第69話 女騎士、えっちなビーム少女に助けられる
カチュアは戦慄を覚えていた。
「天使の――軍隊――」
天使の数は10万を下らなかった。空のすべてを埋め尽くす神の尖兵だ。そんな天使たちから光の矢が豪雨のように降り注ぐ。世界の終末。芸術家が見ればそう表現するだろう光の矢が――カチュアに向かっている。
聖なる槍のシャワーである。
「アラン! アラーン!」
慌ててアランを呼ぶ。私一人であんなのに勝てるわけがない。そして振り返るとアランは安らかに寝ていた。リティシアは寝てるアランに抱きついて『すこです、すこですー』とイチャスコしていた。(イチャスコ=スコップをこすこすする行為。えろい)。
「すこ、すこ……えへ、えへへ、わたしたち、すこしてます、鉱夫さま……」
「なにイチャついてるんですか姫殿下こんなときにーーーーーーーっ!?」
叫んだ直後、ドオオオオオオウウウウウウウゥン!
光の槍が降り注ぎ、カチュアは瞬時に消滅――。
「あれ」
しなかった。
超無傷であった。
見ると『聖騎士の剣』にすべての光の槍が吸収されていた。
無表情だった天使軍に、どよめきが広がる。明らかに動揺している。
カチュアがあんぐりと口を開けていると、アランの寝息が聞こえてきた。
「Zzz……聖騎士の剣は……聖なる力を……吸収するからな……」
確かにそんな力もあったような気がする。
「アラン! 本当は起きてるんじゃないかっ!?」
「いえ、鉱夫さまは寝ていてもスコップ解説できるだけですね」
「解説だけされても困る! 相手は神なんだぞ! 起きろアラーン!」
だが起きない。よほどリティシアとの『子づくり』で疲労したようだ。
あーもう、決戦前に『エッチなスコップ』なんかするからだ、ばかもの!
などと怒ってもどうにもならない。
と、そのときである。
『何を遊んでいるのよ、サバシエル!』
ピタリ。
エルの一声により空の動きが止まった。
カチュアはおそるおそる空を見上げた。さっきまで数百メートル向こう側にいた、空間そのものを輝かせている少女――太陽神エルが、怒りの視線でカチュアを見ていた。7枚の翼が羽ばたくと、目も眩みそうな光のウェーブが押し寄せる。
やばい。来る。
そのとき背中から声が聞こえてきた。『聖鞘アルカディア』からである。
『――カチュア、鞘の騎士カチュア、余の声が聞こえるか』
大悪魔アスモデウスである。
彼女は鞘を通してカチュアと通信ができる。
「なんだ!? 今忙しいんだ!」
『――今すぐ逃げろ。おまえの魂は余の物。太陽に焼かれてはならん』
「逃げられるのか!?」
『――おまえと主君の二人を、余の支配する領域に転移させる』
さすがにアランと同等以上の力を持つ大悪魔アスモデウスである。
カチュアは一瞬ほっとするが、すぐにあることに気づく。
「待った。アランも転移させてくれ」
普段なら心配の必要はないが、今はスコップを失い疲労でぶっ倒れている。
さすがにあの状態では普段の無茶はできない。カチュアがそう説明すると。
『――それはできん。奴は存在が巨大すぎて、転移の魔力が及ばん』
「なっ!?」
『――放っておけ。ここで死ぬならそれまでの男というだけだ』
奴が死ぬのを見るのも一興だな、とアスモデウスは悪魔らしく笑った。
見捨てる? アランを?
だが考える暇はなかった。天空の太陽神エルが動き出した。
『聖属性吸収? どこの神の剣よ? ま、どうでもいいわ。そんな剣ごと』
エルはふふふと子どもじみた笑いを浮かべた。
『焼き尽くしてあげる。《太陽の裁き(ニュークリア・ジャッジメント)》!』
エルの羽ばたきとともに、それぞれの翼の先端に太陽と見紛うばかりの光球が浮く。熱が地上にまで押し寄せ、カチュアの肌をひりひりと砂漠のように照りつける。ひとつひとつがとんでもないエネルギーを持つ、小さな太陽。
それが7つである。
カチュアは息ができなかった。
空気が熱すぎて、体が熱すぎて、動かない。
「ひ……く、あっ!!」
『――カチュア、鞘騎士カチュア、もう時間がない、鞘に触れろ』
カチュアの脳裏で誘惑がぐるぐるしていた。正直怖い。さっさと逃げたい。だって本物の神なのだ。100万の天使軍の100万倍はプレッシャーを感じる。アランならいざしらずただの普通の人間である自分が、刃向かえる相手じゃない。
そのときだった。
視界の端に――ぼろぼろのアランと崩れたスコップが見えた。
はじめて見る、無力となったアランの姿だった。
「っ!!!」
直後、カチュアは聖騎士の剣を握り締めた。
そして熱風の中で太陽神エルに剣を向けた。
『なまいき。もう死んでよ』
パチンと、つまらなさそうにエルが指を鳴らす。
ドシュオオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウ!
