第58話 鉱夫、戦場の霧をスコップする
騎士団を連れたアランとカチュアとリティシアが草原に陣を張っていた。
隊長級の騎士の前で、リティシアは高らかに宣言する。
「さあみなさん。ス国解放戦争を、はじめますこっぷ!」
しーん。
すこくじゃなくて祖国ではないか。騎士の誰もが疑問に思った。リティシアが赤いスコップを構えて『すこく、すこく、すっごくすこく♪』と歌いはじめたので『ああコレは言っても無駄というやつであるな』とランスロットは黙ってうなずいた。
ランスロットは忠義の騎士であった。
「アラン。姫殿下の病状が更に悪化しているのだが……」
「そのようだな」
リティシアの背後でボソボソと内緒話をするカチュアとアラン。
今回はリティシアが主役なので黙ってみていたのだが、正直耐えきれない。
「だな、じゃなくて止めろ! 止められるのはアランだけだろうっ!」
「断る」
「なぜ!?」
「これはリティシアの戦争だ。リティシアの好きにやらせると決めた」
カチュアの背筋に人生最大の悪寒が走った。
アランが止める気がない、まずい、全世界スコップ化がはじまってしまう。
「それではリティシア姫殿下、騎士団が立案した作戦概要をご説明します」
カチュアが戦慄している間にランスロットが説明をはじめた。ロスティールの地図をもとに進軍ルートを解説する。現在地から王都まで、進軍はおよそ3日だ。一直線に進んで王都に攻め寄せてゼルベルグの首を討ち取る。
一直線の進軍ルート。
小細工なしの真っ向勝負、王者の進軍である。
むろん敵を引き付けることになるがそれは覚悟の上だ。
「なるほど。一点を掘り抜く――悪くない作戦ですこと、ランスロット」
リティシアが上機嫌でうなずいた。
カチュアは安堵のため息をついた次の瞬間。
「でも点をつけるとしたら、60スコしかあげられません」
「60点?」
「60スコです。100スコの進軍ルートとは、こういうものです」
リティシアがツッコミを無視して、シンプルな一本線の進軍ルートに手を加えた。起点のところに長い長方形を。そして終点、王都付近には鋭く尖った三角形を。それぞれ加えてリティシアは汗を拭った。
長方形と、一本線と、三角形。
どこかで見たことのある図形であった。
どこかでっていうか、今隣りにいるアランが持っているモノの形であった。
「スコップじゃないですかーーーーーっ!!」
耐えきれずカチュアが叫んだ。
長方形が取っ手。一本線が柄。三角形が先端の金属部だ。
「これを、神聖スコップ騎士団の基本ルートとします」
「しかし姫殿下、進軍直後にぐるりと散歩(長方形)することになります!」
どう見ても『ここにいますよ攻撃してください―』と挑発しているルートだ。
「それでも勝つのが、スコップ騎士団というものです、カチュア」
相変わらずの無茶ぶりである。
カチュアは頭を抱えた。姫殿下は聞く耳を持たない。でもいいのか? 仮にも皆の命を預かる団長として、こんなふざけた進軍を許していいのか? カチュアが苦悩しているとアランが声をかけてきた。
「カチュア。進軍ルートなど気にするな。ちょうどいい機会ではないか」
「ちょうどいいって、なにがだ……」
アランはスコップをすちゃりと構えると、ロスティール地図を見た。
「スコップは戦場でこそ真価を発揮する――そうだっただろう?」
「うっ」
旅のはじまりごろ、アリスのアンデッド軍団との戦争を思い出してしまう。
騎士であることがばからしく思えるような、戦とも言えない蹂躙だった。
え。またやるのか。やっちゃうのか。あれを。
「カチュア、今こそスコップの戦争のやり方を、部下達に教えてやるのだ」
「や、いやだ、私はそんなもの知らないっ!」
「大丈夫だ。カチュアならできる」
「キラキラした目で見るな! できるかもしれないけど、したくないんだーっ!」
涙目で抵抗するカチュアを騎士達とリティシアが暖かく見守っていた。
愛され系騎士団長の、カチュアであった。
△▼△
テントの中で、騎士達の注目がアランに集まっている。
結局、アランが手本を見せることになった。
カチュアは騎士のみんなにアランのスコップ技を解説する役である。そんな役はリティシアにやらせるべきと主張したが『リティシアの解説を人類が理解できると思うか?』というアランの言葉が最もすぎて抵抗できなかった。
