第7話 リティシアのはじめてスコップ
夜、道路沿いの小さな宿場町。
素朴な木造2階建ての宿屋をカチュアが案内してくれた。
騎士団がよく使う宿で、食事の量も多く防音性にも優れているのだそうだ。
「アラン。言っておくが私はまだ貴方を信用していない」
宿屋のフロント前でカチュアがつぶやくように言う。
言葉とは裏腹に、呼称は貴様から貴方に代わっているし口調も優しい。
「ただ、姫も貴方を信用しているようだし……少し様子を見させてもらう」
「ありがたい。これからよろしく頼む」
「……素直に挨拶されてもな。私は警戒している、馴れ合いはしないぞ?」
言いつつもちょっと嬉しそうなカチュアである。
「ふわあー、こ、ここが、宿屋なのですね……」
と、リティシアはせわしなくキョロキョロしている。
格好はドレス姿ではなくワンピース。
街をゆくちょっと上品なお嬢様といったところだ。
長い金髪の髪も、なぜか今はショートカットに見える。
「このドレスは望む服装に変装ができる魔法がかけられているのです」
「なるほど……いろいろ役立ちそうだな」
これがあるからリティシアはドレス姿で旅立とうとしたのだろう。汚れも自動的に落ちるようだし、国宝となってもおかしくないドレスだ。などとアランが感心しているとリティシアは『役立つ……』と、アランの言葉を反芻した。
「あっ……!」
一瞬の後、かああっと頬を真っ赤に染めてしまう。
下を向いて、アランに上目遣いを向ける。
そしてぼそりと。
「あ……はい、その……いろいろな服で、お役に……立てるかと……」
服をつまんで恥ずかしげに視線をそらして、リティシアはつぶやいた。まるで愛する人に告白するかのようにうっとりした表情だ。が、スコップについて語る時のリティシアはいつもこんな感じである。なのでアランは無視することにした。
「いかがしました姫殿下?」
「なななんでもありませんっ!」
そのままリティシアは『はううう』と黙ってしまった。
「部屋は2階をふたつ取りました。205号室と206号室です」
「了解した」
「部屋割りはわたしと鉱夫さまが206、カチュアが205ですね」
「わかりました」
カチュアがうなずいて鍵を宿屋の娘からもらってリティシアに渡そうとした。
そこで止まった。
「……いけませんね。耳が遠くなってしまったようだ」
カチュアが頭を横にカラカラと振った。額に汗が一滴浮いている。
「リティシア姫とアランが同じ部屋、と、聞こえてしまいました」
「ええ、そのように言いました。あなたの耳は正常ですよ」
「ありがとうございます」
カチュアは騎士風に優雅な一礼をした。
そして叫ぶ。
「――な、わけありますかあああああああああ!?」
激怒である。
「リティシア姫! また脳がスコップに汚染されたのですか!?」
「カチュア!? 主君になんとひどい言い草ですっ!?」
「いや正論だろう……汚染は正しい表現だ」
アランも割って入る。いくらなんでも姫と同室はありえない。
「俺が205に一人でいい。206はカチュアとリティシアだ」
「よかった。アラン、あなたは正常な思考をお持ちだ」
「えええええええええええ!?」
今度はリティシアが叫んだ。
「ちょ、お待ちくださいアラン様!」
「待つが」
「わ、わたしと一緒に、スコップを練習するお約束ではっ!?」
「約束?」
どの約束のことだろう。
リティシアの言うスコップは意味がありすぎてよくわからない。
とりあえず候補は二つだ。
後継者を募集する方と、スコップで土を掘る方。
どちらかわからないのでリティシアに聞いてみる。
「スコップの練習とは、後継者を募集するための看板を作ったりする方か?」
「え? い、いえその……どちらかというと、ふ、ふたりの共同作業的な」
「肉体労働の方か?」
