第61話 鉱夫、魔王ベルゼブブをスコップする
銀髪の悪魔人形ゼオルは羞恥の極地にあった。
覗かれていた。ゼルベルグの命令でリティシアに変身したところを。よりにもよってリティシアに見られてしまった。全身から火が吹き出てるみたいな感覚。あああうぅぅと崩れ落ちそうになる。
「ゼオルよ。お前の愛をゼルベルグに届けたいと思わないか」
アランがスコップをすちゃりと構えた。
ゼオルは屈辱に満ちた視線でアランを睨んだ。
「私を見くびらないで! 人間ごときの誘惑になど絶対に屈しない!」
「(あ、これすぐ屈するパターンだな)」←ツッコミを放棄したカチュア
「私はゼルベルグ様にお仕えしているだけで幸せなのよっ!」
「シャベルです(うそです)」
「俺も感じた。今の言葉が本当かスコップで確かめてみよう」
「えっ」
アランがスコップで地面に『ゼオルの幸せ(妄想バージョン)』と書いてザクザクと掘り返しはじめた。土の裏側に水たまりが見えた。ゼオルっぽい
「これがゼオルの幸せだな」
なぜかゴツい首輪を嵌められたゼルベルグが、ゼオルの足下にひざまずいて足の裏にキスした。『僕が間違っていた、リティシアなどというスコップ姫より君が美しい、すまなかったゼオル本当にすまない愛している!』と叫んだ。
椅子に座るゼオルはピシピシと足の指先でゼルベルグの頬を往復ビンタしていた。
にへらーと笑って『ほらほらゼルベルグ様反省してくださいよー』と言っていた。
――よほどリティシア変装事件が屈辱だったらしい。
「きゃああああああああああああああああああああ!?」
ゼオルのほっぺたはまっかっかだ。
「やっぱりシャベルでした」
「(これはひどい)」
この鉱夫、わりと乙女の秘密に容赦がない。目的(ゼオルを救う)のためならスコップを躊躇しない男である。ゼオルはぐすんぐすんと泣きながら、子どもみたいにぺたんと足を地面につけている。
「本当は、ゼルベルグに自分だけを愛してほしいのだな」
「う……ぐ、あううううぅぅぅっ!」
ふざけるな私はゼルベルグ様の忠実な下僕だ、と言いたいけど、首輪をハメられてワンと泣くゼルベルグ(ゼオルの妄想)の前ではなんの説得力もない。半泣きどころか全泣きになりつつあるゼオル。
「た……た、たと、たとえわたしが、そう思っていたとしても!」
目尻に涙をためながら、アランに上目遣いを向ける。
「私はゼルベルグ様の血を受けたデビルドール! 逆らうことなど不可能よ!」
「これはすこみたいです(これは本当みたいです)」
「うむ、悪魔の血による『ドミネーション』能力だな」
デビルドールは悪魔の下僕。それは精神面にとどまらず肉体的にそうなっている。悪魔の血は支配する『ドミネーション』の能力を持つ。体に流れるゼルベルグの血が、より濃い血を持つ悪魔、すなわちゼルベルグに服従を強制するのだ。
ゼオルは、ゼルベルグに逆らう行動を起こせない。
――悪魔の血の、総入れ替えでもしない限り。
「すこ!」
それを聞いたリティシアがにっこりと笑った。
「ではゼオルちゃんに輸血ですね、さいわい赤いスコップがあります!」
「ひいっ!?」
キランと血のように赤く光るスコップを向けられたゼオル。
己の身を腕で抱くようにしてイヤイヤと身をよじる。
「や、やめろっ……! 私の、私のゼルベルグ様の下僕たる証に……っ!」
「ではきょうからスコップのげぼ(ぺしん)すこっ!?」
「やめろと言っただろうが」
リティシアをアランが静止して続けた。
「ゼルベルグの血はゼオルそのものだ。入替えなどすれば別人になる」
「う……はんすこです……(反省スコップです……)」
まだ怯えた様子のゼオルとリティシアの間に割って入るアラン。
そのとき、カチンと、アランが持つアダマンティンの固くて大きいスコップがゼオルの太ももに触れた。びくうっ! 一瞬で跳ね上がる心臓。どきどき。大きい。すごい。ゼルベルグの下僕としての証を守ってくれたスコップだ――。
「って待って待って何を考えているのよ私ーっ!?」
ようやくスコップから体を離したゼオル。ぜーはーと息をつく。
いま思考が明らかにおかしかった!