強烈な7つの光線――波動砲とほとんど同じ熱線が、迫り来る。
『――カチュア! カチュア!』
それでもカチュアは動かなかった。
「あ……悪魔だろう、と!」
がくがくと震えている。当然だ。神の怒りがすぐさま迫る。
昔は教会で祈りを捧げていた、全人類の信奉の対象なのだ。
それでも――。
「神が、相手、だろうと……っ!」
聖騎士の剣が見えた。カチュアの才能を見出し、アランが与えた剣だった。はじめて会った時、アランは褒めてくれた、カチュアには才能が埋まっていると。今まではその掘り方が間違っているだけだと。
うれしかったのだ。
すごく、すごく、うれしかったのだ。
だめだめな騎士だった自分を、英雄にまで引き上げてくれた。
全部、アランのおかげだったのだ。
「あ……あ、アランをっ!!」
もちろん、アランは確かに恥ずかしいこと(主にスコップ)もするが。わけがわからない性格だし、今だってお気楽に眠ってて姫殿下とイチャついてるが。世界の敵であり人類の未来のためには今すぐ消滅すべきスコップ男だが。
それでも。
「見捨てられる、わけ、がっ」
それでも――カチュアにとってはいちばん大切な人なのである。
だからカチュアは己の運命を呪いながら、全力でツッコミを入れる。
「ないだろ、ばかーーーーーーーっ!!!!」
ツッコミと同時に聖騎士の剣を振りおろす。
そのとき一瞬だけ、太陽神エルの表情が歪んだ。
『……!』
「聖波動撃(ジャスティストリーーーーーーーム!)」
ドシュオオオウウウズガアアアアアアアアアン!
周辺の空気を爆裂させながら、波動砲が放たれた。女神の放った7つの光線とぶち当たると、一際大きな爆裂音が周囲に響いた。星の爆発をすら思わせる光が、戦場のすべてを塗りつぶしていた。
たっぷり十数秒。
カチュアが目を開けた。自分がまだ生きていると気付いた。
上空には太陽神エルと7つの太陽が、変わらず浮かんでいる。
後ろからは『やりました! すこですカチュア!』という声援が聞こえる。
「って姫殿下も手伝ってくださいよ!?」
「すみません、身重なのですこ……すこ」
さすさすとおなかを擦るリティシア。
カチュアは『やっぱり助けないほうがよかった』と思った。
緊張感が消えかけたそのとき――ズゴゴゴと、地面が揺れだした。
「地震?」
「すこ? 誰かがすこを踏みました?」
もうこの姫は完全にだめである。旅の最初から既にだめだったが。
「姫殿下、ボケている場合では……なっ!?」
カチュアが驚愕の声を上げた。
地面から、石が浮かんでいる。岩もだ。ロスティールの廃墟にある、無数の石がゆっくりと浮遊し始めていた。重力が乱れている、世界の法則が狂っている。なぜかそう直感できた。誰の仕業だ。アランか。いや、アランは寝ている。
ならば一人しかいない。
カチュアは上空を見上げた。
とてつもなく冷たい目で女神がカチュア達を見つめていた。
太陽の神とは思えぬ――心臓すら凍りつきそうな視線だ。
「カチュア、神がぼーっとしてます、スコップチャンスです( ・`ω・´)!」
にも関わらず姫殿下は通常スコップである。
「姫殿下は黙っていてください。あと意味がわかりません」
「すこですー(´・ω・`)」
『さっきの技、それに妙なセリフ。ふん。あなたたち』
リティシアのお気楽スコップすら凍らせる声が響いた。
太陽神エルは厳かな様子でつぶやく。
『【SCP】だったのね』
しーん。
戦場を沈黙が覆った。
SCP。なんだそれ。一瞬だけ考えてカチュアはすぐにたどりついた。スコップ。SCOOP。略してSCP。とてつもない脱力感がカチュアを襲った。あーもう、この女神も汚染されていたのか――とか考えていたらエルは敵意を向けてきた。
『スコップ? なにそれ。ちがうわよ、ばか』
どうやら心を読んだらしい。そして違うらしい。
