第5話 鉱夫、騎士カチュアを助ける
カチュアは女騎士である。
女騎士に、ならなければならなかった。
二人の姉がいた。
どちらも美しかったが、男爵の家の跡取りにはなりえない。
父は今度こそ男が生まれるように大地母神に祈った。
祈った。
雨の日も雪の日も祈り続けた。
その結果授かった子が――カチュアだ。
『また、女なのか』
五歳のときに書斎でそうつぶやく父の声を盗み聞きしたとき。
つーっと、カチュアの目に涙がこぼれてきた。
父は優しい。
だから直接は言ってこない。
それが、たまらなく、いやだった。
自分は望まれていない。なのにお情けだけで優しくされている。
だから、どうすれば本当に望まれるかを、考えた。
『騎士に……なろう』
お飾り騎士ではない。
女でも跡取りになるほどの名誉を持つ騎士。
すなわち、大陸最強の聖騎士だ。
その日からカチュアは剣を握った。最初は持てなかったが、腕がパンパンに腫れて足のマメがつぶれるまで練習した。やがて騎士になった。それでも上は果てしない。ただただ訓練し、強くなることを、ひたすらに目指した。
――駐屯書に来たリティシア第三王女の護衛を務めたのは、そんなときだ。
『あなたが我が国初の女性騎士、カチュアですね? お会いしたかったです』
聡明で、はつらつとした、気品を備えた、完璧な少女。
『まあ、大陸一の聖騎士になる! リティシアはそういう夢が大好きです!』
カチュアの人生を、大好きだと言ってくれた。
『ふふふふ。将来、わたしの近衛騎士として、護ってくださいましね?』
くったくなく笑う、優しい王女。
この方に仕えたいと、心の底から思った。
だからリティシアが国王暗殺の反逆者と聞かされたときカチュアは真っ先に動いた。
王女を護るのは、私だ。
△▼△
「負ける――ものかあああああっ!」
キィィィィィィィン!
カチュアは追手の騎士の剣を弾いた。
王女派の自分は、地下牢に閉じ込められた。鍵を奪って逃げた。追手は6人。いずれもカチュアより上級の騎士。体力は逃走で尽きかけている。だが負けられない。だってリティシア王女を助けられるのは、もう自分しかいない。
ひとりの剣を弾き、二人目の首を狙う。
「おおおおおおおおお!」
届け。届け。届け――っ!
ブゥン。
「……っ!」
剣はむなしく空を切った。届かない。
「な……ぜっ!」
なぜ届かない。なぜ。なぜ。王女を。救わなければならないのに!
逆に反撃が来る。カチュアよりも速い剣撃。受けられないと悟る。
16年間の騎士として鍛錬を積んできた。だからわかる。
自分はここで死ぬと。わかってしまう。
「……っく……!」
涙が出ていた。悔し涙だった。
「うあぁ……っ」
すべてを投げ出して鍛錬を積んでも、同僚の騎士に負けてしまう。
自分はしょせんその程度の非才な女に過ぎない。
大陸最強など、夢のまた夢。
体よりも先に、心が斬られそうだった。
いけない。動け。諦めるな。
必至で自分を叱咤激励するが、体はもう動かない。
だめなのか。本当にだめなのか。自分はやっぱりだめなのか――。
「あ――!」
絶望を目の前に突きつけられたカチュア。
その首に剣が届く――次の瞬間。
敵の騎士が、空高くぶっとんだ。
「……………………は?」
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオン!
音が遅れて聞こえてきた。まぬけな轟音だった。だが威力はとんでもなかった。300メートル以上空を飛んでいた。滞空時間は32秒。やがてそいつはヘルメットから落ちてきて、カチュアの目の前に墜落した。ズゴオオオオオオン!
スコップの金属部の形の穴をつくり、騎士は地面に埋まった。
「…………………………………………は?」
その後も、次々と撃ち挙げられていく騎士。
どーん。
どーん。
どーーーーん。
「………………………………………………」
カチュアの脳を一つの言葉だけが満たしていた。
なんだこれ(なんだこれ)。
△▼△
「よし、次弾装填」
「きゃー! きゃー! さすがすぎます鉱夫さまーっ!」
アランは丘の上で、スコップで狙撃をしていた。
その横ではリティシアが応援している。
アランがトリガー(取っ手)を引く。
すると、ズドン。
金属部から、スコップを象ったの衝撃波が発射された。青く輝いたエネルギーの塊である。形は逆三角形の金属部。これが、アランの得意とする遠距離狙撃である。
原理はスコップに秘められた採掘エネルギー《スコッピング・パワー》を宝石の力を借りて固め、発射するというもの。アラン以外には意味不明な理屈だったが、しかしアランには可能なのだ。
波動砲は範囲攻撃だが、こちらはピンポイントである。
「よし。リロード」
リロードは土を掘り返すだけだ。楽である。
ドウンドウンドウンと連射すると騎士たちは面白いように空にぶっ飛んで、そして落ちた。殺さないように加減したから、死んではいないはずだ。たぶん。
「鉱夫さま、なんで、なんで、騎士が上空に飛ぶんですか!?」
「スコップは地の底の力。騎士達は地上にいる。つまり位置差から上昇力が働く」
「なにが『つまり』なのか全然わかりませんけどしゅごしゅぎますー!」
「……ラストだ」
ドゥゥゥゥン!
