第57話 女騎士、大陸一のスコップをする
草原でカチュアはアランにお姫様抱っこされている。
「やだ、やだ、やだっ……!」
子どもみたいに取り乱し、いやいやするカチュア。耐スコップ力の補給のためにアランに掘られなければならないからだ。それも騎士団長の率いる精鋭騎士団の前で。公開スコップ。100人の騎士達の、男の視線を、ちくちくと感じるのだ。
『いったい何がはじまるんだ?』
という興味津々の視線。
カチュアは反射的に体を手で隠した。
やだ、見られたくない、みんなに見られたくない!
「あ、アラン、やだ、いやなんだ、こんなとこで掘られるの、やなのっ……!」
なかば幼児退行した言葉で訴えかけるカチュア。
アランは『むう』とうなった。カチュアが本気で恥ずかしがって、しかも怯えているところが伝わったからだ。いつものスコップは口では嫌と言いつつわりと喜んでいた面もあったのだが、今回は本気だ。
女の子に本気で嫌がられることはしたくない。
「ぬう、だが」
だからといって、スコップをやめるわけにもいかない。
放っておけばスコップ触手に絡め取られてしまうのだ。
ならば――。
「よし。大丈夫だカチュア、俺にいい案があるぞ」
「えっ……あ、アラン……っ!」
すごい。アランすごい。本当になんでも解決してくれる。
カチュアがパアッと表情を輝かせた、直後。
「掘るのを逆にしよう」
「――は?」
ぱちくりとまばたきするカチュア。
アランは地面に転がる『聖騎士の剣』を拾ってカチュアに預けた。
「俺がカチュアが掘るのではなく――カチュアが、俺を掘るのだ」
ひゅるらー。
草原に生ぬるい風が吹いた。
△▼△
アランが説明した理屈はこうだ。
聖鞘アルカディアに耐スコップ力を充填するにはスコップに耐える必要がある。だがスコップを使えるものはアラン以外にもいる。カチュアだ。つまりカチュアが誰かをスコップして、自分で自分のスコップ反動に耐えても、構わないのだ。
自分自身やモノをスコップしても相殺されるから、相手は必要だが。
「ただし、俺が掘るより時間がかかるぞ。カチュア、それでいいか?」
カチュアはコクコクと必死の表情で頷いた。
何が『つまり』なのかさっぱりだったが、とにかくアランにスコップされる必要がないということだ。衆人観衆の前で耳とか鼻とか口とかいろんなトコロを掘られるのではないということだ。それなら恥ずかしくない!
そして3分後。
地面に正座するカチュアの、柔らかく綺麗な、素足ふともも。
その上にアランが寝て、ふにょりんと頭をあずけていた。
耳掃除である。
こんどは、立場が逆だった。
「う……あ、う……お、大きい耳だ……な……」
震える手で耳かきをいじり続けるカチュア。
かりかり、かりかり。
「うん、そこだ……おう、大きいのが取れた、いい感じだぞカチュア」
「そ、そうか……そうか……」
アランの声。その頭を抱きかかえながら、耳の中をカリカリしてあげるカチュア。なのになぜかドキドキが止まらない。大丈夫。落ち着け自分。これはただの耳掃除だ。しかも自分がしてあげてる側だ。
恥ずかしくない。
だって前回の耳掃除とは逆なのだ。
掘られていないのだ。だから恥ずかしくないのだ。
「はー、はー、はーっ」
どきんどきんどきん。
「息が荒いぞカチュア」
「な、なんでもないっ!」
太ももに時々息がフーって吹きかかるけど恥ずかしくなんかない。
青空の草原で正座してアランを掘ってあげても、恥ずかしくなんか――。
ぶちん。
「(恥ずかしいに決まってるだろ私ーーーーーっ!?)」
もはや限界であった(2日ぶり2回め)。
騎士達が『ラブラブだ』『いちゃいちゃ耳掃除だ』『なぜに』『わからぬか。戦場で突如として耳掃除をはじめる……これが英雄だ』とか言っている。ふざけるな。でも彼らのいうとおりどう見たって大好きな人とイチャつく恋人だ。
耳掃除される側が、する側になった。
ぜんぜん変わらない。
というかむしろ、ご奉仕する側になってて余計に恥ずかしいぞ、これ!
