第6話 鉱夫、騎士カチュアに採掘を教える
「くっ! 出せ、私をここから出すのだっ!」
カチュアがアリジゴク風の穴の中央で叫んでいる。
あれから起きて暴れていたカチュア。ロープで縛るのもかわいそうなので、スコップで簡易的な牢をつくったのだ。サラサラの砂地に掘られた半径数メートルの穴。壁はスコップ液によりツルツルに固めていて、常人が登ることはできない。
「もうしわけありません、鉱夫さま……お手間を取らせて」
ぺこぺことアランに謝るリティシア。
「あんなに暴れるなんて。カチュアは少し混乱してしまっているようです」
「主にリティシアのせいでな」
「そうですね……わたしが生きていたのがスコップ衝撃だったのでしょう」
「どちらかというと言動が衝撃だ」
だが聞いちゃいない。
このリティシア王女はツッコミを都合よくスルーする技能を持っている。
王族は揺るがぬ信念を持つものだが、この場合、それが逆に働いている。
「待ってください、わたしがきちんと説明してきますので」
「だめだ。今のリティシアが話すのはまずい」
対人関係にはうといアランだがそのぐらいはわかる。
「わたしはカチュアの友人です。説得にはスコップ適任だと思いますが?」
「スコップだめだ。俺がやる」
「スコップだめですか。ならば残念ですが仕方ありません。お任せします」
「…………これなら素直に聞くのか」
今日会ったばかりの自分ですら頭がクラクラしてくる。
カチュアの混乱がわかろうというものだった。
△▼△
「ばかな。信じられるものか」
あたりまえだがカチュアは憮然としていた。
アリジゴクの穴の途中まで降りてカチュアと話す。一応、先ほどよりは落ち着いているようだ。カチュアは騎士らしく理性的で、話をすればきちんと応えてくれる。ただアランへの疑いは変わらないようだが。
「スコップで10キロもトンネルを掘ってここまで来た? 先ほど騎士達を撃退したのもスコップによる狙撃? 姫殿下はだまされても、騎士たる私はだまされぬぞ。貴様はただの詐欺士だ!」
「うーむ」
やはりにべもなし。実際に見せれば信じるのだろうか?
「鉱夫さま、もうカチュアの心をスコップでスコップればよいのでは?」
と、上からリティシアが声をかけてきた。
なんだスコップるって。どんどん活用法が増えている。
「なっ、姫殿下!?」
「できるわけあるか」
アランはスコップで人の心を操ることなどできない。
なぜなら、宝石鉱山の地下深くに、人間はいなかったからだ。
スコップにできるのは掘ることと埋めることだけである。
「剣を持ちここから出ることができれば、貴様など剣の錆にしてくれる」
「……俺に勝つ自信があるのか?」
「無論」
アランはぽりぽりと頬をかいた。
なるほど、武人とはこういう人種なのか。己の強さのみを頼りにする。
であれば――やはり手っ取り早いのは、実力を実際に見せることだろう。
「では勝負してみるか」
「なに? 本気か?」
「俺が負けたら姫の護衛はやめて、ここから立ち去ろう」
カチュアは嬉しそうにうなずいた。
「私が負けたら――貴様の奴隷でもなんでも、やってやる」
△▼△
そして五分後。
カチュアはあっさり負けた。
ガチャーン。剣が空に舞いそして落ちた音だ。
「ふふふ、鉱夫さまの勝ちー。これで6勝0敗です」
「ば……ばかなっ!?」
カチュアは剣を落とした素手の手を見て呆然としている。
「カチュア、大丈夫ですか? もうやめたほうが」
「そんな……も、もう一度だ! もう一度だけ勝負しろ!」
「いいぞ」
カチュアの剣がまた上段から振り下ろされる。
それをアランは、わざとゆっくりとよける。全力で回避したら、あまりに早いためカチュアから視認できず、詐欺か幻術と思われてしまうからだ。とりあえずリティシアを救ったときの山賊首領の動きをトレースした。
あの男はカチュアより格段に強かった。
縦の軌道を、横の動きで素直に避けていく。
ブゥン、ブゥンと剣が空を斬る。
「く……はっ……!」
カチュアの表情は既に驚愕のものとなっている。
額には汗がじとりと滲んでいた。
ようやく、目の前の男の強さを認識できたのだろう。
「っ! 貴様いったい、何者だ!?」