「にくたいろうどう!? あ、あ、あううううぅぅぅ……」
リティシアは頬をピンク色に染めて頭が沸騰したみたいな雰囲気である。
返事をしていいのか逡巡している様子だったが、やがて。
「は……は、い……そ、そういう表現でも……正しい、かと……」
「そうか」
確かにスコップの使い方を教えるとは約束した。
だがそれは部屋でなくてもできるだろう。
「では……ちょうどよい、宿に中庭がある。そこで教えよう」
「なかにわ!? そとっ!?」
「ああ。スコップは普通外で使うものだろう」
「ええええ!? ふふふ普通は、お外でするものなのですかー!?」
リティシアはくらくらと風呂に入りすぎた子どもみたいな感じだ。
「り、リティシアは本当に世間知らずです……そうですか、お外が普通……!」
はあはあと混乱した様子で荒い息をつくリティシア。
明らかに不審だが今日はずっと不審なのでカチュアもアランも気にしない。
やがてリティシアはグっと拳を握って気合を入れると。
「わ、わ、わかりました! リティシア――お外でも、がんばります!」
などと力強く宣言してみせた。
「じゃあ夜9時でいいか。動きやすい服装になって来い」
「わ、わかりました! お風呂で身を清めてまいりますっ」
「……それは作業後のほうがよい」
「あっ……い、いろんなもので、汚れますものね、なるほど!」
リティシアが不審だがいつものことなので二人にスルーされた。
だいたいこの姫は常にこんな感じなのである。
△▼△
そして夜9時。
中庭には人気がないが窓は空いており誰でも見える。
カチュアも二階のどこかからここを見ているかもしれない。
「鉱夫さま……り、リティシア、参りました……」
「ああ、待っていた……って、うお!?」
月夜に輝かんばかりの、リティシアの、身体。
いつものドレスに近い。だが格段に薄着だ。スカートの丈は短く、健康的な太ももが見えてしまう。月明かりを反射するその身体は、アランの目を釘付けにさせるほどに豊満だった。むにむにと柔らかそうだった。
「はうぅ……」
アランの視線に気づき、恥ずかしげにスカートを抑えようとする。
が、それは一瞬で、すぐに手を下ろす。
まるで『アランに見せなければいけない』と考えているかのようだ。
「こ……こう、でしょうか……」
リティシアはゆっくりと壁に背中をつき、わずかにスカートを上げる。
更に丸くふくよかな太ももが見えた。若い肌だ。すらーりとしたラインは少女らしさと女らしさを両立させている。おそらく多くの男を夢中に中身を見たがらせるだろう、あまりにも誘惑的な、それでいてキュートなしぐさだった。
そして、ふくよかなのは、太ももだけではなかった。
「あ、こ……こちらも、でしょうか……」
リティシアはチラチラと己の胸を見る。
上半身も、肌色だった。胸がはだけている。少なくともアランにはそう見える。ふっくらまるまるとした果物を彷彿とさせる胸は、下半分のみが隠されている。少しでも何かに引っかかれば、乙女の先端が見えてしまうかもしれない。
腕でキュッと挟まれた胸。
まるで誘うように、そこには――赤いスコップが挟まれていた。
アランは思った。
なに考えてんだこいつ。
「リティシア」
「はい」
「その格好はやめろ」
「ええええええええええええええっっっっ!?」
ツッコミになぜか超驚くリティシア。
「なぜ驚く……明らかにおかしいだろう……スコップを胸の谷間とか……」
「わ、わたしなりに一所懸命考えたのですがっ!?」
「いくら軽装といっても……それ、動くとその、し、下着まで見えるぞ?」
今だってチラチラとスカートが風に揺れて中が見えそうだ。
正直15歳の少女とは思えない色気だ。気が散ってしょうがない。
「え!? 下着が見えてはいけないものなのですかっ!?」
「服はきちんと着ろ。これは作業の基本だ」