「あうううううう……っ」
じわりと涙がこぼれる。ぎゅっと太ももに力がこもる。
気付いたアランが心配そうに『大丈夫かカチュア?』声をかけた。
「だいじょうぶなわけあるか、ばか、ばか、ばかああっ!」
涙目で抗議するカチュア。
でも耳掃除は止めない。止めたらすぐ触手が襲いかかってくる。
「ぬう、これでも駄目なのか。だったら俺が誰かに代わるか?」
「――え?」
「後ろの騎士達の中には知り合いもいるだろう」
言われてカチュアが振り返ると、ランスロット団長をはじめとする騎士達がいる。皆、国を代表する貴族にして騎士だ。カチュアも彼らに憧れて騎士団に入った。だが――カチュアはアランの服をぎゅっとつまんだ。
やだ。
アランじゃないと、やだ。
口には出さないが態度がそう言っていた。
だいたい騎士達に見られるのすら死ぬほど恥ずかしいのだ。
まして、肌に触れさせるなんて――そんなの、考えられない。
「総員!」
と、そのときだった。ランスロット団長がすっくと立ち上がった。
「目をつむり、耳を塞ぐのだ!」
「えっ」
「恋人同士の営みを覗くのは、騎士のすることではないぞ!」
団長の命令に従い、即座に騎士達の全員が目と耳をふさいだ。カチュアは心の中でちょっと抗議する。恋人なんかじゃないです。誤解しないでください。まったく。でも安心した。よかった、これならちょっとは恥ずかしさも――。
「すこっぷ(怒)」
そのとき、空間を掘り抜くがごとき声が、響いた。
「ランスロット。勝手なご命令は謹んでくださいますこと?」
「は……? なっ、り、リティシア姫殿下っ!?」
リティシアである。
いつの間にかランスロットの側に立っていた。その手になぜか軍旗が握られていた。見たこともない紋章の旗。巨大なスコップを持った騎士がスコップにまたがり『すこ!』と叫ぶフキダシが書いてある。手作り風味。
「あれこそ神聖スコップ騎士団、誕生の儀です。きっちりと見届けるのですこ」
「は?」
「カチュアが騎士団長です。あなたは副団長として見届ける義務がありますこ」
「は?」
ランスロットのツッコミを無視して、リティシアが『スコン』と地面を叩いた。
すると騎士達全員が、まるで地面に刺さったスコップのように気をつけをした。
「うおおおお……め、目が、動かぬ……っ!?」
スコップに操られ、悶えるランスロット。
「アレを最後まで見守れれば、あなた方も立派なスコップ騎士の一員です」
ギンギンに光る目がカチュアに向いて動かない。
――最悪である。
カチュアは泣きたくなった。なんてことしてくれるのだ我が主君は。ていうかいつからいたのだ。たぶん最初から。じゃあ全部見られていた。リティシアに。あのアランがスコスコ大スコな、リティシア姫に。
そのリティシアがランスロットの前に行って正座する。
そしていちばんいい席で、カチュアとアランを見学し始めたのだ。
「ひ、姫殿下っ!?」
じーーーっ。
この上なく真剣な視線を向けてくるリティシア。
「さあカチュア、神聖スコップ騎士団長のスコップ姿を皆に見せつけるのです……!」
ぎゅっとこぶしを握って、己自身も凝視してくる。
が、やがて、もじもじと正座の太ももをすり合わせ始める。
耳にぎこちなく手を近づけて、そっと触れながら。
「……あぅ」
――めちゃくちゃ、羨ましがっている。
「リティシア?」
「だ、大丈夫です……鉱夫さま、い、今はカチュアにご集中くださいっ!」
「だが」
「しゅ、主君として……カチュアの艷すこ姿を目に焼き付けないといけないのです!」
めらめらめら。
「む」
「カチュアが、神聖スコップ騎士団長となるために、必要なことですから……っ!」
カチュアをうらやましく思う乙女心を、主君としての自覚により、なんとか押さえつけているようだ。リティシアが、必死でがんばっている。主君としての自覚がこのスコップ姫にもまだ残っているのだ。
使命を貫こうとしているリティシア。
ならば――アランがやめるわけにはいかない。
今は全力で、カチュアにスコップされることに集中するのだ!
