第73話 鉱夫、王女を鑑定する
生贄の祭壇の間。
アランとカチュア、そしてサリエラが祭壇の前で向かい合っていた。シーラは既にいない。地下室の中だ。なぜ地下室かというと、サリエラが《神剣の抽出》の儀式用に個室が欲しいというのでアランが2秒で衣食住完備のベッド付き個室を掘ったからだ。
その神業を見ると、サリエラはひざまずいて涙をぽろりと流した。
「個室はこれでいいな? 防音にもなっている」
「ああ……ああ、さすがです、鉱夫さま……っ!」
カチュアは腕組みをしてじっと様子を見つめていた。
別に地下室を掘るのはもうどうでもいいというか驚くところじゃない。
そうじゃなくて。
問題は土の地面にひざまずいてアランを称える天使である。
「それでは鉱夫さま、さっそく『スコップ(動詞)』の儀式をお願いします」
この金髪の天使。
姿かたちは確かに天使ガブリエラに似ているのだが。
なんというか、どう見ても――。
「その説明だと、俺が具体的に何をすればいいのか、まるでわからんぞ」
「少し複雑ですのでシーラ姫に近接スコップ通信でお伝えしていますわ」
「――――ふむ」
アランはそこで言葉を止めて、しばらくじっとサリエラを見つめた。
鋭い視線だ。何かを推し量るかのようだ。視線を受けサリエラは緊張の様子だ。
「――――」
そのまま数秒ほどアランとサリエラは見つめあっていた。
が、やがて、スコップを握り締めると。
「わかった」
「あ……っ」
どこかホッとして弛緩した様子のサリエラ。
ぴくすこん、と天使の翼が細かく震える。
瞬間、アランの目がきらりと光った。
「えっ――」
「遠隔スコップ通信か。なるほど、うまく隠蔽している――が」
アランがスコップを両手で力強く握ると、一声『Dig』と叫んだ。ドシュオオオウウウズガアアン! 青白いビームが容赦なく発射され瞬時に岩を消滅させた。速射型の掘削波動砲である。岩だけを削る鉱夫の得意技だ。
そしてえぐれた岩の、中には。
「すこっ!?Σ(゜∀゜;;)」
どう見てもリティシアである。
赤いスコップを両手で握って、隠れるように体育すわりしていた。直後、天使サリエラの目の光が薄れてゆき、ふらりと倒れこんだ。カチュアが慌ててその体を抱きかかえて、そしてため息をついた。
ああ。うん。
やっぱり姫殿下が後ろにいたのか。
「ど、ど、どどうしてここが!?」
「確かに隠蔽は完璧だった。地面に埋まって気配を消していた。だが」
アランはざっくりと地面にスコップを突き立てる。
「俺は鉱夫だ。埋まった宝石を掘って、回収するのが仕事だ」
「え……あ、あう、宝石……」
赤いスコップをギュっと握り締めるリティシア。心がスコキュンする。
この姫は基本的にアランが大好きなので、話をしただけで嬉しいのだ。
そんなリティシアにすたすたと近づくアラン。
「あっ……!」
リティシアははっと気を取り直すと。
「あの、鉱夫さま、あのえと、か、隠れていたのは、そ、その……っ!」
喜んでる場合じゃなかった。どうしよう。決まってる、謝らないと。そして事情を話さないといけない。なぜ鉱夫さまを騙すような真似をしたのかを。でも、でも、この理由は絶対に鉱夫さまにだけは話すわけには――なんとか言い訳を――!
「えとあのその! そ、そうです私はリティシアではなく!」
「いや姫殿下……それは無理がありますよ……」
とか逡巡していると既に目の前にアランが立っていた。
リティシアをじっと見つめ、スコップをゆっくりと構える。
「……っ!」
反射的にぎゅっと目をつむるリティシア。
ざっくり! リティシアがぐぐっと、地面ごと空中に浮いた。
「……え?」
リティシアが目を開けると、スコップに乗っていた。アランのスコップだった。リティシアが尻餅をついた地面ごとアランが掘りぬいたようだった。スコップの刃の面積に比べて明らかに大きいが、そんなことは些細な問題だった。
「よし。回収」
アランはリティシアの乗るスコップをぐっと引いた。
そしてスコップを空中に固定する。明らかに物理法則に反していたが空を駆ける鉱夫にとっては些細な問題だった。空になった両手で、きらきらと宝石のような眼をしたリティシア姫を抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこである。
がっしりしたアランの感触がリティシアの豊満な胸にあたっている。
それだけで卒倒しそうなのに、あろうことかアランは更に顔を近づけてきた。
「え……こ、鉱夫……さま……何を?」
「鑑定だ」
「ひあ……う」
アランは更に顔を近づけた。
もうキスどころか肌のきめ細かさまでうかがえそうな距離だ。
「回収した宝石はその場で見極める。それが鉱夫だ」
アランはすぐそばでじろじろとリティシアを見る。
「スコップの匂い。スコップ型の瞳。鼓動はスコップで掘削するリズム」
鼓動て。姫殿下は心臓までスコップ汚染されてるのか。
カチュアがあきれていると、やがてアランはふっと笑った。
「まちがいない。おまえはリティシアだ」
「――――っ!」
すこきゅうううううううううんん!!