いったん剣を引き、ハァハァと息を切らせながら言った。
「宝石鉱夫だ」
「嘘をつけ! 貴様のような鉱夫がいてたまるか!」
「ここにいる」
「違う、私にはわかる、その動きは騎士のものだ! それも聖騎士のっ!」
山賊の首領が、そういえば元聖騎士だと言っていた。
それを真似したから誤解したらしい。
「そうか、引退して行方不明になった聖騎士がいたと聞く! 貴様だな!」
「……もう、そういうことでいいぞ」
認めたほうが早そうなのでアランはうなずいた。
そしてスコップを振る。カチュアの剣が空を飛んだ。
カチュアが天を仰いだ。見ているのは剣ではなく、空だった。
「……そう、か……元聖騎士、だったのか……」
カチュアは動きを止める。
手がぶらりと下がり、顔はがっくりとうなだれる。
「負けだ……約束どおり、どうにもでもしろ……」
思ったよりもあっさりと、敗北を認めた。
「姫殿下……申し訳ありません……あなたをお救いできそうに……ありません……」
「カチュア、わたしはもうスコップ救われていますよ?」
「おいこらやめろ姫」
「くっ……!」
じわりと。
カチュアの目尻に涙が滲んでいく。
「なぜだ……なぜ、なぜ……私はこれほどに……弱い……っ」
自分自身にというより、世界に対して問いかけているかのようだ。
「十年剣をただ振って……それでも聖騎士の足元にも及ばぬ……なぜだ……っ!」
「カチュア……」
リティシアが心配そうに駆け寄ってきた。
「なにが足りない……才能か、それとも男に生を受けなかった運か……っ」
「カチュア、カチュア! スコップしっかりしてください!」
「おまえがしっかりしろ。あとややこしいから黙れ」
「鉱夫さま、リティシアの扱いがだんだんひどくなっておりませんか!?」
だんだんひどくなっているのはリティシアの頭である。
「スコップ気のせいだ」
「なるほど! それなら仕方ありませんね!」
機嫌が直った。本当にひどい。
と、そのときだ。
ドドドドドっと、大地を揺らす音が響いてきた。
何事かと思い、アランは身を乗り出して偵察する。
「む。砦から、馬に乗った騎士が出てきたぞ。三十人ほどだ」
こちらは丘の陰だからまだ見えていない。だがこちらに向かっている。
そのアランの報告を聞くと、カチュアはゆっくりと顔を上げた。
「姫殿下の捜索隊だろう……」
カチュアはぼうっとした様子でリティシアを見つめた。
そして。
「姫殿下。ここは私が囮となります」
「カチュア?」
「奴らは私を知っています。私を見つければその方向に動きます」
「ですが、それではカチュアが」
カチュアはにこりと笑ってみせた。
頬にはわずかに涙の跡が残っている。
「あまりに非才な身です。囮でお役に立てるなら、なんの悔いがありましょう」
そしてアランの方に視線を移す。
「元聖騎士殿……いや鉱夫殿だったか。名前は?」
「アランだ」
「アラン。もし貴方に騎士の誇りが残っているなら姫を護ってほしい」
「それはもちろん、我がスコップに誓って」
「ふっ」
カチュアは自嘲気味に笑ってみせた。
「今わかった。スコップとは、姫殿下を和ませるための冗談だったのだな」
「……そうだとよかったが」
アレはどう見ても本気である(もうアレ扱いである)。
カチュアは剣を構える。ポニーテールの髪を風になびかせる。
最後にアランに振り向くと。
「なんでもすると言った、その約束を守れなくてすまない。それと」
ぎっと口を噛みしめると、涙を流しながら。
「私は――貴方のようにこそ、なりたかったのです」
駆け出すカチュア。アランはその後姿を黙って見守る――
「いや待て早まるな」
――見守るわけもなく、カチュアの肩をつかんで引き止めた。
「なっ!?」
「勝手に行くな。あの程度の数、俺でどうにでもできる」
「ばかな。いくら元聖騎士殿でも、向こうにも聖騎士はいるのだぞ!」
アランは黙って背中のスコップを引き抜いた。
そしてカチュアの前に立つ。
この少女を護ってやりたいと、そう思っていた。
「大丈夫だ」
己の才能に絶望し、それでも姫を守るため、自ら死にゆく少女。
そんな優しくて、それなのに弱い娘が、アランは好きだった。