「で……ではみんな。アランに注目だ、よく、見ておくように」
こほんと咳払いしてカチュアがアランに振る。
「うむ。戦場において最も重要なもの――それは情報だ」
『まさしく』
騎士達が深々とうなずいた。彼等も情報の重要性は重々承知している。
敵を知り己を知れば100戦危うからず、とはよく言うものだ。
「だが戦場には『戦場の霧』がかかっており完全な情報は手に入らない」
『まさしく』
「そこでスコップの出番だ」
アランはスコップを取り出した。次にドデカイ木材を、ドンっとテーブルに置いた。桐の木だとアランが説明した。『……は?』『木だな』『葉っぱがついた木だな』騎士達が口々に疑問の声を発する。
「これは、桐の木だ。そのへんから切ってきた」
アランが自信たっぷりの様子で解説した。
「桐だ。つまりキリだ。これに『戦場』要素を加える」
『は?』
「戦場だ。つまり扇情だ。扇情、扇情……うむ、閃いた」
アランはスコップで細かく桐の木を彫り始めた。数秒もしたところで人型の木彫り彫刻へと変貌していた。裸の少女が、触手に服を破かれて、肌をあらわにして恥ずかしがっている彫刻であった。
ていうかカチュアの木彫り像。
「……は?」
手のひらサイズのちょうどよいサイズの胸、むっちりした健康的な太もも。
とんでもない精度の、女騎士カチュアである。
騎士達から『おおおおっ』と、どよめきの声が上がった。
そのへんでカチュアはようやく事態を理解した。
「うおおおおおおおおお何を掘ってるんだアランみるなみるなーーーっ!?」
カチュアが体で隠そうとするが、木が巨大すぎて隠しきれない。
「すまん。『扇情』という言葉で最初に閃いたのが、カチュアのこの姿だった」
ボウンッ。
カチュアの頬がぼっと燃え上がるように熱くなる。
おまえ、触手に服を破かれた私に、そんなこと思ってたのか!
ばか、ばか、思ってたとしてもみんなの前で宣言するな、このばかっ!
『確かにこれは扇情的ですな』
『然り。扇情的な騎士団長だ』
みんなも腕組みして真面目にうんうんと頷いている。
カチュアは震えるばかりであった。生き恥である。
『しかし桐の木を扇情的にする意味がわかりませぬ』
騎士達が疑問の声をあげる。アランがうなずいてスコップを構えた。
「この作業により『扇情の桐』すなわち『戦場の霧』ができた。これを掘るのだ」
さっくさっく!
彫刻カチュア(桐製・戦場的)の胸のあたりをいきなり掘るアラン。カチュアがひあううっとうめいたが気にせず続ける。やがて胸の中から一冊の本が出てきた。『ゼルベルグ軍配置図・作戦行動 全集』と書かれた冊子だ。
「このように『戦場の霧』を掘ることで、あらゆる情報が手に入るのだ」
おおおおおおおおー!
騎士達が感激の声をあげた。
カチュアはうずくまって泣き出しい気分だった。
掘られた。私じゃないけど私のハートが掘られた。しくしくと泣いているとリティシアがなにやらもじもじしているのが見えた。自らのたわわな胸と、木彫像のこぶり胸を見比べて『あう……』とちょっと寂しそうだった。
「鉱夫さまは……少しのほうが、すこなのでしょうか……」
「どうしたリティシア」
「え、あ、な、なんでもありませんすこ!」
どう見てもなにかある感じだが、それでも気丈に笑うリティシア。
アランはふむ、と頷いた後で。
「あとでリティシア像も彫るから、機嫌を直せ」
「え、が、がまんなんて……その、あの、あの……」
つんつんと指を突き合わせて、でもリティシアは断れなかった。
「……すこです(しあわせ)」
そしてアランはゼルベルグ軍配置図を開いた。6つの軍団に別れている。近辺に展開しているのは敵将『ゼオル』なる悪魔が率いる魔物軍団だ。作戦計画書によると騎士団を挟撃すべく、進軍中らしい。
なかなかよくできた作戦で穴は見当たらなさそうだ。
「ふむ……このゼオルという悪魔は、ゼルベルグの娘のようだな」
作戦計画書には指揮官の情報も、とうぜん顔写真付きで記されている。
「ゼルベルグの娘? 悪魔にも娘がいるのですか?」
「人間の親子とは違うぞ。血を分けて創造するホムンクルスに近い」