「探したぞ。まったく」
「あうううううううう」
目を潤ませ、体を歓喜に震わせるリティシア。はじめて知る鑑定の喜びだった。
大好きな人に、自分だとわかってくれるって、こんなにもうれしいことなのか。
「(鉱夫さまの鑑定……すこです……っ)」
「(あれはまた何かばかなことを考えているな)」
スコ睦まじい二人の様子を、カチュアが眺めている。
――スコップの匂いって、誉めてないよなそれ。
だがそんな心のツッコミはもちろん無駄だった。アランはお姫様抱っこしたリティシアを地面にすとんと下ろした。発掘・回収・鑑定されてスコキュン状態(状態異常。チャームの超絶強力版)のリティシアは、もう観念した様子だ。
「あう……」
リティシアが悪かったです。ぜんぶ話します。すこません。
識別済みの素直リティシアに、アランは更に近づくと。
「怪我はないな? 卵も無事だな?」
「は……は、はい、スコップで埋めておきましたので」
リティシアがざくざくと地面を掘って白い卵を取り出してアランに見せた。淡い光でぽやぽやと輝くそれは、リティシアとアランのスコップの結晶だ。『なぜ埋めた』とカチュアがツッコミたそうな顔をしたが無駄なので黙っていた。
満足げにうなずくアラン。
「その……あの、鉱夫さま、私は《神剣の儀式》を……その……」
「言わずともよい」
話し出そうとしたリティシアの言葉を遮るようにアランが言った。
そして――なぜか、くるりと振り向き、リティシアに背を向けた。
「え?」
「儀式とやら必要なのだろう。行ってくる」
すたすたすた。地下室に向かって歩き出すアラン。
呆然と見守るリティシア。え、あれ、なんで?
「ま、待てアラン。姫殿下に事情を聞かないのか!?」
リティシアと同じく不思議に思ったカチュアが呼び止めた。
するとアランもなぜか、不思議そうに首を傾げた。
「リティシアに何を聞くというのだ?」
「え……た、たとえばそもそも《神剣》が本物かどうかとか」
「それは間違いなく本当だ。シーラの魂には《神剣》が埋まっている」
アランの鉱夫としての鑑定眼は、埋まっている宝物を例外なく識別する。だからアランは既に理解していた。天使サリエラが言ったことは真実であり、ただ少々、スコップ汚染されているだけだ。
「いや、だが、姫殿下に事情を聞くべきではないか?」
いくら儀式が本当でも、一人で単独行動して天使になりすましていた。
何か事情があるはずだ。それを聞くべきだろう。
「カチュアよ。逆に聞くのだが」
「なんだ」
「リティシアの言葉で理由を聞いて――俺が理解できるとでも思うのか?」
「ぐっ」
言葉に詰まるカチュア。ちらりと姫を見る。地面にぺたんと手をついてアランを呆然と見上げるリティシア。そのスコップ型の瞳の奥底の思考回路を――スコップ語で説明されたところで、理解できる自信などもちろんなかった。
そもそも、シーラに『スコップ(動詞)』をさせようとした理由。
そんなものを理解できるのは、姫殿下だけな気がする。
「俺は鉱夫だ。リティシアの体は鑑定できる。だが言葉を鑑定することはできない」
「それはそうかもしれないが……じゃあ、どうするんだ?」
「言葉ではわからぬ。ならば体験するしかあるまい」
アランはスコップをぐっと握り締めた。
地下室で待つシーラに何をさせようとしたのか、実際に見てくるのだ。
「リティシア。俺はおまえの言葉も行動も心も、いまだ理解できぬ。だからこそ」
見上げるリティシアを見つめて、アランはスコップをぐっと握り締めた。
「だからこそ――未知のおまえを、掘りつくしたいのだ」
「――――っ!」
きゅうううううん!!
