第60話 鉱夫、偽リティシアを目撃する
草原でアラン達はゼオルの様子を伺っていた。
スコップの形に目を輝かせる銀髪のデビルドール・ゼオルが地面に正座。リティシアの魂の逆流を受けた彼女は、アランにすっこりした視線(スコップをうっとり見つめる仕草のこと、リティシアの得意技)を向けている。
「すこ……っ♪」
リティシアではなくゼオルの言葉である。
少なくとも外見上はゼオルだ。たわわな胸の上に『↓スコップ』という看板を下げて(いつ誰が書いたのか不明だ)ドキドキわくわくといった様子でアランを見上げている。いちおう外見はゼオルだ。
だが言動と行動はリティシア2号でしかない。
「やはりこれは駄目だ」
アランは首を横に振ると、スコップを構えた。
「リティシアは一人で充分だ。二人もいらん」
「すこ!」※リティシア(うれしそう)
「すこー」※ゼオル(かなしそう)
「頭痛が止まらん……」
カチュアは耐スコップ力を発動したい衝動にかられた。
アランの言うとおりこんな混沌とした事態は即刻解消せねばならない。
「ではゼオルの魂を掘り出す。やり方をよく見ておけカチュア」
「まったく見たくないんだが……とにかく速くはじめてくれ」
ズガアアゥゥゥン!
アランは即座にスコップを振るった。ゼオルのそばの地面が、凄まじい轟音とともにえぐれる。その中は土ではなく、虹色に輝く異空間となっていた。黒や白、さまざまな色に輝くシャボン玉が異空間の中を漂っている。
「あのシャボン玉のようなモノが魂なのか、アラン?」
「近いが少し違う。アレはゼオルの『記憶』だ」
「記憶?」
「そうだ。記憶を利用して本来の魂を浮上させるのだ」
海の国でルクレツィア相手に行った『記憶の発掘』の応用技だ。過去の記憶から特に強くゼオルの感情が強く揺れ動いた記憶を掘り出して、肉体にぶつける。その刺激によりゼオルの自我を取り戻させるのである。
要するに記憶喪失の人に思い出の品を見せるようなものだ。
物品ではなく、記憶そのものを見せれば、より効果がある。
「なるほど、納得できる理屈……いや待てやはりおかしくないか私!?」
「続けるぞ」
アランがシャボン玉の中から、いちばん大きいものをスコップですくいあげた。するとそこに映像が見えた。ゼオルの記憶だった。場所は王宮のようだ。マント姿で玉座に座るゼルベルグが見えた。
そしてもうひとり、ゼルベルグの前に少女が立っている。
ゼオルではなく――。
「すこ!?」
「え、姫殿下っ!?」
長く美しい金髪に姫ドレスの少女が愛くるしい笑顔でひざまずいている。
見間違いようもなくリティシアだ。
ただし奇妙な点があった。
映像のリティシアの頭から、チョコンと二本の角が突き出ているのだ。
「姫殿下にツノ……?」
カチュアはリティシアの実物の頭を見た。二本の小さなスコップ型アクセサリーが見えた以外はふつうだった。スコップも頭から生えてはいない。いやそのうち生えるかもしれないが今はとりあえず生えていない。
あの角のあるリティシアは、どうやら偽物のようだ。
『ゼルベルグ様、すき、すき、だいすきです、ああ、ほんとにすきです……っ』
絶対言わなそうな言葉を発しまくる偽リティシア。豊満な胸を両手で寄せてゼルベルグの前で悩ましいポーズをとる。うわあ……ゼルベルグ、部下の悪魔にあんなことさせていたのか……。
だがそんなことより重要なのは偽リティシアである。
ウインクしたり首を傾げたりキュッと内ももを閉じたりするリティシア。
胸を見られ、恥ずかしげに『さ……触りたい、のでしょうか……』と聞いている。
カチュアは思った。
――偽物なのに、本物よりよっぽど少女的だ。
「すこ!(怒)」
リティシアのスコップが赤く光っている。怒り心頭である。
「落ち着けリティシア。あとでゼルベルグは俺が潰す」
「すこ!(殺)」
殺意にあふれる本物。
なんか黒いオーラまでスコップ先端から溢れはじめた。
と、そのとき、映像の中のゼルベルグが、ふうっとため息をつく。
『……もういいゼオル。似ても似つかん、まるで気が起きぬ』
ぱちんと指を鳴らすとリティシアの姿がぼやりと薄れた。
一瞬後にゼオルになった。無表情でひざまずいたままだ。
『ほぼ完全な変身魔法でも魅力が再現できぬ……か』
ゼルベルグが玉座から立ち上がった。
『くく、さすがは僕の姫殿下だ。く、くくっ……くははははは……』
笑いながら玉座の間から消えてゆくゼルベルグ。
バタンと扉が閉められるまで、ゼオルを見ることは一切なかった。
『…………………………っ!』
