Side-6
「……ごめん、こんなやり方をして……。時間が、なかったから……」
セスが剣を鞘に収め、私の前まで来て言った。
セスは強い神気を一瞬で放出させることで、私とニルヴァの動きを封じた。
あれは無理だ。おそらくニルヴァだって相殺を試みたのだろうが、並大抵の魔族では到底太刀打ちできない。あんな強い神気を出せる天族がいるなんてアルディナは末恐ろしい。
セスが右手を差し出している。
私は素直にその手に掴まって立ち上がった。立ち上がろうとした。でも膝が崩れてできなかった。
「ご、ごめ……」
セスにもたれかかるように倒れ込んだ私の体を、セスは抱きかかえた。
まるで怪我などしていないかのように。
ここに来た時みたいに、男の人にそうされてドキドキするなんて余裕はない。
恐怖に震える体を鎮めることに必死だった。
「頑張って帰還点まで送ってくれ……。頼む。早くシエルを治療しないと」
そう言いながらセスは私をシエルの側に下ろし、机の上に置いてあった鍵でシエルの枷を外した。
私の横にシエルを横たえる。
ぐったりとしてピクリとも動かない。
「ごめん、腕、切って……お願い」
震える腕をセスに差し出した。
自分の血がなければ術を使えない。でも自分を傷つけることすらできなかった。
「…………」
何も言わずにセスがコートから短剣を取り出して、私の腕に滑らせた。
血が滴って地面に染みを作る。
「つっ……私の、手を握って」
痛みには慣れているはずなのに思わず声が出てしまった。
隣にいるシエルの肩に触れながらセスに再び手を差し出す。
同時に転移するには触れていなければできない。セスもそれは当然分かっているだろう、素直に私の手を握った。
「我が血の元へと送りたまえ」
ヒューイからは、私たちがいきなり現れたように見えただろう。
執務用の机で何か事務作業をしていたようだが、衝動的にガタッと立ち上がった。
「……3人とも……!」
私たちの元へと駆け寄ってくる。
そしてシエルを視界に入れて、あまりの惨たらしい様子に、青い顔をして顔を背けた。
「目を背けるなよヒューイ……!」
「…………!」
そんなヒューイにセスが掴みかかった。
胸ぐらを掴んで、険しい表情でヒューイを睨みつけている。
ヒューイは驚愕の表情でセスを見つめ返した。
「これはお前が始めたことだ……その結果に責任を持て!」
そう強い口調で言って乱暴な動作でヒューイをシエルの側へと引っ張った。
ヒューイはバランスを崩したようにシエルの側に膝をつくと、そのままシエルの息を確認し、顔を歪めて強く目を閉じた。
「……すぐに治癒させる」
今まで目にしたことのない2人の様子に、私は何も言えなかった。
第2待機施設に配置しておいた2人の治癒術師の治癒術と、吸血族の血を戻し止める力を持って、シエルに治癒が施された。
セスの怪我も浅くはなかった。だがセスは私の力も、治癒術も拒否した。その分の力を全てシエルに回して欲しい、と。
自分で自分を治癒することもせず医術師に外科的な処置を頼み、それが終わるとすぐにシエルの治癒に加わった。
シエルを完全に治癒させるのには時間がかかった。
目に見える怪我の他に、骨折など体の中の怪我も酷かったからだ。
私たちがこちらに戻ってきたのは朝方のことだったと思うが、シエルを完全に治癒させられたのは21時前だった。
そしてそこからはセスが医術師としてシエルの側にずっと付き添っている。
正直セスの怪我を思うとそれができるほどの状態だとは思えない。それでもセスは休むことなくシエルの治療に当たっていた。
「……調教施設に行かせた部下が帰ってきた。奴隷として捕らえられていた獣人以外に生きている者はいなかったそうだ。セスが殺したのか?」
もうすぐ日が変わる時分、私はヒューイに1人呼び出された。
部屋に入るなり私を真っ直ぐに見つめてヒューイが問う。
「……うん」
「では、地下牢で死んでいたという銀髪の男がニルヴァか?」
「うん」
「……そうか」
そう言って窓の外を見つめ、ヒューイは口を閉ざした。
想定内だったのか、想定外だったのか。何を考えているのか窺い知ることはできなかった。