いや……」
さすがにセスも異世界の言葉はわからないようだ。
短くそう答えて首を振った。
「ヒューイやファロスがいる時に、異世界の言葉を口にしなければいいけど……」
「…………」
私の呟きに、セスは何も言わなかった。




