第70話 鉱夫、波動砲ちゃんを救う
カチュアの目の前に少女がいる。
えっちなビーム(自称)を放った黒ずくめマントの金髪ツインテール少女だ。アランのスコップが失われた今、心強い援軍である。なにしろ波動砲使いだ。つよい。これなら太陽神エルにも勝てる!
そんな期待を胸にいだいた瞬間、シュンシュンシュン。
「えっ」
なんかヘンな音がした。少女からである。
「く……あう、げ、げんかい……っ」
フィンフィンフィンフィン。金髪少女が、ちぢむ音がする。
見ると120センチぐらいあったスコップが20センチぐらいになっていた。
「ちぢんだーーーっ!?」
しかも縮んだスコップを土の地面に突き刺して、はぁはぁと息を切らしている。
苦しげな表情である。
「あ……い、今ので……8割使っちゃった……」
「なにを!?」
「『波動砲力』……じゃなくて『えっちビーム力』を……」
「だからその呼称は死ぬほど恥ずかしくないか!?」
ちがうツッコミどころはそこじゃない(カチュア心のセルフツッコミ)。
「で、でもとりあえず女神の力も相殺したから、今のうちに逃げ――」
ゴオオウウウン! 上空から雷が轟いて声がかき消された。見上げると太陽神エルがピンピンしている。表情はピンピンというかツンツンであるが。えっちビーム少女はエルを見て驚愕に表情をゆがめた。
「え、え、嘘っ……! 全力で撃ったのにっ!」
『ふん。あなたもSCP? どうでもいいけど』
ぱちんとエルは指を鳴らした。女神の周囲の光球が更に分裂していく。一度鳴らすと、空の半分を太陽が覆った。二度目のパチンでまた分裂し、太陽が空を埋め尽くした。指を鳴らすたびに、エネルギーが7倍に増す。それが無限に続く。
頭のおかしいインフレ能力であった。
「え、うそ、うそ、そんな……私のときの女神は、こんなんじゃっ!」
えっちビーム少女が大口を開けて、慌てふためいている。
『無限の核融合こそが太陽の本質――全員まとめて、私の世界から蒸発して』
ごおうと太陽が落ちてくる。恐怖にがくがくと震えるビーム少女。
「だめ……だめ! カチュア、だめ、もたない、逃げてっ……!」
カチュアはこくりとうなずくと『聖騎士の剣』を握りしめた。
そして少女を――守るように、進み出たのだった。
「カチュアッ!?」
カチュアは安堵していた。
少女が波動砲を撃ったときは、アランかと見間違えた。
だがそうではなかった。あんなのは二人もいなかったのだ。
このえっちビーム少女は、分裂して性転換したアランではなかったのだ。
「――アラン、おまえなら」
カチュアは無意識的につぶやいた。こんなときアランならどうするだろう。絶望的な戦力差を、天空まで伸びる断崖絶壁を目の当たりにしたとき――そのときの姿が容易に想像できた。まちがいないと断言できた。
「おまえが――もしも壁に、ぶち当たったら――」
「カチュア! なにしてるの、はやく、はやく!」
カチュアが次の言葉を紡ごうとした、刹那。
『Dig!』
男の声がカチュアの背後から響き、直後。
ドシュオオオオオオウウウウウウウウウウウズガアアアアアンンドゴォォ!