「というわけでカチュア、耳掃除を続けてくれ」
「なにがどういうわけなのかまるでさっぱりだったぞ!?」
うにょうにょうにょー。
だが触手が怖いのでやらざるを得ない。
「ひぃん……っ!」
だからカチュアは続けた。
超羨ましそうなリティシアの目の前で。ギンギンに目を光らせる騎士団長の前で。かりかりと丹念にアランの耳を掃除してあげた。フーっと吹いてあげた。終わった後はリティシアに命令されて耳たぶのマッサージまでした。
もみもみ、もみもみ。
めそめそと泣きながら、でも、手は止められない。
1本のスコップ(姫)と100人の男からの視線に耐えた。
耐えた。
ただただカチュアは耐え続けた。
「ふー、ふー、ふーっ……お……おわった……ぞ……」
そして5分後。
カチュアはぐったりとうなだれていた。
頬は熱湯をぶっかけられたみたいに熱い。太ももは汗まみれ。
騎士達からは『すごい耳掃除だった』『ちがう。耳スコップだ』『竜殺しの英雄カチュアの耳スコップだ』『耳すこ英雄カチュアばんざい!』という声が上がった。順調にスコップ化したようだ。だがカチュアには声は届いていない。
私はやったのだ。
なにかをやり遂げたのだ。
なにをやったのか自分でもわからないが、とにかく自分を褒めてやりたい。
「うむ。カチュア、いい感じだったぞ」
「……あっ」
じんわり。
アランに褒められ胸に暖かいものが去来する。認められた。アランに。あのアランに耳スコップを褒められたんだ。あれ、何かおかしい……? いや気にするな私、今はただこの喜びを実感するのだ……!
カチュアがにこりと笑ってアランに応えかけた瞬間。
「では逆の耳を頼む」
「――――えっ?」
ぴこんぴこんぴこん。
そのとき聖鞘アルカディアがまた警告音を発した。
「やはり片方の耳だけでは足りんようだ」
「えっ」
「俺よりカチュアの方がスコップ力が弱いからな。もう少し掘る必要がある」
「えっ」
「最初に言っただろう、俺が掘るより時間がかかると」
たっぷりの時間。
やがて。
「い――――――いやあああああああああああああああっ!?」
カチュアは泣き叫んだが無駄だった。
その後反対の耳掃除もして、鼻をチーンとかんで歯磨きまでしても止まらず騎士団が持っていた糧食を『あーん』して胃の中を埋めた。それでも警告は消えなかった。結局アランの『酢コップ』をストローでスコスコ吸うことでようやく収まった。
「………………や……すっぱ……いぃぃ……っ」
カチュアは役目を終えたスコップみたいにぐったりと地面に横たわった。
リティシアも汗だくの顔で、フラフラとよろけている。
それでも主君の意地か、ニコリと笑うと。
「か……カチュア、よく、がんばり、ました、ねっ」
もはやスコップの語尾も出てこない。そんなリティシアをアランは抱きかかえて『リティシアも、よく耐えたな』とナデナデする。リティシアは感激の涙を流しながら、すこすこと小さな寝息を立てはじめた。
すべてはおわった。
残されたのはアランとスコップ騎士団である。
すこっぷ、かちゅあ、すこっぷ、かちゅあと連呼している。
「アラン……殿……」
と、唯一正気が残っているランスロット団長が、問いかけてきた。
だが頭を抱えよろけている。
スコップの儀式に脳が掘り尽くされようとしているのだ。
それでも一所懸命にといった様子で。
「我々は……我々はいったい、なにを、見せられたのだ……?」
「むろん」
ランスロット団長の問いかけに、アランは自信満々に答えた。
「大陸一の聖騎士カチュアの――大陸一の、スコップだ」
ぶちん。
ランスロットの意識がぶっちぎれてぶったおれた。
次に目がさめるときは、彼もまた立派なスコップになっているだろう。
――こうしてカチュアは、神聖スコップ騎士団長に正式に就任したのだった。
……ぼくもあとがきを書く力すらないほどにちからつきた(すこ
ここに遺書が残っている:
もしよかったら↓スクロールの評価を入れてくださるとよみがえります




