第8話 鉱夫、エルフ少女フィオのおじさんになる
アランの行く手に広大な森が広がっていた。
人類の歴史以前、数千年以上前からエルフが暮らしていたらしい。
らしい、というのは、ここ何百年も人類はエルフと接触していないからだ。
「エルフはもう滅びてしまったと、じいやから教わりました」
カチュアとアラン、リティシアは三人で草原を歩いていた。
これから向かう森についてリティシアが解説をする。
「エルフは長命ですが子どもが少ない種族です。何百年も前に《シャドウ・リージョン》から多くの闇の獣が森に侵入し、エルフの里を襲撃したと、王家の伝説にあります」
「生き残ったエルフはいないのか?」
「わかりません。少なくともここ100年は誰も見ていません」
アランは考える。
リフテンの古城に向かうにはエルフの古森を通るのが近道である。
できれば現地に詳しい原住民がいればと思ったが、望みは薄いようだった。
「長老は一流の精霊魔法使いだったが……悲しいことだな」
「エルフの長老だと?」
カチュアが口を挟んできた。
「まるで知り合いのような口ぶりだな?」
「ああ、精霊エフリートを封じるための上質のルビーを依頼された」
「エフリート? 上位精霊ではないか、信じられん。いつの話だ?」
「300……いや400年前だな」
「は?」
カチュアは理解不能といった様子である。
「そうですね、鉱夫さまは1024歳でしたねっ」
くすくすと笑いながらリティシアが反応した。
まだそれが本当の年齢だとは信じていないようだ。
「とにかく、俺はこの森を突っきって進むべきだと考える」
「エルフの森は魔の森だ。騎士団ですら調査に入ったことはないぞ」
「ああ。だから俺が先行して、道筋を調べてくる」
アランはスコップを背中からすらりと抜いた。
リティシアとカチュアは待たせるつもりだ。偵察は一人の方がよい。
森と鉱山では勝手は違うだろうが、アラんが本気を出せば、道は見つけられる。
もしもなくとも――『つくる』ことすら、アランにはできるのだ。
「では行ってくるぞ」
「あ、鉱夫さま、お待ちください!」
リティシアがトトっと寄ってきた。
何をするかと思ったらスコップをざっくりと地面に突き刺す。
そしてひざまずいて、天を見上げて、つぶやく。
「鉱夫さまに偉大なる掘削神の加護があらんことを――」
三秒ほどの間があった。
アランは天を仰いでから王女に一応聞いてみる。
「なんだ、それは」
リティシアは得意気にえへへっと満面の笑顔になった。
「我が国の新しい国教です」
こいつ神まで作りやがった。
「神は誰の心のなかにもいます。つまりスコップの中にもいます」
「何がつまりなのかさっぱりだ」
「教派名はシンプルにスコップ教とします。最高司祭は私でよいと思います」
「何もかもよくない」
この王女はもうスコップのことしか考えてない気がする。
「ただ神聖なる祝福の言葉を思いつかず。『Scoop』は安直すぎますよね?」
「知らん」
「ここは少しひねって『Dig』あるいは『A-lan』でいかがでしょうか?」
「いかがもショベルもない」
言っても止まらない。なんでこの王女はこう、こう、あまりにもアレなのだ。そのうち全人類のミドルネームにスコップを付けようと言い出すのではないか。考えてからアランは『本当にありそうだ』と悪寒を覚え、絶対に止めようと決意した。
しかし今、相手をしている時間はない。森を調査する必要がある。
どうしようかアランはしばらく迷って、カチュアを見た。
「カチュア、リティシアの相手は任せた。夜までに戻る、じゃあな」
「なっ……ちょ、こんな姫様を任せられても、その、困るぞっ!?」
「鉱夫さま、どうかご無事で――A-lan」
スコップを掲げ、十字を切るリティシア。
この王女はもう駄目かもしれない……なんでこうなった……。
そんなことを思いながら、アランは森に入るのだった。
△▼△
薄暗い森をアランは進む。
道のない森は、水場の気配を探りながら歩いていく。
木々は水を中心に発生する。だから水源の位置がわかれば、森全体のおおよその構造まで把握することができるのだ。地下深くにあった地底樹海を探検した経験で、アランはそのことを学んでいた。
「湖が……あるな」
木陰の向こう側からチャプンというわずかな音が聞こえてくる。
動物かなにかが水の中にいるようだ。