リティシアの瞳がまたスコップの三角形に輝いた。カチュアは『いや姫殿下、今わりとひどい扱いされてますよ』とツッコミを入れそうになったが、リティシアが幸せそうなので空気を読んで黙っていた。
そのまま地下への階段を進むアラン。
と、感動に震えていたリティシアが、がばっと立ち上がった。
「あ、あの、鉱夫さま!」
「む?」
「あの……儀式は、その、本当は……っ!」
リティシアはそこで言いづらそうに言葉を止めた。
だが小さく首を横に振ると、震える声で、ぽつりとつぶやく。
「《創聖記》第五章第三節、リューン派学説……です……」
明らかにスコップ語ではない普通の言葉だった。
部屋がしいんと静まり返る。
「《聖光姫》シーラ様なら……その……これで、伝わるはずです……」
なぜか頬を赤らめて、アランから視線をそらしながらつぶやくリティシア。
「それが儀式の本当の方法か?」
「はい……あ、あの、《スコップ(動詞)》でも間違ってはいないのですが……」
「わかった」
必死に説明しようとするこれ以上アランはリティシアの頭をぽんと叩いた。
「では行ってくる」
「あ……」
そのままアランはシーラの待つ地下室に消えていった。
残されたのはリティシアとカチュアの二人である。
「鉱夫さま……」
ぽつりとつぶやくリティシア。
カチュアはそんなリティシアの表情を覗き込んだ。少し驚いた。頬は赤く染まったままだし、声は潤んでいるのだが、それは嬉しさだけではなくて――どことなく、寂しそうに見えたのである。
「寂しいなら、姫殿下も一緒に行けばどうです」
「え……あう」
リティシアはもじもじと迷うようなしぐさをすると。
「の、覗くだなんて、そんな、そんなすこ……じゃなくて、シャベルです……っ!」
カチュアは額に手を当ててため息をつきつつ納得していた。
――ああ、うん、確かにこれは、言葉では理解できないな。
△▼△
アランはリティシアの言葉の意味を考えていた。聖書らしき一節が『本当の儀式』ということは、リティシアは『嘘の儀式』をシーラに伝えたということだ。それを知ることでリティシアの本心を体験できるかもしれない。
そして地下室に入ると。
「あ……アラン、様……っ!」
上ずった声のシーラが、返事をした。
床敷きの真っ白な布団の上に、これまた純白のドレスを着るシーラがいた。だがドレスの様子がおかしかった。ドレスは肩まではだけていて、少女らしい曲線を描く鎖骨のくぼみがあらわになっている。
「は?」
「ぎ、儀式を……《神剣の儀式》を……しま、す、ので……っ!」
さらに姿勢がおかしかった。
布団のそばに置かれたテーブルに、なぜかちょこんと足の先っぽを乗せた。そのせいで長いドレスにも拘わらず、太ももの付け根までがあらわになり、ちらりと、三角形の白い何かまであらわになってしまった。
片足を上げて、アランに差し出すかのような、謎の姿勢。
そんな姿勢でシーラはアランを見上げていた。
「……っ! っっ!!」
めっちゃくちゃ恥ずかしそうだ。それはそうだ。下着も上乳も見えるし、何より無防備な足の裏を、年上の男にさらけ出しているのだ。頬は真っ赤だし耳も真っ赤だし、目じりも恥辱のあまり涙が浮いていた。
聖光姫にあるまじき、はしたない真似をしている自覚はあった。
「ど、ど、ど、どうぞ……私の……シーラの……っ!」
それでもシーラは耐えていた。
だってこれは罰なのだ。己の犯した罪の償いなのだ。なんでもすると天使サリエラに約束したのだ。だからどんなに恥ずかしくても、耐えるのだ。それが私の罰なのだ、がんばれ私、負けるな私――神様――っ!
「し、し、シーラのはしたない足の裏を……どうか、どうか」
シーラは祈るように手を組み、アランに懇願する。少女の無防備な裸足、触れるどころか見ることすらためらわれる禁断の場所を、惜しげもなくさらしている。それはきっと、リティシアに指示された《神剣の儀式》の嘘の方法に違いなかった。
シーラは言った。
「す、す、スコップ(動詞)してください……っ!」
やがてアランは天井を仰いだ。
「(さすがはリティシアだ)」
――言葉ではなく、体験してすら、意味が何ひとつわからんぞ。
つづきが読みたい方はブクマと↓の評価のうえで感想に『はしたなスコップ!はしたなスコップ!』と……違うんですスコップ財閥総帥。ぼくはとにかく美少女の足の裏をスコップで*鑑定*したかっただけの無罪作者です。具体的にはつんつんすこすこと(このへんでくすぐりの刑に処された)




