Side-8
血の匂いがする。
餌にはしたことのない人間の血の匂いだけれど、誰のものか分かる。
セスだ。確実に傷が開いている。
私はその匂いを追った。
多分、セスの怪我は命にはかかわらない。急所は避けているし、吸血族みたいに特殊な回復能力はないにしても地族に比べたら格段に高い回復能力は持っているはずだ。
それでもセスはシエルの治癒で消耗した体力を回復させていない。出血が酷くなれば動けなくもなる。今のセスを1人で行動させるのは危険だ。
ヒューイに人員を投入させたとは言え、ヒューマは夜の闇では大した役には立たない。
多分今この闇の中でシエルを見つけられるとしたら私かセスかのどちらかだろう。
本来ならば手分けして探すのが効率がいいのだけど、セスを1人にもできない。
「セス!!」
程なくしてセスに追いついた。
開いた傷から流れた血が地面に散っている。
「…………!」
私の声にセスが止まった。
「はぁ……はぁっ……リィン……」
セスは傷口を強く押さえて壁によりかかった。
「その怪我で走るなんて無茶だよ!」
私は傷口を押さえるセスの手を無理やり外し、流れた血を戻し、止めた。
流れた血、と言ってもここに来るまでの道中に散っているのでそう多くは戻せない。
「傷、塞いで! 治癒術で!」
「……そんな力は……今はない」
シエルの治癒に尽力した後も休まずにいるからだ。
今のセスはおそらく、神力よりも体力の方がない。
シエルの治癒のために使った神力は時間と共に回復してきているだろうが、それに伴って消耗した体力を怪我のせいで回復できないでいる。
神力を消耗していった場合はリミッターがかかるが、体力にはかからない。体力がない状態で神力を消耗していけば先に体力が尽きて死んでしまう。
「じゃあ戻って。帰還点に送るから。シエルは私が探す」
「これは、俺のせいだ……。やはり身体の拘束は行わなければならなかった。俺の判断ミスで、シエルがいなくなってしまった……。俺が、探さないと……」
自分に言い聞かすように言ってセスが私の手を外す。
再び傷口から血がじわじわと滲み出した。
「でも……!」
「大丈夫だ。これくらいの傷じゃ、死なない。大丈夫だから」
そう言ってまた走り出す。
「セス!!」
私はそれを慌てて追った。
あの状態ではこれ以上言っても聞きはしないだろう。仕方がない。
探し始めて1時間は経っただろうか。見つからない。
「はぁっ……シエル……どこだ……」
私もセスも焦りを隠せない。
シエルは外傷が全て治癒されたので、私ではシエルの場所を知ることはできない。
「そもそも、こっちに来てない可能性もあるよ……」
第2待機施設はカルナの南西部にあるが、そこからどこの方向へも行ける。
私たちは今南の方を探しているが、北に向かった可能性だって大いにあるのだ。
そうなれば南の方をいくら探しても見つかりはしない。
シエルは地族だ。この闇の中で道がわかるとも思えない。闇雲に移動しているだろう。
「シエルの位置を特定できない以上……こうやって探すしか……」
その通りだ。
入り組んだ路地を虱潰しに探していくしかないのだ。
もうだいぶ空が白んできた。
見つからない。
ヒューイが投入した人員とは一度すれ違った。
何故同じ確率なはずなのにシエルには会えないのか。
「…………!」
急にシエルの血の匂いがした。
何かがあったとしか思えないほど急に濃く感じる。
「セス! シエルの血の匂いがする!」
「…………!?」
私が叫ぶとセスも止まった。
「すごい出血をしている……。早くしないと危ない……!」
「どこだ!?」
私の言葉にセスが焦ったような表情で私の肩を掴んできた。痛い。その力にどれだけ焦っているかがわかる。
「こっち!」
走った。私とセスはとにかく走った。
やばい出血量だ。命に関わるほどの怪我をしている。
早く。早くしないと。
でも近い。本当に近いところにいる。
「シエル!!」
路地を曲がってすぐにシエルが見えた。
血だまりの中に倒れている。
近寄って呼吸を確認すると、まだ息があった。
まだ息がある。今はまだ。このままでは死ぬ。
私は流れている血を体内に戻して留めた。
「セス、傷を塞いで! 早く! 体力が尽きないくらいでいいから!」
シエルの傷口に手を当てて血を止めながら後ろにいるセスに叫ぶ。
手を離せばまたすぐに出血する。傷を塞がなければ。
だけどセスはすぐに来なかった。