水面は澄んでいるし、飲料水にも使えるかもしれない――そう思ったとき、グルルルという別の声も聞こえてきた。獰猛な声。獣だ。それも獲物を目にしたときの。アランを狙っているのか? そうではなさそうだ。
――何か嫌な予感がする。
鉱夫生活で培った感をスコップから感じる。
誰か、この近くにいる誰かに――危険が迫っている。
直感した瞬間、アランは湖に走り出した。
タタタタっと森を一瞬で駆け抜けて木陰から出た。すると。
「誰か、そこにいるのか!?」
「ひゃいっっ!?」
悲鳴のような返事があがった。
「……えっ」
アランは目を疑った。
少女が、湖の岸近くにいた。
まるで湖の精霊だ。美しくすらりとした身体。足のちょうど膝あたりまで水に浸かっていて、肩まで伸びた金髪からは水がしたたっている。衣服はつけていない。だからアランには、ふくよかなふくらみが見えてしまった。
くるりと振り向いた時、それはぷるーんと揺れた。
たわわわわわーん。
幼い顔つきにあまりにも不釣り合いな、たわわな果実。
リティシアより、数段、大きい。
それなのに形は完璧そのもので、まるで満月のように美しく誘惑的だ。
見るものをいけない気分にさせてくる。
「え――ひゃうっ!?」
アランを見た少女が、あわてて胸を覆う少女。
その驚きに満ちた顔からは長く尖った耳が伸びていた。
――エルフだ。
「ひゃ、や、な、なんでここに、人間さんが……っ!?」
「あっ!」
アランはようやく、エルフの少女の水浴びを覗いたことに気づいた。まずい。謝らなければ――いやその前に見るのを――思考をめぐらそうとしたとき、スコップがブルリと震えた。気配。敵。さきほどの。危ない。
「伏せろ!」
「えっ!?」
アランは跳んだ。
黒い影が視界の端からエルフの少女に向かって飛び込んでいる。喉笛をつらぬかんとする牙がギラリと光った。アランからの距離は遠い。だが――この程度の距離は、熟練の鉱夫にとってないも同然だ。
アランはスコップを大上段にスチャリと構えた。
採掘力を瞬時に集め戦闘態勢を整える。
そして。
「Dig!」
ドゴゥッゥゥゥゥゥゥン!
黒き狼を、上段から地面に打ち付けた。
ズゴゴゴゴゴと獣の身体が地の底に沈んでいきすぐに見えなくなった。
地面に、埋まったのである。
「――――――――――はい?」
エルフの少女がぱちくりとまばたき。
「ふう……もう安心だぞ」
スコップにできることは二つ。掘るか、埋めるかだ。敵の身体を掘れば絶命させられる。だが死体は地面の上に残るし血も撒き散らす。エルフの少女の美しい裸に、黒い獣の血がかかってしまうのは、避けたかった。
だから埋めた。
獣は地底1000メートルまで埋まって封印されたはずだ。
マグマの血を持つデーモン相手に、よく使った技である。
「え、え、え……えええ……な、なんで埋まる……埋まるのですかっ?」
「無事か? ケガはないか? 血はかかっていないか?」
「あ……え、あ、はい……私は……」
エルフ少女は両手を広げて、しとどに濡れた自分の身体を見つめる。
きょろきょろ、きょろきょろと太ももから股から腕からすべて。
やがて傷がないことを悟ると。
「大丈夫のようです……す、すみません、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げるエルフ少女。金髪が肌色肌にぴたりと吸い付いていた。
あと、頭を下げた表紙に、いきおいよく大きなものがブルっと揺れた。
「……すまない。俺は目をつむっているから服を着てくれないか」
「え、服……ひゃうううっ!?」
裸のことを思い出したらしく、エルフの少女は股と胸を覆い隠した。
「し、し、し、しつれいしましたお見苦しいものを……っ!」
「いや立派だとは思ったが……」
「はう!」
どうやら失言だったらしい。
更に恥ずかしげに、身を縮こまらせるエルフ少女だった。
△▼△
森の奥深く、木のうろにできた小さな木造の小屋。
エルフ少女は既に着替えていて、エルフの緑色の布服だ。
エルフらしく軽装だが胸だけははちきれんばかりに膨れている。
「人間さん、たすけていただきまして、ありがとうございました!」
ティーポットからお茶を注ぎながら、ほがらかにそう言うエルフの少女。ぜひお礼がしたいということで、あれから家に案内されたのだ。尖った耳をピクピクさせているのは、誰かと話せて嬉しいからかもしれない。