最後の《スコッパーライフル》を打ち終えた時、リティシアが叫んだ。
「すご、すごすぎましゅっ! リティシアはいまスコップ感動しています!」
「落ち着けリティシア。口調が既におかしい」
「スコップおかしくないです!」
目をスコップ型にして感動しているリティシア姫。
この少女はなんだかどんどん想像の斜め上の方向に向かっている。
王族とはこういうものか――いや明らかに何か違う。
「そ、それよりカチュアとやらを助けよう」
「あっ! そうでした、カチュア、カチュアーッ!」
頭上で大きく手を降って走りながら丘を降りていった。
アランも降りていき、カチュアの元まで小走りに寄る。
これが、女騎士カチュア。
綺麗な子だ。
素直にアランは思った。
青く長い髪をポニーテールにまとめた少女だった。年はリティシアよりほんの少し上ぐらいだろうか。白く輝く鎧で胸部から腹部までを覆っている。太ももあたりの肌着は戦闘のためか、ボロボロになっている。
そんな少女が、あぜんと口を開けて、騎士達が埋まった穴を見つめている。
さきほどのアランの《スコッパー・ライフル》によるものだ。
「……………………なに、これ?」
頭はフラフラと揺れていて、心ここにあらずといった様子の女騎士。
「カチュア、カチュア、わたしです、しっかりしてください!」
「え……ええ……?」
カチュアが振り向いた。
ポニーテールのしっぽがゆらんと揺れる。
「え――あれ――なっ、リティシア殿下!?」
「はい。わたしはまさしく、リティシアです」
リティシアはくすくすと笑うと、身をかがめてカチュアの手を取った。
まさに王女と言った気品のある仕草。白鳥のようにゆったりとしている。
「カチュア。よくぞご無事でいてくださいました」
「姫……でんか……っ!」
すごく気品のある動作でリティシアは嬉しそうに手にキスをした。
「リティシアは、スコップ嬉しいです!」
――なんかおかしい。
「なんと、なんと、姫がご無事だったとは……っ! そしてもったいないお言葉……!」
カチュアは感動で目尻から涙がぽろぽろこぼれて――
すぐに、涙が止まった。
「いや。姫殿下。少々お待ちください」
「待ちます」
カチュアは怪訝な目つきになっている。
「その、なんでしょうか、さきほどの……『スコップうれしい』とは」
「スコップとは我が国で『究極』を意味する形容詞です。さっき決めました」
「は? は? はぁ?」
なにもかも理解できないといった様子のカチュア。
あたりまえだ。
当のアランですらほとんど理解できない。
この姫そろそろヤバい。慌ててアランは止めに入る。
「待てリティシアやめろ。俺でも混乱する。そもそもスコップは名詞だ」
「いいえ、スコップはあまりに偉大! すべての言語を侵略するのです!」
「するな」
などとスコップな言い合いをしていたら。
「待て――そなたは何者か? 見たところ騎士ではないようだが」
アランに視線をやり怪訝そうに見るカチュア。
「アラン。鉱夫だ。王女に旅の護衛を依頼された」
「鉱夫……? なぜ鉱夫が護衛を……それにそのスコップは……」
アランが右手にブラブラと揺らすスコップをじっと見るカチュア。
と、ハッと何かに気づいたように、警戒に表情をゆがめる。
「スコップ……まさか貴様か!? リティシア殿下になにをした!?」
「カチュア、落ち着いてください。わたしはただスコップを約束しただけです」
カチュアの表情が真っ青になっている。
「姫、しっかりしてください! 正気に戻ってください!」
「わたしはスコップ正気です」
スコップだめである。
「姫! どうか思い出してください! スコップはただの土を掘る道具です!」
「いいえカチュア。スコップは神器です。わたしは今日、それを鉱夫さまに教えていただきました」
「教えてない」
「くっ……鉱夫、貴様あああああああ! 姫になんという外道な洗脳を!」
「してない」
言っても無駄らしい。カチュアは怒りに瞳を燃やしている。
「問答無用! たあああああああっ!」
剣を振り抜くカチュア。まあまあ速い。
が、地上最強の鉱夫にとっては、坑道を這うナメクジよりも遅い。
アランはその剣をゆっくりとかわして、首筋をタンっとスコップの柄で叩いた。
「――あ」
どさり。
カチュアはあっさり倒れた。
「カチュア!?」
「大丈夫だ。よく眠れるツボをスコップで打った。むしろ元気になる」
「なるほどそれなら安心ですね! さすスコ(さすがスコップです)!」
「略すな」
アランは天を仰いだ。
もうすぐ夕暮れだ。野営の準備をしなければならない。
だがもっと問題がある。
カチュアが起きたあと、どう収拾すればいいのだろう。
「カチュア……ゆっくりスコップおやすみなさい」
というかもう収拾不可能なのではないか?
聖母のようにカチュアを見守るリティシアを見て、アランはため息をついた。
この小説は超王道英雄ファンタジーを目指していたのです……のですが……まあいいや(あきらめ)。あ、明日も更新予定です。