採掘作業における安全に服は大きな貢献を果たす。
アランのもっともな言い分に、リティシアはハッと驚いた様子。
「着衣が基本なのですか! わ、わたしはてっきり裸が基本なのかと!?」
「どんな基本だ!? 服は作業の必需品だ、覚えておけ!」
「は、ははははいっ! 覚えておきます!」
リティシアは慌てて普段のドレス姿に戻った。
そして赤スコップを胸に抱えると、ふうふうと息をつく。
「着衣、着衣ですか……スコップって……奥が深いです……っ!」
「何を言ってるんだ……もういい、さっさと作業をはじめるぞ」
「はははははいいいいっ!」
リティシアの後ろについて、しゃがませる。
「緊張しているようだな」
「は……はい……」
「大丈夫だ。俺はスコップをよく知っている。俺のことを信じろ」
言うとリティシアは『あぁ』と唇を震わせた。
そして感動に打ち震えたように。
「信じます……鉱夫さまに、たくさんスコップ、教えてほしい……です……」
ほうっと、息を吐きながらリティシアが答えた。
なぜか感極まった様子だったがいつものことなので放って作業を進める。
とりあえず足元の地面を掘ってみる。リティシアの赤スコップを土にざっくりと刺させて掘り返す。それを何度も何度もやる。スコップの基本は繰り返すことだ。土は一回で掘りきれないので、何度もできるよう体力を節約するのがコツだ。
「え……あの……」
「どうした、何か疑問があるか?」
リティシアはちょっと不思議そうに。
「あの、ただ、地面を掘っているだけのようにしか」
「だろうな。だが地面を繰り返す掘るのがすべての基本だ」
「基本……基本……あ、なるほどっ!」
と、リティシアの瞳にスコップマーク型の光が輝いた(なんだこいつ)。
「そういうことですか! リティシア、理解しました!」
「何を」
「地面を掘る動きは『スコップする』動きと、同じというわけですね!?」
「わかってくれたか」
アランは満足してうなずいた。
大きな勘違いが、いまや山より大きく拡大していることに二人は気づかない。
リティシアは頬を真っ赤に染めて、気合を入れてアランを見つめた。
「つまり……この地面がわたしで……スコップが鉱夫さま……っ!」
リティシアはぶつぶつ言っているがアランには聞こえない。
やがて王女は決意の表情を浮かべると。
「わかりました。どうかリティシアに『スコップ』を教えてください!」
「よし。まず何度も繰り返し掘る、これが基本だ」
リティシアの背後について、手取り足取り。
「な、何度も繰り返し……そんなに激しく……ひゃうぅ」
なぜか恥ずかしげに視線をそらしてしまうリティシア。スコップが地面に刺さるたびに「はうっ」とか「ひゃうっ」とか、幼く愛らしい声を発してしまう。そのたびに胸がぷるんと揺れていて、正直アランは視線に困る。でも続ける。
ざく、ざく、ざく、ざく。
ざく、ざく、ざく、ざく。
「あああ……ふぅぅ……」
なぜか頬を上気させてお湯を浴びたかのようなリティシア。
両足の太ももをギュっと固く閉じて、何かに耐えているかのようだ。
もじもじ。もじもじ。
そんなにスコップの動きが気になるのだろうか。
「それと大事なのは、勢いをつけて強く突き入れることだな」
「え……ええっ!? 優しくはしないのですか!?」
リティシアは何かを守るようにぎゅっと自分を抱きしめる。
「これは重要だ。リティシアの体つきでは厳しいだろうが、がんばれ」
「はうううぅぅぅぅぅぅぅぅ」
リティシアは今まででいちばん恥ずかしげにキュっと身をすくめた。
しばらく悩んだ様子。涙をちょっと流す。
でもすぐに決意の表情を浮かべる。
「わ……わかり、ましたっ! あの、わたし、ぜんぜん平気ですっ!」
「よし、その意気だ。土が変わった時など特に重要だぞこれは」