だから助言をすることにした。
「カチュア。おまえに何が足りないか、俺は知っている」
「なに?」
「才能でも運でもない。おまえに足りないものはただ一つ、それは――」
アランは言った。
「採掘だ」
カチュアはぽかんと口を開けてアランを見つめている。
「才能は地上に転がってはいない。地下から採掘するものだ。俺はスコップのことしか知らぬが、剣も同じのはずだ。カチュアが他と同じ練習量を積みながら、それでも弱かったのだとすれば、それは採掘方法が間違っていたのだ」
「さい……くつ……?」
「己の才能を信じて掘り続けろ。才能は宝石のように埋まっている。必ずだ」
「才能は……埋まっている……?」
カチュアがうわごとのようにつぶやく。
馬の足音はどんどんと大きくなっている。
どうやらこちらを見つけたようだ。
アランはスコップを両手で持ち、天高く掲げた。
「なにを……」
「ただ掘り続けるだけで――ただの鉱夫が、こうなったのだ」
アランの採掘力が高まっていく。
ウィンウィンとスコップの周囲に青と白のエネルギーがまとわりつくように収束する。リティシアを救ったときと同じかそれ以上だ。カチュアを救いたい。その心がスコップに反応したのだろう。
充填120%。照準よし。反動吸収よし。
アランが、叫んだ。
「轟け! 発射!」
轟音と共に極太ビームが天地をつらぬいた。
超高速で進むエネルギーの波動が空気を揺らし世界を揺らす。山をも貫く波動砲に人間や馬が耐えられるようはずもない。光の束に消し飛ばされた30人と、ついでにその向こう側にあった砦は、その瞬間、地上から消滅していた。
アラン必殺の、波動砲である。
アランはスコップを降ろして振り向いた。
リティシアが満面の笑顔を浮かべている。
「きゃーっ! 鉱夫さまやりましたね、なんてスコップすごい波動砲でしょう!」
「リティシアは前に見ただろう」
「あ、でも騎士と馬は蒸発してしまったのですね……冥福を祈りましょう」
「いや。《埋まる》ビームに属性変更した。掘り返せば助かる」
「なんと! 馬が埋まる! 鉱夫さまはジョークセンスもスコップ素晴らしいですー!」
「(もう放っておこう)」
リティシアと話すのをやめてカチュアを見る。
まだ呆然として口をパクパクさせていた。
どうしたものだろうか。
少し考えてから先ほどの会話を思い出して、アランは続けた。
「おまえも採掘すれば、俺のように、なれるはずだ」
十秒ほどの間があった。
やがて。
「………………な」
カチュアがこの日いちばんの声で叫ぶ。
世界中に響き渡るかのような、強烈な声だった。
「なれるわけ、あるかああああああああああああああああああ!?」
△▼△
こうしてカチュアが旅の仲間に加わった。
「おかしい! 貴様のスコップはおかしい!!」
埋まった騎士達を掘り返しながらカチュアがぼやいている。
「む……そ、そうなのか……?」
「ふつう、スコップからビームは出ない! 絶対に出ないのだっ!」
「それが出るからスコップすごいのです鉱夫さまは!」
カチュアが頭を抱えている。
とりあえずアランの実力は認めつつも釈然としていないようだった。
「で、リティシア、次の目的地はどこだった?」
「砦がなくなって安全になりましたから宿に泊まりましょう……あっ」
と、リティシアは何かに気付いたようだ。
「や、宿……おとまり……」
リティシアが赤スコップで顔を隠し、恥ずかしげに言う。
「あの……『スコップする』……練習……が、い、いるのですよね……」
「はあ」
「は、はじめてで……そういうのわからなくて……失礼してもお許しをいただきたく」
「なんだかわからないが許す」
「ありがとうございますっ! が、が、がんばらせていただきますっっ!」
ギュっとふくよかで美しい体を縮め、リティシアはおじぎした。
もじもじしていて明らかに不審な態度。
が、アランは流した。
だいたいこのアレな王女は常に不審だから、気にする必要などないと思っていたのだ。
――このときは、まだ。
なんだこれ……なんだこれ……まあいいや。次話は明日です。次はスコップ回です(全話のあとがきに使える汎用セリフ)。