第59話 王女、魂を逆流させる
敵将ゼオル。
ゼルベルグの血で創造されたゼルベルグに絶対服従の『デビルドール』だ。
銀髪できわどいレオタードを身につけている。角と翼、そして額に嵌った血のように赤い宝石以外は、人間そのものだ。そんな少女が縄に縛られて、床に転がされている。動いて縄をほどこうとしているようだが、余計に肌にキュキュっと食い込んでいる。
「くっ、『デビルドール』の力でも切れない縄……ですって……っ!」
悔しげに目尻に涙をにじませるゼオル。
「しかもこの縛り方っ……ほどけないどころか、きつくなっていく……!」
「俺は縛りも得意だからな。そう簡単には解けないぞ」
「すこっ!?」
「……アラン。おまえそんな趣味があったのか?」
カチュアとリティシアが頬を赤らめた。
だがアランは首を横に振る。
「誤解するな。『スコップ縛り』で地底を攻略して縛りのコツをつかんだだけだ」
「意味が壊滅的にわからない!!」
「だからリティシア、縄を自分に巻きつけるな。やらないぞ」
「すこー(´・ω・`)」
リティシアは残念そうに縄をしまった。
気を取り直したふうにゼオルに近づくと満面の笑顔を浮かべた。
「ふふふ。ゼオルちゃん、私と一緒にたーくさん、すこしましょうね!」
「リティシア……王女……っ!」
ゼオルは憎しみのこもった視線をリティシアに向けている。
ゼルベルグの愛情を奪ったリティシアが憎くてたまらないのだろうか?
と、そのときだ。
「私の体に――特に角に指一本でも触れてみなさい。絶対に殺すから!」
「すこ?(つの?)」
「そうだ、スコだ……じゃなくてツノだ! なにその言い間違い!」
「デビルドールはすこが弱点なのですか?」
「そうだ弱点――違う! だからスコじゃない! なんなんだコイツは!」
カチュアはこのデビルドール少女ならお友達になれそうだなと思った。
たぶん短い付き合いになるだろうが。
「と、とにかくツノだけは絶対に触ったらダメよ! 絶対よ!」
「ツノが絶対すこなんですね!!」
もちろんリティシアが聞くはずもない。
弱点。弱点なんだ。めちゃくちゃ喜び勇んでゼオルの頭に手を伸ばした。アランが『やめろリティシア』と静止しかけたが、遅かった。リティシアがツノに触れたその瞬間、ゼオルはニヤリと笑った。
ジュオオオウウウウウウウウウ!
途端にツノから紫色の邪悪なオーラが発せられた。
「すこ!?」
「バカめ、かかったなリティシア王女!」
「やめろゼオル、死ぬぞ」
「あはははは! やめろと言われてやめる悪魔がいるものですかっ!」
アランの静止を聞かず、ゼオルが勝ち誇った笑みを浮かべた。
「貴様を汚染しつくしてやる! 喰らえ『魂汚染』!」
呆然とするリティシアの額にツノをこつんと当てた――瞬間。
「ふあああああああああああんんんんんんんんんんんっ!?」
ゼオルが絶叫をあげた。レオタードの肢体が電撃に打たれたようにビクビクと震え豊満な胸がぷるぷると揺れる。しゃがみこんだ無表情のリティシアと向き合う視線は、焦点を捉えていない。
「いや、いや、なに、にゃにこの、ココロ……しゅこっ……しゅこーっ!?」
涙と鼻水とよだれをたらしながらイヤイヤをするゼオル。
きょとんと様子を見守るリティシア。何が起きたか理解できていないようだ。
アランがため息を付いた。
「だからやめろと言ったのに……バックファイアだ」
「バックファイア?」
アランがカチュアに解説する。『魂汚染』とは悪魔の得意とする魔法だ。対象と術者の脳にチャネルを開き、己の邪悪な魂を対象に送り込んで堕落させ支配下に置くものだ。
ゼオルのツノは、魂のチャネルを開くための手段だろう。
だが『魂汚染』には弱点がある。
「魂のチャネルが開くということは、つまり相手側からも」
「逆流の可能性があると?」
「それがバックファイヤだ。リティシアの魂が強力すぎて逆流してしまったのだ」
「なるほど……うん、まあ、姫殿下ならそうなるだろうな……」
魔法王の精神汚染すら逆利用したリティシアである。
リティシアの魂の一部が流れ込む。想像すらしたくない。
「ああ、うあ、すこ、しゅこ、しゅこしゅご……っ!」
カチュアの足下でゼオルがうめている。ハッハッと過呼吸気味で、まるで極寒の中にいるように身を丸めてガクガクと震えている。ゼルベルグの手下とはいえ哀れみを覚える。そのあたりでアランがゼオルに近付いた。
「ひっ……ふあんんんんんんっ!?」
ぴくぴくんっ!