リティシアが驚きの声をあげて、覗き見る。
ゼオルは気の強そうなショートカットの少女だった。姿形はツノと翼以外は人間らしく見える。豊かな胸に赤と黒のレオタード。悪魔なのに人間らしいのは、ゼルベルグ自身がいまは人間の姿を取っているからだろう。
備考欄に『ゼルベルグの深い寵愛を受けていた』とある。
「男女の関係、ということですか?」
「人間の愛情関係とは違うな。最愛の人形、という表現が近い」
「なるすこ、なるすこ……」
あと『最近はゼルベルグと話す回数が減って不満、でもまだ愛してる』ともあった。
きらーん。
リティシアの目が怪しく光った。
「鉱夫さま、あの、鉱夫さま……すみません、お願いがっ」
「なんだ」
「このゼオルちゃんを、捕えられませんか?」
「捕える?」
「ほしいのです。すごく。すこく!」
上目遣いで、ぷるぷる胸を揺らして、おねだりするリティシア。
ならば是非もない。指揮官を捕えるのは作戦としても正しい。
アランはすちゃりとスコップを構えた。
「では騎士達よ。戦場の霧を掘った後、どうすればよいか教えよう」
『敵の作戦の裏をかくのですね?』
「違う。よくできた作戦は、例え全貌を把握できても裏をかくことは困難だからだ」
『確かに。ではどうすれば?』
アランは作戦計画書にスコップを向けるとーーズゴオウウウウウ! 凄まじい轟音が響いた。だが本は無傷だった。代わりに作戦計画の今日の日付に『ゼオル将軍が一人で武器を置いて前線を偵察する』という一文が加えられていた。
明らかに穴のある作戦。
「敵の作戦に穴を掘る――『墓穴を掘る』の応用技だ」
カチュアは解説を放棄して体育座りでめそめそ泣き始めた。
ちがうもん、こんなの戦争とちがうもん。その間に騎士達がウオオオオと突撃してひとりぼっちで武器もない敵将ゼオルを捕えてきた。ロープに縛られゴロンと転がされる身長150センチほどの豊満なスタイルのレオタード少女である。
浅黒い肌とツノ以外は、どことなくカチュアに似ている。
「は、放せ、放せっ! くっ、なぜ私はあんなバカげた作戦を……っ!」
理由を聞いたときこの悪魔少女は正気でいられるのだろうか。
カチュアは思ったがゼルベルグの娘に情けをかける理由はなかった。
「わっ、これがゼオルちゃんですねっ! 写真よりすこです!」
タタタッとドレスを摘んで駆け寄るリティシア。
ゼオルは悔しさに満ちた視線を向けてきた。
「ぬ……き、貴様は、王女リティシア!?」
ゼオルの目がとたんに燃えるほどの敵意に燃えた。
「あれ? あれ? 嫌われていますこと?」
「貴様の……貴様のせいで……ゼルベルグ様は……っ!」
射殺さんばかりにリティシアを睨んでいる。
アランがぺらりとゼオルのプロフィールをめくる。どうやらゼルベルグがリティシアに夢中になっていることが気に入らないようだった。そのせいで、ゼオルに構う時間が減ってしまっていると。
以前はゼルベルグにキスされるなど寵愛を受けていたのに。
最近は、ときどきしか、触ってくれない。
「なるすこ……ぴったりです。あの、あの、鉱夫さま、もうひとつお願いが!」
「なんだ」
「このゼオルちゃんはですね、ゼルベルグの大切な子っぽい存在なのですよ!」
「そのようだな」
「あんなすことか、こんなすことか、する関係だったのですよ!」
「そのようだな」
「でしたら、えへ、えへへっ」
どきどきわくわくといった様子のリティシア。
びしっと赤いスコップをレオタード悪魔のゼオルに向けると。
いたずらっぽい笑みを浮かべて、言ったのだった。
「この娘さんを……どうか、ゼルベルグから、すこってください!」
今の『すこって』は『寝取って』の意味だろうな。
カチュアは直感したが、解説する気力は残っていなかった。
地面に転がって呆然としているゼオルに、あわれみの視線を送るだけだった。
――うん。残念だが。私の代わりに犠牲になってくれ。
ゼオルちゃんのネトラレコップを見たい方はブクマ評価のうえ『ねとねとすこすこ』と3回……うおーはなせーぼくはスコップで好き放題できる、わるい娘ちゃんをお仕置きスコップしたかっただけで(このへんでデビルビームでスコップされた




