第56話 女騎士、竜殺しの英雄になる
カチュアは草原にひとり立っていた。
300メートルほど向こうに町が見える。エルフの森に向かう途中に立ち寄った、宿場町だ。そこを騎士団が取り囲んでいた。リティシア姫殿下によると、騎士達は『あそこには反逆軍が潜んでいる』と洗脳されているらしい。
騎士の数は、およそ100人以上。
まごうことなき軍隊、それも精強なるロスティール正規軍である。
――私ひとりで、軍隊と、本当に戦えるのか?
カチュアはぎゅっと『聖騎士の剣』を握った。すると勇気が湧いてくるのだ。アランが打った剣だ。あのスコップなれど超人としか言いようがない男だ。この剣に相応しい騎士になると、決めたのだ。
「(いいや、迷うな――がんばれ私!)」
がんばれ。がんばれ私。心の中で何度も唱える。『そうだ、がんばれ』なぜかアランの声も聞こえてきた。フッと笑うカチュア。幻聴まで聞こえるとは。心の中でもあの男を頼りにしているか。『それと急いだほうがいい、攻撃が始まるぞ』やけに具体的だ。
ていうか、声がはっきりしすぎである。
「………………おい」
『どうしたカチュア? 速く行け』
「どうもこうもあるか! わ、私一人で英雄になれと言っただろう!?』
『すまん。だが一番近くで、カチュアの活躍を見たかった』
「えっ」
『俺が掘った才能の鉱脈だ。俺が見届けなくてどうする』
どきん。胸の鼓動がいきなり跳ね上がる。
『だから、こっそりついてきた。許せカチュア』
「う、あぅ……そ、そうなのか……うむ……」
そうか。アランがついてきたのか。私が見たくて。そうか。
頬が緩んでいることに、カチュア自身は気付いていない。
『油断するんじゃない、カチュア』
と、アランがたしなめるように言った。真剣な声だ。
『俺の助けはないぞ。今の俺は透明人間なのだ』
「透明人間……? 意味不明だが、透明スコップの間違いだろう」
それだけは絶対の確信を持って言える。だが、その直後だった。
『いいや。今の俺はスコップと共にない』
「は?」
『スコップは捨ててきた。丸腰だ。カチュアがピンチでも助けられない』
ガアアアアアン!
「はああああああっ!!??」
カチュアは頭をスコップじゃなく武器で殴られたような衝撃を受けた。
捨てた? アランがスコップを捨てた? 驚天動地としか言いようがない。
「な、なんのためにそんなことを!?」
『カチュアの独り立ちのために『捨てるスコップ』でステルス性を確保した』
「スコップを捨てるのとステルス性が、どう関係するというのだ!?」
『スコップ捨てる、ではない。捨てるスコップだ』
なにいってんだこいつ。普段にもまして意味がわからん。
などと思いつつ、カチュアも一応考えてみる。
捨てるスコップ。
すてるすこっぷ。
「あっ」
ステルス・コップ。
「――――――――」
猛烈な脱力感がカチュアを襲った。
アランの声のあたりに水飲み用コップがフヨフヨ浮いているのが見えた。
『この技の弱点は、この愛用コップだけ透明にならないところ……どうしたカチュア』
「もういい……支援がないことだけは、わかった……」
カチュアがスコップ技の脱力にかろうじて耐えていると、ボオウウウーという角笛の音が聞こえた。ジャーンジャーンと鐘が鳴る。カチュアが聞き慣れた音だった。騎士団の攻撃の合図だ。
まずい。ダダダッと、慌てて駆け出すカチュア。
「(くっ、これでは間に合わないぞ!)」
距離は300メートルもある。聖波動撃を撃つか。だがこの距離では大した威力は出ない。どうしようもない。焦りが生まれる。いつもならどうしようもない事態はアランがなんとかしてきた。