「リティシアの魂の後遺症か。大丈夫だ、数時間で消える、安心しろ」
「安心できる要素がないわよ! 貴様だって私の血を抜くつもりでしょっ!」
「そんなつもりはない。むしろ逆だ。ゼルベルグの血を輸血して濃くするのだ」
「――は?」
アランが解説する。『ドミネーション』の能力は、薄い血を持つものが濃い血を持つものに服従する。すなわちゼオルの血をゼルベルグ自身よりも濃くすることにより、逆にゼオルがゼルベルグを支配可能なのだ!
ゼオルがその解説を理解するまでたっぷり1分を要した。
そして一言。
「ふざけるなーーーーーーーーっ!」
叫んだ。数秒でも真面目に聞いた私がバカだった。
「ふむ、何か問題でもあったか?」
「そもそもゼルベルグ様の血をどうやって持ってくるつもりなのよ!?」
「すこして(殺して)」
「リティシアはややこしいから黙っていろ。方法はちゃんと考えている。ゼルベルグ自身から抜くわけではない、支配する前に死んでしまう。だから別の、ゼルベルグに似た悪魔の血を加工して、ゼルベルグの血に仕立てる」
「は? は???」
理解不能ではてなマークをたくさん浮かべるゼオル。
似た悪魔? 悪魔の血を加工? ゼルベルグの血に仕立てる?
「と、とにかく私はゼルベルグ様の人形なのよ、私の望みなんか些細な――」
「望みは、些細なことではない」
なぜかぴしゃりと、アランが断言した。固まるゼオル。
「カチュア。こっちに来い」
「……なんだ。私は世界を救う計画を練る作業で忙しいんだ」
言いながらもカチュアは近づく。
アランはカチュアの背中に背負う『聖鞘アルカディア』に近づいた。
「アスモデウス。話は聞いていただろう」
『――アランか。見抜いておったか。まあ隠すつもりもなかったが』
「なっ!?」
カチュアが驚きの声を上げた。アスモデウスの声が鞘から返ってきたからだ。だがアランは驚かなかった。この『聖鞘アルカディア』の元の持ち主は魔王アスモデウス。どうせ『遠見』の魔法ぐらいは鞘に組み込んでいるだろうと思った。
え、じゃあ耳スコップとか口スコップとかも悪魔に覗かれてたのか……っ!?
