Side-5
診療室に入った瞬間、鼻をつく鉄の匂いがした。
リベリオさんの診療室は、入ってすぐの部屋にベッドが一つと、奥の部屋にベッドが三つある。
その入ってすぐの部屋のベッドの側に、騎士見習いのジョヴァンニがいた。
雑巾で床を拭いている。
「ジョヴァンニ……。これは一体……」
「レオン……」
その側にあるベッドは夥しい量の血液で真っ赤に染まっていた。
床にも血が飛び散っている。
これがシエルの血だと言うのならば、暴れた、というのが納得できる惨状だ。
「シエルは? リベリオは?」
セスがジョヴァンニに聞く。
「シエルは向こうの部屋です。すみません、俺もよく分かっていないんです……。シエルが診療室で暴れて傷が悪化したことと、リベリオさんの治癒術で何とか命の危機は脱したことしか……後は様子を見てろと言ってリベリオさんはいなくなってしまって」
「命の危機は脱したのか……。よかった……」
セスが安堵の声を漏らした。
命の危機は脱した。
俺もセスもそれが一番知りたかったことではある。
何があったのかよく分からないが、命が助かったのなら本当に良かった。
ジョヴァンニに促され隣の部屋へ行くと、奥のベッドでシエルが眠っていた。
その右腕には点滴が繋がっている。
「シエルは……なぜ暴れたの?」
「すみません、俺もその時はいなかったのでわからないんです。リベリオさんも理由については何も言わなかったので……。リベリオさんと何か揉めたんですかね。あの人、口が悪いから……」
セスの質問に答えられず、申し訳なさそうにジョヴァンニが推測を口にする。
考えられる理由としてはそうかもしれないけど、でも……。
「シエルは人と揉めて暴れるようなやつじゃない気がするんだけどな。俺が知る限りは、だけど」
3班のメンバーと言い争うようなところも見たことがない。
最も、パーシヴァルの件以降のことしか知らないので今のみんながそうなだけで、過去にはそういうことがあったのかもしれないが。
「たぶん痛み止めを連続投与したせいで、興奮状態にあったんだ。理由については、ガヴェインが言わないなら……後はニコラに聞くしかないね」
とりあえず昼にニコラに話を聞くことにして、セスを部屋へと連れて行ってから俺は風呂に入った。
セスは駐屯地に戻ってきてすぐの時に比べるとだいぶ良くはなってきているが、食欲はないみたいで昼食へ行くことを悩んでいた。
しかしニコラに話を聞きたいと、無理を押して食堂へと出向いた。
足取りは大分しっかりしてきて、少し手を貸すくらいで良い程度までは回復したようだった。
食堂に入ると、班長以外のみんなが揃っていた。
セスの姿を目にすると、皆一様に不安を顔に浮かべた。
「セス、シエルが……」
ニコラが言い淀む。
ニコラはシエル以上に大人しい少年、というイメージだ。
口数も少なく、いつも自信なさげな様子だが、術師としての実力は確かである。
もっと自信を持てばいいのに、と俺はニコラを見ていつも思う。
「ああ……話は聞いたし、実際に様子も見に行った」
「会ったの? シエルに? シエルは大丈夫なの? 生きてるんだよね?」
セスの言葉にニコラが矢継ぎ早に質問する。
そうか、ニコラは診療室を出されたからシエルが助かったことは知らないのか。
「生きている。俺も、それしか分からないが……」
「よかった……」
ニコラだけじゃなく、全員が安堵の表情を浮かべた。
「それで、なぜこんなことになったのか教えてほしいんだけど」
みんなが食べ始めるのを待ってからセスがニコラに聞いた。
セスの言葉にニコラだけではなく、他のみんなも気まずそうに視線を泳がせたのを俺もセスも見逃さなかった。