『っっきゃあああああああああああああああっ!?』
青白い光のエネルギーがカチュアの顔をかすめて太陽神エルに向かった。次元そのものが抉れたかと見間違うばかりの、巨大、極太のエネルギーのうねり。よく見慣れたその暴力的なまでのエネルギーは、カチュアに安堵すら感じさせた。
「――壁があれば掘る。まったくそのとおりだ、カチュア」
ああもう。遅すぎるぞ。やっと起きたか――! カチュアが安心しながら振り返るとそこにはアランがいた。仁王立ちしながらスコップを――じゃなくて、超絶えっちボディのリティシアを天高く掲げていた。
「……」
アランが掲げたリティシア。
下着を着ていたはずだが、脱がされかけている。
たゆんたゆんの先端はかろうじて隠れているが、かろうじてだ。
見えそうで見えない、でもピンク色が見えている――気がする。
「……………………」
ひゅるらー。
生ぬるい風が吹きリティシアの柔肌がぷるるっと寒そうに震えた。すーすーと、心地よい寝息が聞こえる。まだリティシアは寝てるようだ。その頬には、ぴとりと、半透明の白いエネルギーの残滓が見えている。
よく見ると全身の肌も白く輝いていて――その美しい肌がよく見えてしまう。
むっちりした太ももも、汗が浮いた豊かな胸の双丘も、見えてしまう。
なんというか。
絶対に国民には見せられない姿である。
「アラン……なんだその……え、エロティカルな、姫殿下は?」
「さっき脱がした」
ごすん!(カチュアの頭が地面にツッコム音)
「起きてたなら助けろ! あと、そ、そういうコトはベッドでしろっ!!」
なにやってんだ。なにヤってたんだこいつは人が神と闘ってる間に!
頬をピンク色に染めて絶叫するカチュアだったが、アランは首を横にふる。
「誤解するな。スコップをしてもらうために脱がしただけだ」
「は?」
まるで姫殿下のように意味不明な言い分である。
と、リティシアを下ろしながらアランが答える。
「俺の奥義【スコップ処女受胎】に耐えきれずスコップが壊れただろう」
「技名が壊滅的に頭おかしいが続けてくれ」
「壊れたスコップの代わりが必要だ。そこで臨時でリティシアを発射台にした」
「発射台?」
「うむ。だが服を着ていると波動砲の威力が服で減衰するので」
あまりにもスコップ汚染された言葉が続く。
だが長い旅でカチュアはスコップ理解力を身に着けている。
「つまり――姫殿下『から』波動砲を撃ったのか?」
「撃った」
カチュアは深々とため息をついた。
世界広しといえど波動砲の発射台がこなせる人間は姫殿下だけだろう。
だが今はそこにツッコんでいる場合ではなかった。
『こ、このっ! まだパワーが足りないの、SCPのくせに、くせにーっ!』
今重要なのは上空でなんだか怒っている女神と――。
「あ……あぅ……っ!」
なんだか胸キュンな様子な、えっちビーム少女である。さっきまでの絶望はどこかに行き、アランをじっと見ている。その表情には、驚きと、喜びと、少しの恐怖が入り混じっている。
アランに向かって何かを言おうとして――ハッと何かに気付いた様子。
「だ、だめです、逃げて、パ……じゃなくてアランさん!」
やっと上空の女神のことを思い出したらしい。
「あいつは私が食い止めるから! みんなで逃げて!」
「ふむ……誰だか知らないが、スコップ使いならば覚えておけ」
「え」
「宝石鉱夫とは、いいや、人間とは」
アランはぎゅっと睡眠リティシア(代理スコップ)を抱き寄せた。
そのポコンとふくれたお腹をさすりながら、宣言する。
「己の獲得した宝石を――何があろうと、守り通すものだ」
「!!!!!」
きゅんきゅんきゅんきゅんっ!