あわあわと慌て始めるカチュアを置いて、アランは会話をはじめる。
『――余になにか用か? 鞘の騎士を献上する気になったか?』
「違う。以前提案された『対・蝿の魔王ベルゼブブ 共闘作戦』を受ける」
『――ほう!』
アスモデウスが嬉しそうに声をあげた。
蝿の魔王ベルゼブブとは、地獄の君主の一柱だ。アスモデウスとほとんど同等の力を持つ腐敗と屍を司る悪魔。アスモデウスは宝物を集めることが目的だが、ベルゼブブは領地と権力の拡大が目的だ。そのため、たびたび対立している。
『――貴様のスコップなら奇襲が使える。すぐに実行するぞ』
「了解した。スコポートでそちらに向かうぞ」
「ま、待て、待ってよ!?」
固まっていたゼオルがようやく声を発した。
アスモデウスとベルゼブブ討伐? どちらもゼルベルグ以上の力を持つ地獄の君主ではないか。なぜ人間がそんな悪魔と。嘘に決まってると言いたかったが、鞘から発せられる声の圧力は聞き覚えがあるものだ。
「貴様は……貴様はいったい何者なの!? そして何をしようとしているの!?」
「俺はただの鉱夫だ。ベルゼブブ討伐は、ゼルベルグの血を手に入れる準備だ」
「準備?」
「そうだ。ゼルベルグと、ベルゼブブ」
アランが得意げに笑った。
「『ゼ』と『ル』と『ベ』。5分の3も、同じだ」
たっぷり10秒の時間があった。30秒が経ってから3人が同時に動く。それまでツッコミを放棄していたがついに押さえきれなくなったカチュア、混乱がマッハで進行していたぜオル、そしてうっとりとアランを見つめるリティシア。
「「だからどうした!!!!!!」」
「さすすこ算!(さすがは鉱夫さまの計算完璧すぎますーっ!)」
リティシアだけはアランの意図を理解したようだった。
「うむ、それでは行ってくる」
「いってらすこです!」
アランはスコップで地面をスコンと叩いてスコポートした。
そしてアスモデウスと共にベルゼブブが支配する次元界『グォリオル』の居城、万魔宮へ突撃。スコップで対瞬間移動防壁を突き破り、ベルゼブブ配下の屍人をアランが一層する。そして長く苦しい戦いの末にベルゼブブの巨体にアスモデウスの『冷たき煉獄』が突き刺さり、ベルゼブブは苦痛の絶叫を上げて姿を消した。
別の次元界に逃げ帰ったのである。
アランは床に落ちた青い血をスコップですくい上げアスモデウスに別れを告げた。
そして1分後。鉱夫の帰還。
「ただいま。ベルゼブブの血を持ってきたぞ」
「おはやいおかえりですこ!」
放心したままのぜオルにアランは青い血の入った小瓶を見せた。
ラベルには『ベルゼブブの血』と手書きで書かれている。
「これがベルゼブブの血だ。まず余計な『ブブ』をスコップで取り除くぞ。この血でぶぶ漬けを淹れてぶぶ成分を抽出するのだ(しゅこしゅこしゅこしゅこしゅこー)うむ、ぶぶ漬けが入った。飲めカチュア」
「全力で絶対に嫌だ!」
「じゃあリティシアが飲みますこくごく(ごくごく)!」
ラベルが『ベルゼの血』に変わった。ぶぶ漬けはおいしかった。
「次に『グォリオル』で倒した屍人、グールの血をスコップで混ぜる」
「デビル&アンデッドドリンクですこ!」
ラベルが『ベルゼグールの血』に変わった。ちょっと色が緑になった。
「最後にスコップで混ぜ返して順番を入れ替える」
「あとひといきですこ!」
ラベルが『ゼルベルグの血一』に変わった。どことなくまぬけだ。
「できた。魔王の血が素だから濃度は問題あるまい」
「最後が『一』ということは一番搾りですこ!」
「さっきぶぶ漬けを淹れたから二番絞りだ」
「!!??」
できあがった小瓶を渡されたゼオルはもはや気が狂いそうだった。というか既に狂っているとしか思えなかった。いまの数分間でいったい何が起きたのだ? わからない、まるでわからない。白昼夢を見ているとしか思えない。
だけど――。
「うそ……嘘よ、こんなの嘘……でも……っ!」
それでも、手の中の小瓶からは圧倒的なオーラを感じるのだ。