「私はフィオリエルといいます。お母さんには、フィオと呼ばれていました」
水浴びを覗いてしまった件は助けたことで帳消しになったようだ。
というか、助けなくても怒っていなかったかもしれない。
それぐらい穏やかな雰囲気の子だ。
「エルフが、まだ生き残っていたのだな」
「はい……私一人、ですけれど」
フィオが少しさみしげに窓の外に視線をやる。
「お母さんは200年前、エルフの里の襲撃からにげてきたそうです」
「お母さんは?」
「8年前に、あの獣に……」
「そうか。すまない」
あんな獣がエルフの里の近くでは大量にいるらしい。戦ったところでは、カチュアと同等程度の強さはあった。あんなものが統制を取って襲ってきたなら、軍隊でもいなければ対抗できないだろう。むろんアランは別だが。
「水浴び中は精霊にお願いして警戒してもらうんですが……すり抜けてきました」
「気配を隠す力があるのか?」
「はい。あれは年々、能力が進化しているかのようです」
フィオはそこでしげしげとアランの顔を見つめた。
「だから私は不思議です。人間さんはどうして、気付けたのですか?」
「鉱夫の勘だ」
「こーふ?」
「地面を掘って宝石を掘る職業だ。長老のパーサルナックに納めたこともある」
パーサルナックという名前を聞くとフィオは飛び上がりそうに驚いた。
「知っているのか」
「もちろん! 里の最も偉大な長老で……あの、わたしのご先祖様だとも」
「そうか。きみは彼の子孫だったか……言われてみれば顔に面影があるな」
「ほんとですかっ!?」
フィオが目を輝かせた。似ていると言われたのがよほど嬉しいようだ。
「目の色や形がそっくりだ」
「そっくり……っ!」
フィオは感極まった様子でじーんと涙を目ににじませた。
「あの……私、本当は最長老様の血をひいてないのでは、って思ってたんです」
「なぜ?」
「だって、ほら、あの……私の体って……すごく……おかしくて」
大きな胸のあたりを腕で隠そうとするフィオ。
が、そのせいで逆に腕がむにゅっと埋まって扇状的なしぐさになっている。
確かに、すさまじい大きさ。人里にいたら男が放っておかないだろう。
「む、胸……おかしい、ですよね」
「……まあおかしいが……いや、でも俺は好きだぞ」
「えっ?」
「いや妙な意味ではないが」
慌てて弁解するがフィオは意味がわからないようだった。
「好き……えと、よくわかりませんけれど、その……」
きゅっと胸に手を添えて恥ずかしげに。
「その……ほ、褒めていただいたんですよね?あの、私嬉しいです」
アランはほっと胸をなでおろした。
「それで、だからわたし、ほんとは最長老様の子孫ではないのではと」
「いや、ルビー色の楕円形の瞳。どう見ても一族だ」
「ああ……っ」
木製の机に乗り出すようにしてアランに近づく。
むにゅうううううっと胸が押し付けられ形が変わった。あわてて目をそらす。
「あの、もっと最長老のお話をお聞きしたいです! どんな方でしたか!?」
「……人間の俺が、最長老と面識あることに、疑問は感じないのか?」
会ったのはもう400年前だ。普通なら信じない。
リティシアだって、そこだけは信じていないのだ。
「えっ?」
フィオは不思議そうに首をひねると。
「お会いしたってアラン様は言いましたよね?」
「……ああ」
「じゃあ信じますよ?」
裏のないにっこり笑顔だった。
「(世間知らずとは、まさにこういう子をいうのだろう)」
この子は疑うということを知らないようだ。
裸を恥ずかしがりつつ怒りもしなかったあたりも、そうだ。
おそらく冗談という概念すら知らないのだろう。そういう意味ではリティシア以上の世間知らずだ。王族なりに彼女は高度な教育を受けているが、フィオの方は人間の知恵らしきものからかけ離れている。あと最近は頭がアレである。
ともあれアランも、長老の子孫に思い出話をすることはやぶさかではない。
「では、世界樹の樹液のカクテルで歓迎いただいた時の話だが――」
――そんな感じで思い出話をすること数十分。
フィオは表情を目まぐるしく変えながら話を真剣に聞いてくれた。いちばん反応があったのは、最長老に『我が妹のエルフを嫁にやるから、里に来ないか』と誘われたときのことだった。
ルビーがやけに気に入ったらしくアランを一族に迎えようとしたのだ。
「つまりアラン様が私のおじさんになっていたかもしれないのですね!」
