Side-1
本編第136話~第143話をリィン視点から描いた話+α。
全11話です。
ヒューイ・ストークスという男は騎士団内でも有名だった。
26歳という若さで中佐にまで上り詰めた男だ。
部下からの信頼も厚く、その手腕は時折耳にする。
でも今まで彼と共に仕事をしたことはない。
ヒューイは剣の腕もなかなかのものと聞いているが、討伐の前線に出て指揮を執るということはあまりない。主にカルナで行われている闇取引の現状捜査を担当していた。
逆に私は討伐の前線に立つことが多いため、彼と接点はほとんどなかったのだ。
そんなヒューイがある日突然、私に仕事を手伝ってほしいと申し出てきた。
「……私に? あなたが?」
こうやって面と向かって話をするのは初めてかもしれない。
整った顔に清潔感のある髪型、誰にでも等しく紳士的に接すると噂の彼は、女性からの人気も高い。
現在28歳。結婚適齢期だと思うがそういう話は聞かない。
「ガルム総長からは、今君は手すきだと聞いているのだが」
ガルムというのは魔族の特殊部隊を束ねる総長だ。
そして、100年前に私をヒューマから吸血族へと変えた人間でもある。
吸血族は同じ魔属性の者しか眷属にはできない。そして、元から吸血族として生まれた魔族以外で吸血族になれるのは、ヒューマしかいない。
「そうだね。手は空いているけれど」
私は100年前、カルナの地下で秘密裏に活動を行っていた邪教徒によって、生贄に捧げられた。
邪教の名前はグレヴァンス教。魔族でのみ構成された組織である。
グレヴァンスという名のサルタリス族の悪魔を教祖として、日々生贄と称した餌を献上することで自らの魂の価値が上がるとかいう訳の分からない宗教団体だ。
ガルムは騎士団に協力し、そのグレヴァンス教を撲滅させたことでベリシア国お抱えの吸血族となった。
私は、そのグレヴァンスに捧げられた最後の生贄だった。
通常、魔族が餌とするのは神属性の者が多い。何を餌とする魔族であっても、神属性の人間は極上の餌だ。魂でも、血でも、肉でも、神力でも。
同属性でも餌にならないことはないのだが味が劣るし、自分の糧にはあまりならない。
が、グレヴァンス教の邪教徒たちは焦っていたのだろう。餌として食べられるのであれば何でもよかったみたいで、魔属性の私をも生贄に捧げた。
サルタリス族は、人間の血肉を餌とする魔族だ。
生きたままグレヴァンスに食べられ、激しい苦痛にもがく中、私はガルムに助けられた。
もう死ぬ一歩手前だった私を、ガルムは吸血族の眷属とすることで助けたのだ。
吸血族は不死特性ではないけれど、ほぼ不死と言っていいほどの肉体回復能力を持つ。
ガルムによって吸血族にされた私の体は、グレヴァンスによって損傷させられた傷を瞬く間に回復させた。
それ以来、吸血族になった私はガルムの側で生きている。
「じゃあ手を貸してもらえるか? 君の力が必要なんだ」
「ガルムがいいって言うならいいよ」
ヒューイから協力を要請された作戦は何とも胸糞が悪いものだった。
騎士団内でも評判がいいこの男が、そんな手を打つとは甚だ可笑しい。それとも、こういう手を打てるような人間だからこそ、その若さで中佐にまで上り詰めたのだろうか。
「ちょうど今デッドラインの討伐隊に囮を頼めそうなエルフがいる。彼に依頼を要請するつもりだ」
「へぇ。で? 私にその囮の元へ行って、エンバイテン族の男を殺れって?」
エンバイテン族。影の一族と呼ばれる文字通り影を操る一族だ。
ガルムから聞いたことはあったが、見たことはない。
「君には、囮の身の安全の確保を最優先としてもらいたい。エンバイテン族の男を捕えるのは、知り合いの冒険者に協力を要請する。その人物もまたデッドライン討伐にいる」
騎士団ではモンスター討伐をメインとして動いているので、私は今まで人間を相手に戦ったことはあまりない。
ヒューイはそれをガルムから聞いたからそうしたのだろう。
「分かったよ。ヒューイの指示に従う」