第64話 王女、願いを叶える(前編)
スコップランドで休息を終え、アラン達はついに王都に進軍を開始した。
しあわせ絶頂の表情で先頭に立つリティシアが『すすめー、すこっぷ!』と叫ぶ。スコップ神殿騎士団がスコップ移動(すこっぷすこっぷ♪と歌いながら以下略)で進む。見た瞬間に頭がスコップ狂気に侵されそうな、スコップ進軍。
「すこ、すここっ、ふふ、これこそ新生ロスティール騎士団ですこっ!」
リティシアはご満悦の様子だ。
その背後で、ただ二人スコップ移動してないカチュアとアラン。
なおゼオルもスコップに目を輝かせてリティシア化している。
「………………これが、世界の終末か」
カチュアが死んだ目でつぶやいた。
故郷が、ロスティールが、スコップに蹂躙されようとしている。
もはや行軍はカチュアでも止められない。止められる気がしない。
「カチュア、油断せずスコップの準備をしろ。戦はこれからだぞ」
「いや……もう戦争終了でいいと思う……」
悪魔だろうと天使だろうとこの軍団の相手になるとは思えない。
事実、道中で1万の悪魔と遭遇したのだが、アランとカチュアが出るまでもなく騎士団の面々がスコップ突撃で倒してしまった。犠牲はゼロだ。いくらデーモンスコッパーを装備していたとはいえ強すぎる。
だがアランは首を横に振った。
「順調に穴を掘り進んでいるときこそ、障害物にぶち当たるものだ」
「む、そういうものか……確かにそうだが」
「さす戦すこっ!(さすがは鉱夫さまの戦略的スコップです!)」
「略しすぎてわからん」
リティシアは指摘されると『すこー』と反省の態度だがそれでも嬉しそう。無論この姫はアランと話すときはいつでも嬉しそうだが、今日は格別だ。スコップランドでの『ふぁーすこきす』によほど感激したのだろう。
ちょっとテンションがおかしい。
「あの、あの、鉱夫さまっ!」
と、そのリティシアがこそこそと耳打ちしてきた。
「あの、もうすぐ進軍も『゜(はんだくてん)』だと思いますっ」
「……はんだくてん?」
「『スコップ』の終わりの文字はフに半濁点です。つまり半濁点が『終わり』です」
この王女は順調にスコップ言語を開発中である。
「ふむ……それは思いつかなかった。リティシアは賢いな」
「すこー!(≧▽≦)」
やはりテンションがおかしい。
「そ、それでですね、あの……お、お約束、覚えていますこ?」
「約束……ああ、最初のだな」
そわそわすこすこと頬を赤らめるリティシアに、アランは頷いた。リティシアはアランに旅の護衛の報酬を約束していたのだ。そのときのリティシアを、アランははっきりと覚えている。
『私にできることなら、なんでもします』
まだ言語が人間だった頃のリティシアだ。
アランは後継者を見つけることを頼みリティシアは了承した。
――そこで生まれた致命的な誤解は、まだ、解けないままだったが。
「ふむ……だが」
国を取り返したら後継者を見つける、という願いだった。
リティシアはそのことをまだ覚えているようだ。
が――。
「その約束なら、もう、クロノノがいるだろう?」
「――――――――」
数秒の間があった。
「すこっっっっっっっっっっっっ!?」
いままででいちばん人外の悲鳴だった。
リティシアが動きを止めた。スコップ進軍もぴたりと止まった。リティシアは赤いスコップを胸に抱いて『すこ? すこ? すこーっ!?』と困惑そのものの表情を浮かべていた。なお見てる側の方が困惑する。
「く、く、クロノノちゃんですこっ!?」
「む……? リティシアはそのつもりだと思っていたのだが……?」
リティシアは闇の国からクロノノを連れ帰らせようとしていた。クロノノが宝石鉱夫の後継者に相応しいとリティシアが決めたからだと、思った。闇の国が落ち着いたら事実アランはそうするつもりだったが。
「え、あれは、あれはただっ! ただ闇の国にもスコップを広げようと――」
「む? だが後継者に相応しいとは思ったぞ、リティシア?」
「す……」
すこです、とは続かなかった。
リティシアは赤いスコップを握ってアランをじっと見つめ続けている。
もじもじしながら、何かを言おうとして、やめて、を繰り返してから。
「クロノノちゃんは……り、リティシアより……『すこっぷ』でした、か?」
いつもながらリティシアの質問は意味がわからない。
しかし、意味がわからなくても受け入れると、スコップランドで決めたのだ。
だからアランは真剣に考えてから答えた。
「いや、クロノノはリティシアと比較すると人間よりだが」
「……っ」
「鉱夫の後継者は、人間で問題ないと思う」
「―――――――――!」
リティシアは表情を変えなかった。
しかし、か細い手が震えている。唇もである。赤いスコップを握る手に力がギュっとこもっている。『人間で問題ない』がよほどショックのようだ。リティシアは天を見上げ大きく深呼吸をする。
