Side-2
ヒューイが協力を要請した知り合いの冒険者は、天族だった。
リュシュナ族。学校でも習ったことがあったし、ガルムからも聞いたことがある。アルディナが生んだ悪魔、魔族の間ではそう呼ばれていた。
何でも騎士団からSランク冒険者の要請をギルドに出して紹介してもらったのがセスらしく、ヒューイは一度一緒に仕事をしたことがあるのだとか。
天族。天族を餌として口にしたことは今までに一度もない。
普段の餌は騎士団内部の人間から提供されている。まぁ、少し血を戴けばいいだけなので誰でもいい。
でも天族。極上と呼ばれる天族の血は、飲んでみたい。
しかもそれがまた美しい男だった。
胸糞が悪いこの依頼を、非人道的だと吐き捨てたセスの歪んだ顔は魅力的だった。ぜひともその首筋に牙を立ててみたい。
シエル。囮として呼ばれたこの少年は何とも不思議で、一見頼りなさそうに見えて意外と強い芯を持っている、そんな印象の少年だった。
だって、贖罪のために依頼を受けるだなんて、偽善もいいところだ。
しかも自分が以前に襲われたことを逆に利用するとは、大した精神の持ち主である。
でもそういう人間は嫌いじゃない。ヒューイみたいに、いい人の仮面をかぶった裏で冷徹なことを考える人間よりよっぽどいい。
だからシエルを助けるために尽力するのは、悪くない。
神属性のエルフの血は、神属性のヒューマよりもおいしかった。
ヒューバート・バルミンドにほぼ脅しとも言える協力を取り付けたヒューイは、その後すぐさまヒューバート及び関係者がカルナから出られないように手を回し、実行犯の男を拘束した。
そしてあの場所と家族が住む家に人員を配置し、24時間体制で監視に当たらせたのだ。
しかもシエルのために、デッドライン討伐でシエルが属していた班の班長を務めた大尉まで借りてきた。
その手際の良さには驚きを隠せない。
こういうところが、ヒューイが中佐まで上り詰めるに至った所以なのだろう。
シエルがバルミンドの元に出発してから、私たちは第2待機施設へと移動した。
ヒューイが用意したこの場所は、簡易診療所が併設されている騎士団の詰所だった。
シエルが怪我をしても、私たちがエンバイテンの男と戦って怪我をしてもすぐに治療できるように、治癒術師も2人ほど配置している。
何とも痒いところに手が届く男だ。
「取引場所はここだ。バルミンドから聞き出した場所と、俺が目処をつけていた場所は一致していた。しかし、調教施設はバルミンドも知らなかった」
施設につくなりヒューイは地図を広げて私とセスに説明を始めた。
おそらく、ここから取引場所までは歩いて1時間ほどだろうか。なかなかに遠いがあまり近づきすぎても感づかれるのでしょうがないのだろう。
「ガルムに聞いたんだけどさ、どうやらエンバイテン族は影移動っていうのを使えるらしいよ」
一見脈絡のない私の言葉に2人の視線が集中する。
「影移動とは?」
「エンバイテン族は、ごく短距離……30分圏内くらいの距離を一瞬で移動できる。それを影移動っていうらしいよ」
ヒューイの質問にガルムから聞いたことを答える。
この任務でエンバイテン族と戦うことが分かった時、私はガルムにこの一族のことを詳しく聞きに行った。
吸血族が魔力で血を操るのと同様に、魔力で影を操る。それは以前にガルムから聞いていたから知っていたが、瞬間移動能力も持っていたとは私も聞いて驚いたものである。
「なるほど。その影移動で調教施設まで移動しているのか。道理で取引場所を張っても現れないはずだ。それに照らし合わせると調教施設は取引場所から30分圏内ということか」
別段その事実に驚きも見せずにヒューイが言う。
「瞬間移動……やっかいだな」
セスは自分が戦うからだろう、その部分を掘り下げた。
何とも対極的な感想を持ち合わせた2人だ。