アランなら、なんとかしていたはずだ。
この程度の距離は――。
「『埋めて』しまうはずだっ!」
カチュアが叫び、無意識に聖騎士の剣を握る。
直後、ビカアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
「……え」
視界が一瞬真っ白に染まった次の瞬間。
カチュアは瞬間移動していた。
「…………………………え?」
ぱちくりぱちくり。まばたきするカチュア。だっておかしい。目の前に、さっきまで300メートル向こうにいた、軍隊がいる。戦闘にはりっぱなひげを蓄えた壮年の騎士、ランスロット騎士団長がいて、目を剥いている。
いや、待て、おかしい。
さっきまで――私はずっと遠くにいたのに。
なんでいきなり、軍隊の目の前にいるのだ。
「あ……アラン!? おまえだな、何かしたんだな!?」
だがアラン(ステルスコップ中)はコップを横に振ってみせた。
『俺ではない。見事な『スコポート』だった、カチュア』
「すこぽーと!?」
『距離を『埋めて』みせただろう』
カチュアがあんぐりと大口を開けた。
待って。ちょっと待って。してない。私そんなスコップしてない。
ただ無意識に、距離を埋めようと、聖騎士の剣を握っただけで――。
と、そのときだ。
「貴様、反逆者カチュアか! どこから来た!?」
騎士のひとりが叫んだ。殺気を放つランスロット団長だ。その声に応えるように周囲の騎士達も混乱から立ち直り、剣をカチュアに向け臨戦態勢だ。そうだ、アランと言い合っている場合じゃない!
カチュアは聖騎士の剣を構えるとランスロット団長に正対した。
ぎらりと赤く光る目が、カチュアをとらえている。敵意しか感じない。
「(目が正気じゃないぞ。誰かに操られている!)」
隠された謎がある。どうにかして探らなければ――。
『カチュア、ピラミッドに入った時の謎の解き方を思い出せ』
「ピラミッド……?」
たしかあのときアランは――集中モードに入るカチュア。
「(そうだ、アランは確か地面に……謎を書いて……)」
記憶をたぐりながらカチュアも真似をする。地面に『団長の洗脳を解く方法』と書いて聖騎士の剣でザクザクと堀った。すると『前列前にいる紫のローブの男が悪魔。ぶっ飛ばす』と出たので距離を『埋めて』剣でぶっ叩いた。
『ぐおおおおおおおあああ!?』
ずごおおオオオん!
カチュアの一撃で紫のローブの男は遥か彼方の山までぶっ飛んだ。
アランがパチパチパチと拍手をして、カチュアを称えている。
『素晴らしい一撃だ、山に『埋めた』のだな』
「ああ、ありがと…………って待て待て待てえええええええええっ!?」
そのへんで集中が解けたカチュアが叫んだ。
待って、待って、いま私は何をしたのだ!?
『完璧な『秘密スコップ』だった。俺はいま猛烈に感動している』
「うあうっ!? ち、ちがう、今のはちがう、スコップじゃなくて剣だっ!」
『剣でもスコップでもよい。もっとおまえの才能の輝きが見たいのだ』
「んなっ!?」
どきどきどきん。ますます高鳴る胸。
『カチュア。今のおまえは……最高だ』
「っっっ!!!」
どきどきどきどきどきどき!
なんで。なんで私はスコップ男なんかにドキドキするんだ。いや今はスコップじゃなかったか。スコップ男-(ひく)スコップ。イコールただの男。女が男にドキドキするのは普通である。男と女の関係にだってなれる。
つまり今のアランとは恋も愛もあんなことやこんなことも――。
「って違うだろなに考えてるんだ私いいいいいいいいいいいっ!?」
ピンク色に染まりかけた思考を必死で振り払う。
おかしい、私おかしい、こんな、絶対アランのせいだ!