「……なるほど、そういう見方もあるか」
フィオが最長老の子孫。アランが妹と結婚していれば身内だったわけだ。
「はー。アランさんが、おじさん……アランおじさん……あ、すみませんっ!」
「……別にそう呼んでもいいぞ。長老の子孫は身内のようなものだ」
「ほっ、ほんとですか!」
フィオはその呼び名がずいぶん気に入ったようだ。
「ありがとうございます、アランおじさん! うれしいです!」
何度もおじさんおじさんと呼んでくる。
まるで本当に姪ができたかのようだった。
ただ、呼ぶたびに胸が上下にプルプル揺れているが……いや姪エルフにそんな劣情を抱いてはいけない。だいたい身内なのである。昨晩のリティシアの妙な声のせいで、気分がおかしくなっているようだ。
「と、ところでフィオ。この森には詳しいのか?」
アランは森に来た目的を話す。フィオは元気よくうなずいた。
「古城までの森の抜け道なら、フィオがおじさんにお教えできます!」
「それは助かる」
「アランおじさんは、すごい冒険の旅をしているのですね?」
少しさみしげに、でも嬉しそうにフィオは言った。
「フィオも、一緒に来るか?」
この森にエルフはもうフィオ一人しかいない。寂しいだろう。亜人であってもリティシアの国なら(そしてアランの身内だと紹介すれば)歓迎されるはずだし、寂しくもならないはずだ。
フィオは、アランの誘いにまず驚いたようだった。
「わ、わたしなんかが、いいんですか!?」
「もちろん。俺は歓迎する」
「それじゃあ――」
そこでフィオはふっと止まる。その目は木枠の窓から外を向いていた。昼時の木漏れ日が差していて、美しい鳥の鳴き声が聞こえてくる。やわらかな情景だ。そこに思いを馳せているようだった。
「行きたい……ほんとに行きたいです、けれど」
さみしげに笑って、首をゆっくりと横に振る。
「ごめんなさい……私は、この森にいなければいけません」
フィオは笑顔で言い切った。さらに続ける。
「私が……最後のエルフがいなくなると、森は死んでしまいます。あの黒い獣たちに木々を枯らされるからです。だから……離れることは、できません」
「この森を、守りたいと」
「はい。この森はエルフの里です。アランおじさんやお母さんに聞いたような、エルフが木々の上で詩を歌い、金色の焼き菓子を焼いて、ときおり来る旅人を盛大に歓迎する……そんな里をいつかここに、もう一度、つくりたいんです」
幼い顔に似合わぬ決意を、強く言い切った。
迷いはないようだ。その顔は憧れの感情に満ちている。
「だから……その……ほんとに、ごめんなさい……」
「いや、いい。むしろ俺も協力したくなった」
「そうですかっ!?」
幼いエルフ少女は、たった一人でけなげにも里を復興させようとしている。アランはその想いに共感を覚えた。1000年間宝石を掘り続けた自分。このフィオも自分と同じく、ただ目的のために人生を掘り進む――すなわち採掘者だ。
フィオは身内で、なおかつ同士だった。
嬉しく思うと同時に、絶対に助けたいと、アランは強く感じた。
「(そのために俺にできることが、あるだろうか)」
少し考えてから、アランはひとつの案を思いつく。
「フィオ。里を復興させるには、まず森の安全が必要だ」
「はい、あの黒い獣たちをなんとかしないと……」
「なんとかしよう」
「えっ?」
フィオは首をかしげた。
「え、まさかアランおじさん、獣を倒していただけるんですか?」
「無論倒すが、それだけでは足りない」
アランはスコップをすちゃりと取り出した。
獣は北方の国から無尽蔵にやってくる。だから倒すだけではだめだ。
新しい敵が森に侵入したときに、撃退できるシステムをつくる必要がある。
「この俺のスコップで」
リティシア達には今日中に帰ると宣言した。
余裕はあと2時間ほど。
それだけあれば十分だ。
地底のデーモン帝国との戦争でアランは何度となくそれを建設したのだ。
「ここにエルフ城を建てよう」
フィオがあんぐりと口を開けた。
――のちに伝説に謳われる『エルフ一夜城』の、はじまりである。
エルフ復興のためにフィオちゃんとスコップ(動詞)したい方は感想欄に「フィオちゃんのたわわなフィオちゃんマジスコップ」と……お待ちくださいスコップ刑事、ぼくはただランキング1位になって清楚ロリ巨乳エルフと結婚したい(このへんで撲殺死刑された)