ポオオと頬を染めてアランを見上げるえっちビーム少女。
「(……あれ、まさか)」
カチュアが何かに気付いた、そのときである。
『なにが子どもよ! この私の世界で、SCPに生命の誕生なんて絶対に許さない!』
と、ドオオオウウゥゥン! 太陽神エルが両手を上げ、また太陽が分裂しはじめた。爆発的に増大するエネルギー、照りつく熱。カチュアが『聖騎士の剣』を構えてまた迎撃準備をした――が。
『―――――っ!?』
ぴたりと太陽神エルの動きが止まった。
「ん?」
『あ、え、な、なにこれ――気分、が――』
口をぱっと押さえて、驚きの表情のまま固まっている太陽神エル。まわりの極大まで肥大していた太陽が、パッと空から消えた。するとすぐに、どこかに散っていた天使の一人がエルの元に戻ってきた。
『エル様、エル様!? いかがしました!?』
『う――お、おえ――』
太陽神エルは首を横にふると、口に手を当てたまま苦しそうに言う。
『て――天界――にっ』
側近らしき天使がうなずくと、エルを抱えて羽ばたいていった。
空を埋め尽くしていた天使たちが、雲の向こう側へと帰ってゆく。
地上に残されたのは、4人である。
「……………………………なんか帰ったぞ、アラン」
「そのようだな」
「おまえ何かしたのか?」
「俺は波動砲を撃っただけだが」
「それは『だけ』じゃないが――まあいいか」
理由は不明だが神は去った。危機は去ったのだ。
カチュアは安堵のため息をつきながら状況を確認する。アランはボロボロだが無傷。黒マントの自称えっちビーム少女はぼうっとアランを見つめたまま。リティシア姫殿下はアランに変わらず抱かれている。
「姫殿下はご無事か? いや頭が無事ではないことはわかっている。体はご無事か?」
アランは力強く動いた。
「ああ、大丈夫だ。無事に産まれた」
「そうか――ならばよかった」
5秒。
10秒。
たっぷり15秒。
それからカチュアはようやく叫んだ。
「うまれたーーーーーーっ!?」
見れば本当にリティシアのおなかは『ぺこん』とへこんでいる。
まったく大丈夫ではなかった。人類のイベントのなかで一番大丈夫じゃなかった。10月10日どころか受精後1時間だ。早産どころの話じゃない。どうすればどうすればとにかく赤子は無事なのか――!?
混乱の極みに陥りながらカチュアはリティシアを観察した。
白くて楕円形の、ひとかかえほどもある硬質の球体を、抱えていた。
「…………………………」
カチュアは10秒ほど時間が停止したあと、大きく深呼吸をした。
そしてアランに問いかけた。
「アラン……赤子じゃなくて、タマゴが見える」
「カチュア、常識的に考えろ。赤子が受胎後1時間で産まれるわけがあるか」
いちばん言ってはいけないやつが常識を語っている。
カチュアは殴り倒したい衝動に耐えながら、アランに問いかける。
「スコップは……その……卵生、なのか?」
「うむ。スコップで人間の腹を掘ったら怪我をする。だが殻なら掘っても大丈夫だ」
カチュアは理解を放棄して空を見上げた。太陽神エルが去った後の空は、雲ひとつない澄み切った青空が広がっていた。どこまでも広がる空の雄大さに比べれば、いま自分が抱える混乱などちっぽけなことだと思えた。
「(そうか――スコップは卵生か)」
カチュアは人類史上、いちばん無駄な知識を覚えた。
そのとき、カチュアの隣でえっちビーム少女が小声でつぶやいた。
「た、たまご……!? わたし、たまごだったの……っ!?」
「えっ」
「あっ」
慌てて口を抑える少女。だがもう遅かった。
うすうす気付いてはいた。なんか未来からやってきたっぽい発言。
アランのスコップを持っている。となると、やっぱり。
「ち、ち、ちがうの! 今のは違うのカチュアーっ!」
自称えっちビーム少女。その本名になんとなく検討がつく。
カチュアはちょっと前のリティシアの言葉を思い出していた。
『男の子なら『スコップ』女の子なら『波動砲』と名付けようと!!』
「……………………なるほど」
真っ赤な顔でじたばたばたと手を振る金髪ツインテール少女。
「ちがうの、ちがうの、ち、ちが、ちがうのおおおーっっっ!!!」
その子どもっぽく純粋な表情を見て、カチュアは思った。
「(スコップな両親と、スコップな名前のわりに)」
まともにかわいく育ってるじゃないか――波動砲ちゃん。
つぎで最終話です。できれば明日。むりでも明後日!(努力目標)




