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クルスの調べ - Side Story -  作者: 緋霧
その時彼らは - リィン -
18/24

Side-5

「シエルはミトス語ではない言語を口にした。当然ルブラ語ではない。だが、アルディナ語でもなかろう。極限状態に陥った人間が口にするのは一番使い慣れた言語だ」


 男が言葉を続ける。

 ミトス、ルブラ、アルディナ、そのどれでもない言語が存在していることは私も知っている。

 稀に生まれるという、異世界からの転生者。その人物が異世界で使っていた言語だ。


「シエルは異世界からの転生者だな? お前たちがどこの手の者か知らないが、ずいぶんと貴重なものを囮として使うじゃないか。残念ながら廃人にしてしまったかもしれん」


 残念ながら、などと口にはしているものの、そうは思っていないような笑みを浮かべて男が言う。

 シエルが転生者であったことなど、私は知らなかった。

 おそらくヒューイだって知らなかったはずだ。

 セスはそれを知っていたのだろうか。慌てた様子も、驚いた様子も見せないのでその答えをうかがい知ることはできない。


「どちらであってもお前には関係ないだろう。ここで死ぬのだから」


 セスが低い声で静かに言った。

 生かして捕らえるという選択肢は全くない言い方だ。


「はは、ずいぶんな自信だな、天族。だが俺とてそう簡単に命をやるつもりはないぞ」


 そう言いながら男が体ごと完全にこちらを向いた。


「俺はニルヴァ。お前の名は?」


「セス」


 男の質問にセスは素直に答えた。

 そして私を見る。


「下がって。自分の身は守れるよね?」


 私はその言葉に頷き、檻のすぐ側まで歩いてセスから距離を離し、短剣で自分の足を切ってその血で自分にも血結界を張った。

 セスはそれを横目で見て確認すると、地面を蹴った。


 一瞬でニルヴァとの間合いを詰め横殴りに振った剣は、ニルヴァがいた場所を凪いだ。

 ニルヴァは音もなく一瞬で姿を消した。私からはそう見えた。

 そしてセスの背後からいきなり現れて同じく横殴りに剣を振る。

 それを分かっていたと言わんばかりに、セスは体を深く落として避け、立ち上がりざまに下段から上段へと剣を振る。

 男が再び音もなく姿を消し、その剣は空を切った。


「…………」


 ニルヴァは姿を見せない。

 セスは目を閉じて佇んでいる。きっとニルヴァの魔力の動きを探っているのだろう。

 影移動の源は魔力だ。消える時も現れる時も、そこには魔力が発生する。

 視覚を封じることで、セスはその魔力の流れをより感じようとしているのだ。

 戦闘訓練として最初にやる基礎的な動きだ。


 セスの影がうごめいた。

 だがそれは一瞬で弾け飛ぶように散る。

 セスの気が相殺させたのだ。ゾクっとするような強い神気だった。

 ニルヴァがセスの頭上から現れ上段から剣を振り下ろす。それをいとも簡単に受け止め、剣を弾いてニルヴァを後方へと追いやった。


「……チッ」


 着地したニルヴァが舌打ちする。

 ニルヴァの攻撃はセスに効いていない。

 だが、セスの攻撃もまた、ニルヴァに届いていないように思える。

 このままでは負けないけど勝てない戦いになりそうな気がする。

 かと言って加勢ができるとも思えない。私ではかえって足手まといだ。成り行きを見つめることしかできない。


 ニルヴァが剣を構えて地面を蹴った。

 セスはそれを構えることもなく見つめている。

 なぜ構えないのか、と思ったその時、セスが凄まじい気を発した。


「うっ……」


 セスが放った強い神気に私の体は震えた。


 息ができない。苦しい。体が痺れる。立っていることができずに膝をついた。

 シエルと私に張っていた血結界が崩れる。保つことができなかった。


「はっ……はぁっ……」


 何とか空気を吸い込もうと体が必死で呼吸をする。

 でも吸っても吸っても空気が入ってこない。


 苦しい。


 やがてその気がスッと消え、私は顔を上げて2人を見た。

 ニルヴァの剣がセスの右脇腹に深く食い込んでいる。

 そしてセスの剣は、ニルヴァの心臓を貫いていた。


「くっ……」


 ニルヴァが苦悶の声を上げる。

 セスが剣を引き抜くと、ニルヴァは倒れて動かなくなった。

 床に夥しい量の血が流れていく。


「はっ……は……」


 セスの右脇腹から流れた血が白いシャツを赤く染めていく。

 荒い息を吐きながらセスは傷口を押さえた。その左手も流れる血が赤く染めていった。


「セス……」


 その血を止めることは私にはできる。

 流れた血を戻して止めることは、吸血族には造作もない。

 だが体が震えて動けない。もう気は消えているのに震えが止まらなかった。


 この男の血を欲しいなどと思った自分を殴り倒したくなる。

 この男は恐ろしい人間だ。首筋に牙を立てる前に、自分が一瞬で殺されてしまう。

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