Side-4
「ぐぁっ」
苦痛の声を上げて、扉の向こうにいた人間が倒れ込んだ音がする。
セスは結界術が敷かれているであろう地面を踏まないよう剣で扉を開くと、その場所を飛んで避けて家の中に入った。
踏まなければ上を通過しても問題ないそこを、私も同様に飛んで避けて家の中へと入る。
セスが投げた短剣は、扉の向こうにいた人間の心臓を射抜いていた。
あのわずかに開いた扉の隙間から的確にそれを実行したというのか。
無表情でその短剣を引き抜いて血を拭うセスを見て、恐怖すら感じた。
「侵入者だ! ニルヴァ様に知らせろ! ぐっ……!」
セスは片っ端から見える人間を全部1撃で斬り殺していく。
先ほどと同じく無表情で。そこに何の感情も感じられず、私は驚愕の表情を隠せない。
「どっち?」
そんな私を気にすることもなくセスが問う。
ヒューイからセスは治癒術師でもあり、医術師でもあると聞いた。人の命を助ける立場の人間が見せる表情とは思えないほどの冷たい表情で、この人は人を斬り殺している。
アルディナが生んだ悪魔。なるほど、上手い例えだ。
「リィン、シエルはどこ?」
答えない私にセスは言葉を変えてもう一度問う。
「こ、こっち……!」
思考が現実へと戻り、私は慌てて言った。
私にさえ、何の躊躇いもなくその剣を振るうのではないかと恐怖に震えた。
シエルの匂いは地下から強く感じた。
そこに至るまでもう何人セスは殺したのだろう。
私はただそれを見ていただけで何1つやっていない。
セスもそんな私に何かを言うことはなかった。
「準備はいい? シエルの安全の確保は頼んだよ、リィン」
地下へと続く階段の前でセスが止まって言った。
「……分かった。準備はいいよ」
「じゃあ行くよ」
私の返事を聞いて、セスは階段を下りていく。
震える足で、私もそれに続いた。
階段を下りた先は牢屋だった。
広い通路を挟んで左右にいくつか牢が並んでいる。
通路の突き当たりに、男が1人とシエルがいる。
男は私たちが下りてきたのに気づくと、体を横向きに回し、顔だけこちらを向いた。
距離があるのでここからでは表情がよく分からない。
シエルは、天井から吊るされた鉄枷に両手を拘束されているようだった。
ここからでも全身が血に塗れているのが分かる。生きているのか、それとももう手遅れなのか、私には分からなかった。
その凄惨な光景に、胸が痛いくらいに締め付けられる。
セスは躊躇うこともなく先へ進んでいく。
その後を追いながら左右の檻に目をやると、人がいる檻がいくつかあった。
いずれも獣人族の子供だ。怯えている子供や、泣いている子供もいる。
「ようこそ」
奥まで私たちが歩いていくと、男が不敵に笑いながら言った。
シエルの意識はなかった。
でもおそらくシエルは生きている。
全身に傷を負ってはいるが、見た限りはそのどれもが致命傷には至っていない。
死なないように苦痛を与え続けられた、そんな状態だった。
思わず、目を背けたくなってしまうほどに惨たらしい。
私は瞬時にシエルの血を使って血結界を張った。
血結界は血を操り陣を描き、その中にいる者にすべての攻撃を無効化する吸血族特有の能力である。
ちなみに、誰かに血結界を張りながら同時に自分にも張れる優れものだ。
維持するために何も出来なくなるが、これでシエルの身の安全は確保される。
「リンフィーの結晶は囮だったとはな」
血結界でシエルがこちら側と遮断されても男は笑みを崩さない。
「……ずいぶんと惨い仕打ちをしてくれたようだな」
私の隣に立つセスが、表情を変えずにいつもよりも低い声で言う。
無表情さとその低い声が一際私の恐怖を引き立たせた。
「なかなか粘られたものでな。拷問に耐える訓練も受けていないであろうエルフがここまで頑張るとは俺も驚いた。あまりにも吐かないから薬を使わざるを得なかったくらいだ」
不敵に笑ってニルヴァが言う。
ひどく癪に障る笑みだった。
「……何を打った?」
「ファネルリーデ」
その答えを聞いたセスが表情を険しくした。
私には男の答えが何を意味しているのか分からない。
ただ、セスのその様子からしていいものでないことは確かであろう。
「それで得られる答えに信憑性などないことはわかっているだろう」
「そうだな。だが面白いものは得られた。お前たちはずいぶん稀有なものを持っていたようだな」
2人の言葉の意味が全く分からない。
1人追いていかれているようで、焦りが生まれる。
「…………」
セスは何も言わない。
その稀有なもの、という言葉に心当たりがあるのだろうか。