返事があるまでに、数秒の間があった。
リティシアが血相を変える。
「つ、つ、土が変わる可能性があるのですか!?」
「もちろんある」
「ということは……わ、わたしではなくて別の……っ!?」
リティシアは更に悩みに悩んだのか、ぽろぽろ涙をこぼす。
「なぜ泣く!? どこかケガでもしたのか!?」
「いえ……す、すみません……そうですね、カチュアなど美人ですし……」
「カチュアと泣くのと何の関係がっ!?」
「え……」
ぴたりとリティシアが止まる。
「すると今現在では、掘る地面はこの土だけですか?」
「文脈がさっぱり不明だが、そうだな。まあ将来的には増えるだろうが」
リティシアの泣き顔が、ちょっとしんみりする。
将来的に増えると聞いて、寂しがるかのようだった。
「あの……」
数秒ほど動きを止めて、考えてから。
「わたし……たくさん、スコップがんばります……」
「文脈が意味不明だががんばれ」
「だから……その……もし、将来、土が変わることになったとしても……」
手を胸の前でぎゅっと組んで、祈るようにしながらリティシアは言った。
「最初に掘った土のことも、ときどき……」
アランを見上げて、まるで神様に懇願するように。
「本当にときどきで、いいので……思い出していただけると、うれしいです」
アランは夜空を見上げて月を見た。正直限界である。
本当に一体もう何を言っているのだこのリティシア王女は。
何を求めているのかすべてがさっぱり意味不明だ。
「(だが)」
瞳を見ればわかる。
おそろしく真剣な願いであることは確かだった。
だからアランはしょうがなく、真面目に答えた。
「思い出すもなにも、そもそも俺は一度掘った地面のことは絶対に忘れん」
「え……こ、こ、鉱夫さまっ!」
感極まってまた涙をぽたぽたと流すリティシア。
「それと俺は宝石掘りだ。鉱脈を見つけるまで同じ場所を徹底的に掘るのだ」
「徹底的に……ああ、そんな、そんな……っ!」
きらきらきらーと瞳が輝く。
感動のあまりリティシアは何かヤバげな汁を流している。
なんだこの姫は。いや喜んでるなら気にしないべきか。
「……もういいだろう、スコップ練習、再開するぞ」
「はいっ! ありがとうございます!」
ざっくざっくざっくざっく。
「きゃ、ひゃぅ、そんな、はげしっ……ひああぁ……」
掘るたびに王女がなんかヘンな声を上げて身体をくねらせたがもう無視した。
――やがて夜は更けていく。
二人の致命的なすれちがいは、加速するばかりだった。
△▼△
翌朝。
「姫殿下。そろそろ人里を抜けて、森に入っていきます」
「はふぅ」
「エルフの森と言われる魔の地です。突っ切るか迂回するかは……姫、姫?」
「はぅぅん」
カチュアが旅の目的地を説明してもリティシアはぼうっとしたまま。
表情はぐでんぐでんに蕩けている。机に顎を乗せてスライムみたいだ。
「カチュア、どうしたリティシアは」
「知らぬ。おまえが何かをしたのではないか?」
「いや……昨日スコップで地面を一緒に掘っただけだ」
「ああ、私も監視していたが、地面を掘っただけだったな」
えへへ~と時々幸せそうに笑っている。ほうっと、ため息をついて。
「すこっぷしゅごい……ああ……リティシアは、しあわせものです……っ」
カチュアとアランは顔を見合わせた。そして同時に同じ結論に達した。
「放っておこう」「賛成だ」
――こうしてアランとリティシアは、はじめてのスコップをした。
二人が勘違いに気づくのは、2回目か。5回目か。それともずっとか。
まだ誰も、その未来を知らなかった。
リティシア殿下ともっとスコップしたい方は、評価ポイント5:5を入れ感想欄に「すこっぷすこっぷ」と書き込むと続きが読めま嘘です申し訳ない。ぼくはただポイントが欲しかったんですどうかお慈悲をスコップ警察さん!(つよそう)