と、そのときだ。
「ぐ……儂は……ここは……む、騎士カチュア!?」
ランスロット団長の洗脳が解けたらしい。きょろきょろとあたりを見回す。
慌ててカチュアは駆け寄った。世話になった騎士団長なのである。
「だ、団長、ご無事でしたか、あなたは悪魔に操られていたのです!」
「悪魔……ぬ……そうだ、儂は……王都でゼルベルグを詰問して……」
「正気に戻ったのですね!」
ランスロットは頷くと事情を説明する。王国全体が暗雲に覆われたこと。異変の元凶が宰相ゼルベルグだと独力で突き止めたこと。ゼルベルグに立ち向かったが返り討ちに遭い洗脳役・監視役の悪魔と共にリティシア姫を捜索して――。
「ぐおっ!?」
そこまで話したところでランスロット団長が胸を抑えた。
「団長っ!?」
『驚いた――洗脳を見抜く人間が、いる』
アランのものではない不気味な声が響いた。
カチュアが周囲を見やると、騎士達の中にひとりのローブの男が見えた。宮廷魔術師のように見えるが、放つ殺気が尋常ではない。そして何より、頭からは二本のツノが生えているように見えた。
監視役の悪魔だ――さっきの奴よりも――強い!
「貴様……ッ! ゼルベルグの手下だな!」
カチュアは本能的に『聖騎士の剣』を握りしめた。
ふわりと、魔術師風の男が浮いた。
『危険だと判断する。ゼルベルグ閣下のため、全力で』
悪魔の手が複雑に動くと、はるか上空に次元の裂け目が開いた。そこから出てきたのは――山だ。少なくともカチュアにはそう見えた。あまりにも巨大な生き物が、そのように見えてしまったのだ。鱗を持つ巨大な赤き龍。
『抹殺する。『サモン・ドラゴンロード』』
オオオオオオオオオオオオオオウウウウウウ!
龍が、吼えた。
「なっ……!」
『カチュア! 来るぞ、構えろ!』
アランの声に反射的に『聖騎士の剣』を握る。空から敵意を振りまいてくるドラゴン。間違いなくブレスが来る。どうする。よけるのか。だがそれでは騎士達が死ぬ。倒すしかない。かつてアランが砂漠で龍を倒したように。
「(だが――アレができるのか、私に!?)」
ゴオオウウと空気を圧迫しながらブレスの準備体制を整えるドラゴン。
「ぐっ……なんて……圧力、だ!!」
だめだ。弱気になりかける。だってドラゴンだ。人はドラゴンに勝てない。カチュアは反射的にアランを見た。あの男ならなんとかしてくれる、と。だがそこに浮かぶのは透明なコップだけ。そのコップが龍の咆哮でブルブル震えている。
だめだ今のこいつはスコップではなくコップだ、役に立たない――!
「(――いや、待て)」
ぞくり。
背筋に嫌な予感が頭をよぎる。今のアランは無力だと言った。
事実ただのコップだ。ガラスの。簡単に割れそうである。
すると龍のブレスの直撃を受けたら――割れて――アランは死ぬのか?
「っっっっっっ!!」
予感した瞬間、ゴオオオオオウウウウウウウ。爆炎のブレスがドラゴンから放たれた。迫りくる炎の嵐。カチュアはアランのコップとドラゴンの間に立ち『聖騎士の剣』を振りかぶった。
迷いは消えていた。やらねばならない。
他の誰でもない私がやらねばならない!
「聖波動撃!!(ジャスティストリイイイイイイイム!)」
強烈な波動砲が発射され、ブレスと衝突した。ふたつのエネルギーの波動が激突する。拮抗。いや、押されている。だめだ。もっと力を。剣を更に握りしめる。だが抑えきれない。波動砲の反動を抑えきれない。
だがカチュアは歯を食いしばった。
やらなきゃ。私がやらなきゃ。だって守ると決めた。
他の誰でもない――私が――。
『カチュア! 鞘だ!』
そのアランが、叫んだ。鞘……?
「鞘……そうかっ!」
カチュアは背中の『聖鞘アルカディア』に触れて「無敵化」と叫んだ。ダメージの無効化だ。波動砲の反動をまったく感じなくなった。カチュアのエネルギーの放射が高まり、ブレスを一気に押し返した。
守るのだ、私が――!