黒い圧力がこの小瓶の中身はゼルベルグそのものだと教えてくれる。
と、そのときだった。
黒い雲の向こう側から、バサバサバサと何百もの黒い粒が飛来するのが見えた。粒は一瞬で巨大に膨れ上がる。最初は鳥かと思った。だが違った。蝿だ。巨大かつ醜悪な、ツノを持つ蝿の大軍が、空からここに向かっている。
ベルゼブブの部下達だろう。
「復讐に来たな。ゼオル、その血を速く飲め。匂いが蝿の悪魔を引きつける」
「なっ……な、な、ふざけるな、飲めるわけないでしょこんなもの!」
「血を飲めばさっきの妄想を実現できるぞ」
「うあうっ!?」
意味不明だったがゼオルは反論できなかった。
だって体に流れるゼルベルグの血が訴えてくるのだ。アランの言葉は、まちがいなく真実だと。この小瓶は、まちがいなくゼルベルグ様の血そのものであると。それでも――それでもゼオルは躊躇する。
だってこんなのおかしい。こんなことはあってはならない。
製法が既に頭おかしいけど、それ以上に問題なのは――。
「に……人形である私が……ゼルベルグ様に逆らうなんて……いけないのよ……っ!」
「それは違う」
「っ!?」
アランはすちゃりとスコップを構えた。
スコップ先端の金属部を迫り来る蝿の悪魔達に向ける。
背中をゼオルに向けて、アランは語りだす。
「ゼオルよ。望みは誰であっても、持ってよいのだ」
「な、にを――」
「俺は宝石が欲しかった。最高の輝きを放つ宝石が。だから掘った。そのうち岩盤にぶつかったが、それでも掘り続けた。そのころの俺は非力なただの人だったが、それでも諦めず掘ったのだ。望みがあったから、諦めず掘り続けて――」
「アラン! 来るぞ!」
カチュアが聖騎士の剣を構えて警告に、アランはうなずいた。
そしてグッとスコップを握ると。
「Dig!」
ドシュオオオオオオウウウウズガアアアアアアン!
大地と空を、強烈な光が45度の角度で切り裂いた。荒れ狂うエネルギーのうねりが、この世界の物理法則そのものを揺らしていた。ビームの周囲に虹色の次元の裂け目があいていた。巻き込まれた蝿の悪魔は、瞬時にして消滅した。
アラン必殺の波動砲である。
「――――――――――――え」
小瓶を手にしたままのゼオルが、空を見上げてあんぐりと大口を開けた。
アランはスコップを収めて振り向き、ゼオルに視線を向けた。
笑っていた。
「掘り続けた結果――気がつけば、人間を超えていた」
「――――」
「人間が人間を超えられるように、人形も人形を超えられるのだ」
アランは一本の小さな予備のスコップをゼオルに差し出した。
そして告げる。
「スコップさえあれば、な」
「っっっ!」
ゼオルの心臓をわしづかみにされた感覚を覚えた。
アランの顔、そしてスコップから意識が放せない。魔王ベルゼブブを倒し、その部下をビームで一掃した。夢としか思えないが現実だ。人間を超えた人間。こんなのが本当にいるなんて……どきどきが、止まらない……っ!
「って私なにかんがえてるのよ頭おかしいでしょ私ーっ!?」
ぷるぷるっと首を横に振るゼオル。
あぶない、また洗脳の後遺症が出てきていた!
「人間の洗脳になんて、私は絶対に負けないんだからね!」
「む? リティシアの魂の汚染はもう治ったはずだが」
「嘘をつきなさいっ! こんなにドキドキするなんておかしいでしょう!」
ぴーぴーと泣きながら叫び続けるゼオル。
本人は気付いていないが、その胸にスコップを大事そうに抱いている。
そんなゼオルの姿を見ながら、カチュアはぼんやりと思っていた。
――ああ、やっぱりすぐ屈するパターンだった。
とばっちり魔王ベルゼブブちゃんをいつかだしたい(美少女らしい)。
解説:洗脳のおいしいところはですね、それが解けた後も「ひょっとしてこの感情も洗脳では?」という疑心が消えないラブコメ的ジレンマにあるわけで、つまりゼオルちゃんはこの先生すこできるのだろうか、僕としては生すこしたくてたまらな(このへんでぶぶ漬けにされた