『浸蝕する混沌。スワリング・カオティック・フェノメノ【SCP】。命名わたし』
なおも睨みつけたまま、エルは喋り続ける。
その声はおそろしいまでに冷たく、静かな怒りを感じる。
『世界の理を乱すもの。1000年でやっと全存在を次元追放したと思ってたのに。まだ地上なんかにいたんだ。私の照らす美しき大地を這いずり回っちゃってたんだ。ふーん。ふーん。そうだったんだ』
地上じゃなくて主に地下にいたから見つからなかったと思われます。
などとカチュアが解説できる空気ではなかった。
太陽神エルの瞳が、白く燃え盛っていたからだ。
『絶対、許さない』
本物の神の怒りである。
ぱちん。
エルが指を鳴らした。直後、ブゥンと7つの太陽がブレて分裂した。1つの太陽が7つに。7つが49に。49が343に。凄まじいまでに膨れあがったエネルギーの塊が空を覆い尽くしていた。
凄まじい熱にも関わらずカチュアは悪寒を覚えた。
まずい。まずい。あれは絶対的な力だ。神の力だ。
対抗するとか、そういうレベルじゃない。
『消えろSCP』
ゴオオオオウウウウウウウウウウウウウウッ!
天から焔が落ちてきた。
「ひでんかっ!!」
「っっっっっ!?」
せめて姫殿下だけでも逃さないと。
覚悟してリティシアを抱き寄せようとした――直後。
後方から、聞き覚えのある言葉が響いた。
『でぃっぐ!』
ドシュオオオウウウウウウウウウウウウウウウウズガアアアアアアン! とてつもなく巨大な波動砲が、天地を貫いた。343の光球から放たれた熱線とぶち当たり爆熱の炎を上げると互いに対消滅を起こし、消失した。
アラン必殺の、波動砲である。
「アランッ!!!」
カチュアは目を輝かせた。
きた。やっと起きた。これで勝った!
カチュアが期待を込めて振り向いた。見間違えようもなかった。巨大なアダマンティンのスコップを握っている。黒いマントに、黒いニーソックス、黒ずくめのスカート。地面までハの字に伸びている長い金髪ツインテール。年は12かそこら。
まさにカチュアのよく知っている鉱夫――。
「って待ったーーーーーっ!?」
ぜんぜん鉱夫じゃなかった。
まずアランじゃない。そもそも男じゃない。金髪ツインテールの美少女である。
にも関わらずアランの巨大なスコップを、その華奢な手に握っている。なおアランは美少女の隣でぐーぐー気持ちよさげに寝ている。その隣ではさっきの波動砲に吹っ飛ばされたらしきリティシアものびている。
「え、ちょ、えっ!? 誰!?」
目を疑ってまばたきするカチュア。
と、金髪ツインテールの少女と目があった。と、少女はスコップを見て『あっ!』と何かに気付いた様子。ササっと慌てて背中に隠す(そして巨大すぎて見えている)。ちょっと涙目になって、恥ずかしげだ。
「あのね、カチュアちがうの、今のわたしのビームは、スコップ波動砲じゃなくて……!」
そこで『えと、えとっ』と必死で考えた後、ぴーんと何かにひらめく。
「そう! た、た、ただの『えっちなビーム』なのっ!」
などと意味不明な言い訳をする、えっちなビームを撃つ少女。
「…………」
カチュアは思った。
なんで私の名前を知っているんだとか。
せっかく神様がシリアスにしてくれたのにもう完全に崩れたなとか。
ありとあらゆるツッコミよりも、まず言うべきことは――。
「(波動砲よりも)」
えっちなビームの方が、どう考えても恥ずかしいだろう。
あと2話で最終回です(3日ぶり2回め)……違うんですスコップ波動砲(仮名)ちゃん、ぼくはちゃんと計画どおりに書いたつもりがなぜか文量が増えただけの無罪作者です、決して尺計算を素でミスってただけでは(このへんで人生の最終回を迎えさせられた)
たぶんほんとにあと2回です、今度こそほんとです、たぶん(どっちだ)。