「――アランを、守るんだああああああっ!!」
ドシュオオオオオウウウウウウウズガアアアン!
エネルギーの奔流が空を切り裂き、ブレスを切り裂き、ドラゴンを飲み込んだ。ふたつめの太陽ができたかのような光の奔流だった。カチュアはそれによく見覚えがあった。アランの波動砲、そのものであった。
「っ……」
数秒が経ち、光が消滅した。
ドラゴンも悪魔も消滅していて空もまた晴れ渡っていた。
カチュアは呆然と立っていた。まだ己が何をしたのか理解できなかった。周囲の騎士達全員がカチュアを見ていた。そのうちの一人がカチュア、とつぶやいた。カチュアを称える声が急速に広がっていった。
誰かが『英雄カチュア!』と叫んだ。
「あ……え、ええっ……?」
英雄。私が。そんな。
まだ実感のわかないカチュア。そんなカチュアにふわふわ浮かぶコップ(透明アラン)が近付いてきた。ぽんっと肩を叩かれる感覚。びくっと震える。コップが、なぜか笑ったように見えた。
『よくがんばったな、カチュア』
じわり。
「あ……う」
なぜか温かい涙がぽろぽろと湧き出た。
「アラン……」
カチュアはむしょうにコップを抱きしめたい衝動にかられた。心が警告する。やめろ。浮かぶコップを抱きしめるなんて人間じゃない。スコップだ。スコップに屈するのか。でも衝動は大きくなる。止められない。
だって、私は英雄になったのだ。
すごく、すごくがんばって、試練を乗り越えたのだ。
だから――少しぐらいスコップなことをしても、いいはずだ。
「アラン……っ!」
カチュアがポロリと剣を落とし、コップに抱きつきかけた――瞬間。
ぴこんぴこんぴこん!
「えっ」
聖鞘アルカディアがけたたましいアラーム音があがった。
にゅわわわわー! いきなり嵌った宝石からスコップ状の触手が出てきた。
「えっ」
『ぬ……そうか、耐スコップ力を使い切ったせいか』
「えっ……ちょ、ちょ、待て、それは待て!?」
だが触手は待たなかった。先端がスコップ状になった触手が一気にカチュアの服をびりりと破いてゆく。視界のはじにランスロット団長が見えた。カチュアの頬がボウンっと爆発するように紅潮した。
「や、やだ、やめ、やめてっ……!」
このままでは100人の騎士達の前でスコップされてしまう。
公開スコップ。やだ。そんなのやだ。
でもエネルギー切れで体が動かない。
カチュアが絶望の涙を流した。
「カチュア!」
アランが叫んだ。振り向くと、コップを持つが透明ではなくなった人型のアラン。つんとした匂い。アランが酢のビンを左手に持っていた。酢をコップに入れた。酢コップ。すこっぷ。ふざけろ。カチュアが脱力していると、アランはカチュアをひょいっとお姫様抱っこ。
「安心しろ。触手などにカチュアは渡さん」
脱力していた胸に突き刺さる言葉。
そうか、助けてくれるのか、さすがだアラン!
「カチュアを」
アランが酢入りのコップを天高く掲げて宣言する。
「掘ってよいのは――俺だけだ」
たっぷりの時間の後、カチュアはこれから何が起こるか理解した。
「いやああああああああああああああああああああああっ!」
いくら暴れてもアランは放してくれなかった。
――カチュアの本当の試練は、始まったばかりである。
□三択問題 この後カチュアに何が起こるでしょうか。①公開酢コップ ②後悔酢コップ ③航海酢コップ □記述問題 前問の具体的な内容を5000文字以内で記述しなさい。ふふふこう書いておくことでぼくの代わりに読者様がつづきをかいてくれるという完璧な計か(このへんで海に投げ捨てられた