目をつむって、なにごとかつぶやいている。
「(鉱夫さまの、鉱夫さまの、お望みがクロノノちゃんなら……!)」
だがアランにはA-lanという祈りの言葉にしか聞こえなかった。
必死で、自分を抑えているようにも見える。
やがて。
「――り」
リティシアが、ぱあっと笑顔になった。
汗を浮かべて、涙すら浮かべて、それでも笑顔であった。
「リティシアも、実はそのつもり、なのでした! しゃべる!」
「シャベル!?」
強引すぎる。
「あ、ち、ちがうんです! すこっぷです、すこっぷ!」
「いやいやいや」
いまさら取り繕われても遅い。リティシアは嘘をついている。最後にシャベルとついたということは、つまり嘘をついているということである。本心からかけ離れているということである。
アランは直感する。自分は何か勘違いを犯していると。
リティシアは慌てた様子で、なんとか言い訳をしようとしている。
「ち、ちがうんです、いまのは、いまのは……あの、あのっ!」
と、そのときである。
ブオゥゥンと、前方で激しく空間が歪み、声が轟いた。
「フフ。ようこそ僕と君の国へ、リティシア姫殿下」
王冠をかぶったガウンの男。空中に浮かぶゼルベルグであった。
リティシアがほっとした様子で振り返った。
「すこっぷ!(珍しくいいところに来ましたゼルベルグ! 褒めてあげます!)」
「おお、笑顔の姫殿下、実にお美し……スコップとはなんですかな?」
「すこっぷすこっぷ!(スコップはスコップです!)」
「??????」
姫のスコップ言語に混乱するゼルベルグ。
と、アランがカチュアに耳打ちする。
「ゼオルを連れて来てくれ。『血の支配』でゼルベルグを支配させる」
「わかった……と言いたいところだが、さっきから悶えてるぞ」
「なに?」
見るとゼオルが地面にへたりこんで滝のように汗とか涙とかいろんな液体が流しながら『ああぁ、なんだこれは、これは、姫のスコップの哀しみ……!?』と泣いていた。どうやらリティシアの逆洗脳の後遺症を受けているようだ。
「仕方ない。俺が時間を稼ぐ、ゼオルを看病してくれ」
カチュアに言ってからアランはゼルベルグと対峙した。
どうやら実体のようだ。敵の親玉との、初の邂逅である。
「む……? 貴様は確か」
ゼルベルグはコンコンと額を叩いてから、憎々しげに睨んできた。
「そうだ! 僕の姫殿下のお口を、ゴシゴシ歯磨きしていた男ではないかっ!」
カチュアが『なにやってんですか姫殿下』と呆れ顔を浮かべた。
アランは時間を稼ぐためにとりあえず話を合わせることにした。
「そのとおり。リティシアは渡さんぞ、ゼルベルグ」
「すこっ……」
キューンと胸を抱くリティシアだが、すぐに首を横にふる。
まるで恋心を振り払おうとしているかのようだ。
「くく、くくく。人間ごときが悪魔に勝てるとでも?」
カチュアが『残念ながらアランは人間じゃない。あと姫殿下も』とつぶやいたがもちろんゼルベルグには聞こえなかった。アランがすちゃりとスコップを構える。ゼルベルグはさらに高笑いを続けた。
「ははは。僕が人間など相手にするものか――部下が、お相手をしよう」
「部下?」
「そうだ。姫殿下にお教えしたでしょう、オーブを守る僕の部下、四魔公のことを!」
ああ、そいつらなら――アランが言う間はなかった。
ゼルベルグがバサリとマントを振り、高らかに唱えた。
「我が召喚に応じよ――不死の王『アリスヴェクナル』!」
空間がゆがみ、草原にちゃぶ台と二人の少女が現れた。
「…………は?」
一人は銀髪の幼女。ちゃぶ台の前で座り、鉛筆を持って『ううう、スコップ聖書……今日のノルマは浮遊都市撃墜イラスト……背景が細かすぎるのじゃー!』と死にそうな顔をしていた。その足をエルフの少女が『んしょ、んしょ』と胸とぷるぷる震わせながらマッサージしていた。
エルフ城に残してきた、アリスとフィオだ。
「……………………………………」
ゼルベルグが頭上のハテナマークを浮かべていた。
「うーん、うーん、もっとアシスタントが必要なのじゃ……むおっ!? ありゃん!?」
「元気そうだなアリス」
「なぜわらわらがここにおる? またテレポートしてきたか?」
そのときゼルベルグが無言でマントを振るった。
シュンっとアリスが消えた。ゼルベルグはきざったらしく髪を撫でた。
「……………………今のは余興だ」
「余興?」
「決して召喚を間違えたわけではない。次が本番だ」
この悪魔、わりと強がりである。
カチュアは『ああ、これは大丈夫なパターンだな』と安堵した。
――その5分後にカチュアは思い知ることになる。
ありとあらゆる意味で大丈夫ではなかったのだと。
長くなったため今回の話は前後編に分けます。
つまり今回はスコ編、つぎはップ編。後編の方がギャグが多そう(そんなことはねえ
続きは明日5/3の12時で予約投稿済みです。ひきつづきよろしくですです。