無表情のままだったゼオルに変化が訪れていた。ひざまずいたままで拳をぎゅーっと握りしめていた。ぼろぼろと涙がこぼれている。口が開いた。顔を上げて、神々を呪うかのごとき声を漏らすゼオル――。
「いやああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ!?」
「っっっ!?」
カチュアたちの耳を叫び声がつらぬいた。
映像ではない。現実のゼオルの声であった。
パチン。映像が弾けて消えた。
もはやゼオルの瞳からスコップの影は消えていた。映像のゼオルと同じく頬を真っ赤にして、涙を流しながら、はあはあと息をついていた。3人がゼオルに注目している。ゼオルはそんな視線に気づくと、不思議そうにキョロキョロとあたりを見回した。
「な、なんで私を見ているのよ!? その哀れみの視線は何よっ!?」
「さっきの映像は覚えていないのか?」
「さっき? さっきって……そう、そうだわ、私はツノを握らせて魂を汚染……あれ?」
額にこつんと手を当てて考えはじめるゼオル。
どうやら、魂を汚染されている間の記憶を失っているようだ。
「正気に戻った……みたい、だが」
カチュアはゼオルをちらりと見た。久々に非スコップのとんでもない映像を見てしまった。いやきっかけはアランのスコップだったけど、中身の映像は恋い焦がれる少女の心が打ち砕かれる様であった。
いくつかのことが読み取れた。
リティシアに夢中のゼルベルグに、まったく相手にされてない。それどころか愛する人の代替物として扱われた。それでも抱いてほしくて、おそらく悩んだ末にリティシアに変身したのに、ゼルベルグに捨てられた。
――まさしく悪魔の所業である。
「だからなんなのよその態度は!? やだ、見ないでよ、なんなのよ一体ーっ!?」
そんな秘密が知られたとも知らず、混乱した様子のレオタード少女ゼオル。
「ゼオルちゃん……とってもかわいすこです……っ」
「なんでよりにもよって貴様に同情されなきゃいけないのよっ!?」
銀髪を振り乱して怒り心頭といった様子のゼオルである。
リティシアが神妙な表情でアランに近付いてきた。
「あの……鉱夫さま、えと」
さきほどアランにたしなめられたことを思い出したのか、躊躇するリティシア。
だが意を決したように顔をあげると。
「ゼオルちゃん、あの……あんな扱いをされて、私より遥かに悔すこだ思うんです」
「そうだろうな」
「だから……すみません、リティシアはその……できれば、ゼオルちゃんに……」
「大丈夫だ」
アランはスコップをすちゃりと構えると。
「俺もリティシアとおそらく同じことを思っていた」
「鉱夫さまっ!」
パアッと輝く笑顔を浮かべるリティシア。
「な、なにを言っているのよ!? ぜんぜんわけがわからないわよっ!?」
アランはゼオルのそばに近寄ると、ひそひそ声で耳打ちした。
「ゼオル。俺はまず謝らねばならない」
「なにがっ!?」
「玉座の間でリティシアに変身したところを覗いてしまった」
たっぷり十数秒の間があった。
やがて、ボンッ!
「ちょ……え、え、えええええええええええええええっ!!??」
顔が爆発したみたいに真っ赤になって目を回していた。
なに。なにそれ。なんで知ってるの。やだ、やだ、やだっ!?
「すまん。わざとではなく不可抗力だったが、本当にすまない」
「な、にゃ、にゃにゃにゃにゃにそれええええええええっ!?」
「で、覗いてしまった以上、俺は責任を取らねばならない」
「せきにん!!??」
「つまり」
アランは構えたスコップを王城の方角に向けた。
あそこにゼルベルグがいるはずである。
「ゼオルが愛するゼルベルグの心を――掘り尽くさせてやる」
ゼオルは涙目のままぽかんと口を開けた。
ああ、この子はたぶんすぐにだめになるな。カチュアはこれから起きることを想像したくなかったので別の正義のことを考えることにした。具体的には世界をスコップから救う計画である。さっきのゼオルを見て思いついた。
「(どうにかして)」
偽物の姫をロスティールの姫に仕立てて、本物をアランの嫁に差し出したい。
これは悪ではない。間違いなく世界を救うための正義の計画だ。
だって――。
「さすすこすこすこっ!(さすがすぎます鉱夫さま、大すこすこすこですっ!)」
「略しすぎだ」
――だってたぶん、本人もその方が幸せである。
偽リティシアちゃんと偽スコップしたい方はブクマ評価のうえ『にせにせすこすこ』と……違うんです本物スコ姫。ぼくはリティシア姫がいちばんすこだと思ってかませ犬の偽姫を出したので無罪なのです。でもどう見てもこっちの方が普通にすこ(このへんでニセコの冬山に捨てられた




