Side-7
「セス……少し休んだ方がいいよ」
夜中の2時過ぎ、ずっとシエルに付き添ったまま休みもとらないセスを見兼ねて、私は声をかけた。
シエルの意識は戻らないが、状態は安定しているという。
「……大丈夫」
とてもそうは思えない様子でセスが答える。
酷く顔色が悪い。
「軽食、用意したよ。少し食べなよ」
「…………」
セスは戻ってきてから仮眠すら取っていない。食事もほとんど口にしていない。
「このままじゃセスが倒れちゃうよ」
「……そうだな。ごめん、少し、もらおうか」
セスは手にしていた紙とペンを置いて私の元へ歩いてきた。
私はセスを休憩のために用意してある部屋へと案内した。
「食べられる?」
「……ありがとう」
セスは私が用意したサンドイッチを二口ほど口にして、目を閉じた。
「……はぁ……はっ……」
椅子の背もたれにもたれかかってセスが荒い息を吐く。
痛みに耐えるように顔を歪めている。
「傷、痛む?」
「……さっき自分で痛み止めは打ったんだけど、切れてきたようだからね……。日が昇ったら、彼らに治癒術をお願いするよ」
意外にも正直にそう口にした。それだけ辛いのだろう。
シエルを治癒した治癒術師の2人も疲労困憊で今は休んでいる。
皆が皆、満身創痍だった。
「ねぇ、シエルが転生者だって、知ってたの?」
「…………」
唐突な私の質問にセスは目を開いて私を見た。
「……知っていた」
そして長い沈黙を経て、そう答えた。
「そっか」
私もそれだけを答えた。
セスがそれを知っていたからといってどうするということはない。シエルが転生者であったからといってどうするということもない。私には興味のないことだ。
「……リィンは……それをヒューイに言うの?」
セスの質問に考えを巡らせる。
ヒューイであれば、転生者の利用価値を見いだすかもしれない。
シエルを再び、利用しようとするかもしれない。
それは嫌だと思った。これ以上シエルを騎士団に関わらせたくない。
「言わないよ」
「……そう」
私の言葉に、セスは短くそう言って再び目を閉じた。
しばらくそうしてからシエルの元に戻る、と席を立った。
セスの後に続いて私もシエルの元へと向かう。
何度か私も様子を見には行っているが、一向に意識は戻らない。
「ファネル……なんだっけ、あれってやばい薬なの?」
歩きながら私はセスに尋ねた。
「ファネルリーデは……ルブラにのみ生息する麻薬だ。薬が抜ける前に2度打てば確実に廃人になる。全ての感覚を麻痺させた後、強い幻覚症状に苛まれるのが特徴だ。本来、自白のために使うのには向いていない。自傷行為をする可能性もあるから、本当は身体を拘束したほうがいいんだけど、今のシエルにはあまりやりたくな……」
言いながらシエルがいる部屋の扉を開けたセスは唐突に言葉を切った。
「…………?」
部屋に入らず立ち尽くすセスの横から部屋を覗く。
「シエル……?」
ベッドには誰もいなかった。
奥の窓が開いている。
私はセスを押しのけて部屋の中に入り、窓の外へと顔を出した。
ここは1階だ。落ちて下にいるということはなかった。どこかへと行ってしまっている。
私たちがこの部屋を開けたのはほんの15分程度のことだ。今まで目を覚まさなかったシエルがこんな時に限って目を覚まし、こんな時に限ってどこかへと行ってしまった。
「私探してくる!」
驚愕の表情で立ち尽くすセスに私は言った。
短剣で腕を切ってこの部屋に帰還点を設置する。
「俺も……俺も行く」
そう言って私の返事を待たずにセスは走って行ってしまった。
無茶な。あの怪我で。
「セス!!」
大きい声で呼んだけれど当然戻ってはこない。
私は急いで2階へと上がり、ヒューイが仮眠をしている部屋の扉を乱暴に開けた。
「ヒューイ! シエルが……シエルがいなくなった! 急いで人員を投入して!!」
部屋に入るなり叫んだ私の言葉にヒューイは飛び起きた。
「なんだと!?」
ヒューイは私たちが戻ってから調教施設を押さえたり、バルミンドを捕らえようとしたブライトウェルの手の者から事情を聞き出したりと忙しく動いていた。
休んだのはついさっきのことだ。
それでもそんなことは気にしていられない。
「ヒューイ、頼んだよ! 私も探してくるから!」
そう言い残して私も夜の闇の中へと走り出した。