ぜオルが反応した。顔を見上げて至近距離のアランを見つめる。
「あ……あ、ああああっ……!」
アランが近くにいる。
それだけでハートが極限まで波打つのだ。
じゅわあああっと幸せ感覚がココロの奥底からあふれてとまらない。
体がうずく。敏感な部分全部がカリカリと極小スコップでほりほりされてるみたい。きもちいい。しあわせ。そばにいるだけで、しあわせです。鉱夫さますごいです鉱夫さますきすこすこ大好きすぐすこ立派なスコップでしゅこしゅして――っ!
「って、やめてえええええええええええっ!?」
ゼオルはブルブルッと首を激しく振った。
「な、なに、にゃに、これにゃんすこにゃの……っ!」
言語が汚染されている。思考も汚染されている。
知らない感覚が迸っている。『しあわせすこ』。その感覚を心がそう名付けていた。すごい。ゼルベルグ様に撫でられたときの何億倍もすごい。知らない、こんなの知らない。やだ。たすけて。ゼルベルグ様たすけて。
耐えようとする。でも無駄だった。
ぴーんと足と手を伸ばして『しあわせすこ』を享受するしかない。
多幸感が、胸の内側からあふれて、止まらない。
「あああ……ああああうううぅぅぅ……だめ、でゃめ、すこっぷだめ……っ!」
ダメと言っても口だけだ。
苦痛ならいくらでも抵抗できる。
でも――『しあわせすこ』に、どうやって抵抗すればいいのだ?
リティシアの魂が、アランが近くにいるだけで幸福に打ち震えている。ゼオルの心の中すべてがホワホワな幸せにみたされる。もっとスコップしあわせしたい。のみこまれる。しあわせスコップにのみこまれる。
私が、私でなくなっていく――。
「そういうことですこ。手間が省けました」
そのときリティシアが事態を理解したらしく、動いた。
「鉱夫さま。お願いします、ぜひ彼女を『すこ』してあげてください」
びくううううっ! 絶望の表情を浮かべるゼオル。
やだ。そんなのやだ。やめて。たすけてゼルベルグさま。
「ふふふ、安心してくださいゼオルちゃん」
赤いスコップを胸に抱いてにこやかに笑った。
ゼオルはその笑みが、どんな魔王よりも恐ろしく見えた。
「『すこ』が終わったらちゃんと、ゼルベルグに返してあげます」
「っっっっっ!!」
「えへへ、では鉱夫さま、お願いしますっ」
アランは無言でスコップを構えた。ゼオルはその切っ先から視線をはなせない。魂が警告している。あのスコップは絶対ダメだと。だってスコップなのだ。地面を掘ったり埋めたりなんでもできるたくましいスコップなのだ。勝てるわけがない。
近くにいるだけで『しあわせすこ』が止まらないのに。
直接触れられたら――全てが『しあわせすこ』で塗りつぶされる。
「ああああ……ああううぅぅぅぅ」
アランがスコップを握りしめた。
ゼオルの中のリティシアが歓喜に打ち震えた。すこしてください。お願いですすこしてください。たくさんすこしてください。すこさい。すこ。すこ。すこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこ!
「……………………………………すこ」
ゼオルの瞳がスコップ状に輝いた、そのとき。
「しないぞ」
「ひゃうんっ!?」
ぺしん。
アランにはたかれたのは、ゼオルではなくリティシアだった。
「こ、鉱夫さま……?」
「リティシア。確かに俺はおまえの戦略に従うと言った。が」
リティシアに諭すように、アランは続ける。
「いくらゼルベルグの手下で、自業自得といえど、無抵抗で怯える少女の心を無理やりスコップで掘り尽くすのはスコップ使いの道から外れている。悪のスコップ使いになってはいかんぞ、リティシア」
「あ……う」
「俺はおまえに心優しい姫のままであってほしいのだ」
アランに諭され、しゅんと反省の表情を浮かべるリティシア。
「すこません……わたし……すこし暴走してました……でしょうか……」
「(少しではないですけど)してましたね」
ツッコミつつカチュアは安堵していた。
よかった。ちゃんとアランが止めてくれた。どうやら史上かつてない陰惨なスコップを見ずに済んだようだ。そんな風に思いながら足下で転がるレオタード姿のゼオルを見ると『すこ、すこ、はやくすこ……ッ!』と早口でつぶやいていた。
「………………おい」
たらりと頬から汗を流すカチュア。
「おい、アラン。この子かなり手遅れに見えるんだが?」
どう見てもスコップ汚染が除去不可能なレベルに進行している。
「大丈夫だ。今から逆流したリティシアの魂を取り除く」
「できるのか?」
「むろん」
アランはアダマンティンのスコップを構えた。
そしてぜオルに先端を向けて――力強く宣言したのだ。
「ゼオルの本来の魂を――俺のスコップで発掘すれば、可能だ」
だらだらと頬から汗を流しまくるカチュア。
心の中では全力でツッコんでいた。
――どっちにしても、スコップ(動詞)するんじゃないか!
リティシア姫殿下と魂のチャネルをつなぎたい方はブクマ評価のうえ『ちゃねちゃねすこすこ』と……いかんコレだと誰もしてくれない。でもぼくはしたいです。というか現在進行系でしてる。登場キャラに魂を汚染されるのは作者の特権ですわあいすこすこすこすk(このへんで汚染駆除された
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